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旅のチカラ、旅のカケラ

渡りに舟

2008.09.07 13:40


憧れの1つだったパルミラ遺跡を見納め、

「ホムス」へ向かうことにした。


久々に同じ宿に2泊したので、充電はMAX。

疲れが吹き飛んだ気がする。

そして、早く次の場所に行きたくてうずうずしてきた。


昨夜は、宿の主人が夕食を忘れていたため、

午後10時過ぎにようやく食卓についた。

夕食の内容は、ヤギの肉じゃが、切れ切れのにゅう麺、

べたついた白米とデザートだった。

肉じゃがは時折ヤギのあごひげが入っていてぞっとする。

もともと食のこだわりは持ち合わせておらず、

水気がないもの以外なら何でも食べるんだけどね。


そんな遅い食事を摂っていると日本人客がひとり迷い込んで来た。

「こんにちは、日本人ですよね?」

妙なやりとりだが、旅ではここから会話のキャッチボールが始まる。

「あ、シリア大使館で会いましたよね?」(KAZ)

ああ!相手も思い出したようだ。


この広い世界で、

旅人どうしが歩んでいる場所は狭い世界。

今まで何度となく繰り返してきた光景だった。

その晩は遅くまで話し込み、

今後のルートを教えあった。


想定しているルートは似通っていて、

この後行こうとしている「イスラエル」の

入国日も近かったことが収穫だった。

イスラエルは物価が高いため、

誰かとホテルをシェアするのが得策。

そして、やっかいな※スタンプ問題があるため、

一緒に行く人を見つけたほうが心強いと思っていた。


※イスラエルの入国スタンプがあると、エジプトやヨルダンを除くイスラム諸国に入国できなくなる。そのため、イミグレでは「ノースタンプで」とお願いするのだが、この際に2~8時間待たされるという地獄の国境なのである。


そういえば、

3日後に入国を予定しているレバノンもそうだ。

レバノンは中東の中ではちょっときな臭い国で、

ここ最近、国内の政情が不安定である。

先日、日本大使館で得た情報では、

「パレスチナの難民キャンプに近づかなければ大丈夫」と言われたが、

それでも若干の不安は残っていた。


そんな折、ダマスカスの宿でレバノン帰りの日本人と出会った。

年齢も近く、しかも旅のゴールが南アフリカの喜望峰であり、

今後のほぼ同じルートを辿って旅をすることになる。

「あぁ、レバノン?大丈夫だったよ」

あっさりと背中を押してくれた。

彼とはエジプトでの再会を約束して別れた。


イスラエルとエジプト。

どちらも確約はないが、きっと彼らに再会できると思う。

いつも欲しい情報が、絶妙のタイミングで集まってくる。


“渡りに舟”とはこういうことか。

ひとり旅だけど、見えない縁でつながっている。



翌朝(つまり今日)、

バスに乗り込み「ホムス」へ向かった。

シリアで過ごす最後の街である。

パルミラ→ホムスはバスで2時間。

料金は100シリアポンド(約250円)だった。


ホムスは、シリアで3番目に大きな街。

バスを降りると数人のタクシー運転手に囲まれた、

というよりカラまれた…。

腕を引っ張って客を奪い合う。

言い値もべらぼうに高い。

中には勝手にザックを開けだす輩もいる!


何すんだよっ!!


どこへ行けばいいか分からず、

ガイドブックに載っているホテルを指差すも

OK、OKと軽い返事しか返ってこない。

その中のひとりに携帯でホテルへ電話をかけてもらったが

明らかに電話をしてる素振りだけだ。

こいつらは信用ならない…。


ちょうそこへセルビス(乗り合いワゴン)が通りかかった。

運転手が手招きしている。

「いいから乗れ」

そう言ってる気がした。

荷物を担いで、逃げるようにワゴンに飛び乗った。

タクシー運転手たちはすごい剣幕でわめいている。

中には4人の軍人が乗っていて、

彼らを一蹴してくれた。

ドアを閉めると同時にワゴンは走り出した。

親切なセルビスの運転手、

そして優しい軍人たちがホテルの近くで降ろしてくれた。


シュクラン(ありがとう)と手を振り、

目的のホテルへ向かった。


“渡りに舟”


いくつの川があるのか分からないが、

いつも舟が来てくれる。

この先もこうであってほしい。