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Nao™ "Life - Station"

Air Jordan VI

2018.01.04 17:05

V の正常進化型…。


進化的には、III 〜 IV への流れと度合い的には似ている。

リアのプラパーツで持ち易さと、ベロ部の2つの角穴で履き易さは前作より向上した靴。


あと V より少し軽量化が進み、フィット感も少し向上した。


日本では、上記写真の左2色しか出なかった。

カーマインとかは後になってみた気がする。


記憶が定かでないが、19.800円ぐらいだった気がする。


ここまでAir Jordan を振り返ると、2005年以降の復刻版、Retro はオリジナルより売価が高めに設定され過ぎていると思う。


しかも、靴のリア部が…

NIKE AIR表記なら、ぐらつくが…

ジャンプマン・マークでは何とも思わない…。


III 〜 VIまでは特にそう…デザインのバランスが悪くなる…。


1999年に出たIVの復刻版は、リアの表記が少し細いだけで出来は良かったので残念でならない…。


Air Jordan VIというと思い出してしまうのが、1991 NBA Finals…。

ここでJordanは、初めてチャンピオンシップ・リングを手にするのだが、それも VIを一般に浸透させた事は間違いない…。


印象に残っているのは、Game2のダブルクラッチ…

と…

やはり、これ…。(笑)


1991はGame1とGame2は凄く面白かった。


87-88シリーズ(靴的には、Air Jordan II)から、見ていた私としては、マイケル・ジョーダンがチャンピオンシップ・リングを得たのは感慨深かった。


正直、見だした時のシカゴは、プレイオフには進出するチームだか、強くは無かった。


Gがパクソンとジョーダン、Fがオークリーとセラーズ、Cはギルモアかコージン。


HCが後にジョーダンがウィザーズで復帰した時にも指揮を執っていたダグ・コリンズ。


ジョーダンの超人的オフェンスが魅力だけのチームだった。


但し、この時期のシカゴvsアトランタは大味だか面白い試合が多い。(笑)

ザ・エア vs ヒューマン・ハイライトフィルム対決は今見ても面白い。(笑)


シカゴがチームとして強くなる道を歩みだすのは、1989年にHCがフィル・ジャクソンななってからだろう…。


トライアングル・オフェンスを採用したが花開くまで時間は要した。


東地区はラリー・バード率いるボストン帝国が衰退し、アイザイア・トーマス率いるデトロイト新帝国が立ちはだかった。

後にチームメイトになるロッドマンもバッドボーイズの一員でデトロイトにいた。


88-89:プレイオフ・カンファレンス・ファイナルでピストンズに敗退。


89-90:前年と同じ


90-91:カンファレンス・ファイナルでピストンズを破り、NBAファイナルでレイカーズに勝利。


この頃には、Gはパクソンとジョーダン、Fがピッペンとグラント、Cがオークリーとのトレードで来たキャプテンの役割も担うカートライトに変わっていた。


だから、あのマイケル・ジョーダンでも、制すまでにはかなり苦労している。


マジック・ジョンソンみたいに、ルーキーイヤーでファイナルMVPではない。


だから、NHKの衛星放送を見ていて感慨深かった。


あと、日本ではもう一つ一般に浸透させた理由が考えられる…。

漫画スラムダンク…。


この頃には土足でVIを履いているのも、うじゃうじゃいた。(笑)


もう、スニーカー・ブームの初期には入っていたのだろう…。


私は、そんな事に気づいていなかった。


当時、高校生の私は、アルバイトしたお金でAir Jordanを1モデル1色で集めていた。


VIは…

この色を買った。


カーマインやマルーンが出た中期のロットより、初期ロットの出来の方が遥かに丁寧に作られていた。


当時は良く部屋に、Air Jordan I 〜 VI をディスプレイしていた。


単純に趣味になっていた。


が、私が予想し得ない事が起きる…。


高校2年の球技大会を前にして、使わないAir Jordanを売ってくれ…という同級生が私の元に押し寄せて来たのである。


当時、私が所有してたのは…


I が…


II が…

III が…


IV が…


V が…

だった。


皆、球技大会でAir Jordanを履いてバスケをしたいという事だった。


私は感心無かったが、Air Jordanというのは、この頃には競技用靴ではなく、ファッションに切り替わっていたのだと思う。


この頃から、体育館でレイアップやジャンプシュートすら出来ないのにAir Jordanを履いている人間はよく見かける様になった。


内心良く靴負けしてるぞ…とか、Air Jordan は何に重きを置いて設計しているのか、履いている奴は理解しているのか…という疑問が自身の中で生じだした。


やはり、私にとっては、神聖なる究極のバッシュがAir Jordanである。


今みたいに、ゴルフシューズソールが付いたりしているAir Jordanがある訳ではない…。


V でAir jordan の機能性を実感して以来、競技用としては、かなり縛りのある靴がAir Jordanだと思う。


特にIII以降は必ず付いて回る宿命にある。


因みにファッションで履く分には縛りは無い。(笑)


競技する場合、基本が出来ていないと靴の機能に負けてチームメイトに迷惑かける事になる靴でもある。


一例にはなるが、小さい弧で早くターンアラウンドをしなければならない場合は基本がないと靴に踊らされる事になる。


結局、所有していた III と IV とII は売ることは拒否したが、一足5.000円を勝手に置かれ同年生に半ば強奪された。


その後の球技大会で同じコートでプレイをしたが、靴に踊らされていて、クイックネスな動きが皆無だった為、チームとしては凄く苦労した覚えしかない。


結局、その球技大会も決勝で3年生に負けてしまった。


無駄に苦労した靴…。


それが私にとってのAir Jordan VIだった。


その頃には、Air Jordanを売ってくれと言われるのも嫌だったので、Reebokのオムニライトを買った。

とにかく、その頃のスニーカーブームで人の見えなくて良い性格が見えてしまうのが嫌で嫌で仕方がなかった。


Air Jordanを持っていなければ、こんな思いをする必要が無かったと強く思った高校2年生でした。(笑)