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Elysium

大姉と姉さん

2022.06.05 10:36

ここを自分の思うままに動かそうとする者と

此処に居る女達を

出来る限りの幸せへと繋がれるようにと動かしたいと

願う者


その二者が確実に存在していた


自分の思うままに動かそうとする者にとって

ここにいる女達は

自分の運命を整えるためだけに

思うままに動かすために集められて来た ‘もの’ としか思っていない


ここに居る女達に

出来る限りの幸せをみせてやりたいと思う者は

平等性の中

自分が動こうと想いを 静かに温めている


ある時

私は前を歩く姉さんに

「姉さん、あの時は申し訳なかった」

と詫びた事がある


あの時とは 私がここへ初めて来た日の事だ


後になって

この時の罪悪感みたいなものを

ずっと持っていたんだ


姉さんの腕に食らいつく


あれだけの醜態を晒したことの詫びだ

姉さんの肉体を傷つけてしまった謝りだ


先を歩く姉さんは足を止めたが

頭を下げる私に振り返る事はなかった

ただ背中で答える様に

「気にすんな

幼かろうが年上だろうが此処へ来るものは

皆同じ反応をするもんだ」

そう言った

「あの時の事」

私は続けた


「姉さんに詫びないと 自分が許せねえんだ」


その言葉を聞くと姉さんは私の方を振り返った


「あんたは ちと 自分に目をかけてやらねえと

自分で自分を殺す事になりかねねえな」

そう言って笑みを見せた


寄りかかりはしねえけど

姉さんは信頼できる女だった


信頼というものは

言葉や形で成り立っているもんじゃねえ

無言の中で

感じた

‘お互い’によって

無いのに

在るものとして成り立つもんだ


見えねえ信頼っつうもんは


そうそう

現れやしねえ


そうそう現れやしねえ分な


現れたなら

ちょっとやそっとの事じゃあ

消えやしねえもんなんだ


何かの形に邪魔されることもねえ

何かに壊されることもねえ

姉さんにはそれが在るんだ


だけど


大姉は違う


姉さんが大姉の居る場所を

いつか欲しいと思っていることは 


私にでも分かった


そして

その欲求の根底には

ここへと

連れてこられて来た女達への想いがあるんだ

自分のためじゃねえ


姉さんがここを仕切り切る


いつかな

そうなることを

心の中でいつも私は願ってた



数か月前

私は床師に抱かれた


欲しいものだけを手にする大姉と床師は

仲の良い同志のようなものだった 

女も金も動かす

全て自分達のためにと権力を振りかざす者同士だ


女の心に沿う?


無い

そんなもん両者にはない


人間の所業とは思えない 

心の動きは 

時に異界のものの所業なのかもしれない


そう思わずにはいられねえもんだった


床師に

私を渡したあの日から姉さんは変わった


静の中で動を見るようにしていた姉さんに

向かっていく何か違うもんが

加わったように見えた


姉さんは多くを語らない


だけれども

その精神は多くを保持する


姉さんと過ごす時間が減った私は

そんなことを考えて過ごしていた


「久子

ねえ あんた知っている?

姉さん 男を漁ってるっていう噂さ」

一人の女が私に耳打ちした

私は驚いたが

「知らねえな」

そう一言だけ答えた


姉さんが男を漁る


噂ってもんは

全く無けりゃあ上がっては来ねえ

上がってくるなら

違いっつうもんが在ったとしても

全く無いもんじゃねえ 


そう思ってる


噂のことを姉さんに直接聞くことはなかった


姉さんの振る舞いに違いはねえ


だけど

男の相手をすることが段違いに

増えていたことは確かだ


いい客 悪い客 そんなもん気にしていねえ様に見えていた


姉さんの噂は膨れて行った


男漁りの女


張られた噂は本当の様だった

黙る姉さんとは裏腹に

歩き回る噂は

私の持つ姉さんへの信頼をも揺らそうとした


在る夜

姉さんは私を抱いた床師と部屋に入っていった


腕を絡ませ

流し目で男の顔を見上げる姉さんを 

私は見た

嬉しそうな姉さん


姉さんが好んであの男を選らんだのか


私の胸が大きく一つ鼓動を打った


姉さん

どうしちゃったっていうのさ


久子  ごめんな


あの時の

この言葉はなんだったっていうんだ


私は顔を背けた

それと同時に自分の心から目を逸らした





それは突然起きた


「ちょっと ちょっと あれ見てみい」

女が叫ぶ

格子に集まった女達は外へと目を向けている

私も外を覗く


大姉が男達によって

この遊郭から追い出されている


何人もの男達に引きずられ

門の外へと肌着一枚で放り出された


通りゆく人々が肌着一枚で座り込む 女 を避けて通る


男達は女に罵声を浴びせ 嘲笑っている


何が起きているのか


女達は騒いだ

私の胸がかけまわる


何が起きたのか


私は目を凝らした

騒ぎ立てる男達の群れの


ずっと後ろに

姉さんが居た


以前大姉がしていたように煙草を燻らせながら

黙って男達の様子を眺めている


声は出さねえ 自分の手も出さねえ 動きもしねえ


ただ眺めているだけだ


それだけで男達が動いちまっている

駒の様に動いている男達



姉さん


私には全て分かった


その昔から

男の世界に存在する上下の入れ替わりだ


大姉は今その座から

引き下ろされ

姉さんがその座へ上がったんだ


姉さんが

手がけた

水面下の動きが


願いが


形になって

現れたに過ぎねえ



大姉が終わった



門の外に出された大姉は哀れなもんだった


当然の様にそこに居座っていた

女の最後の姿が

今までの行いを体現している様に見えた


ここの門を潜り中へ入る

覚悟を決めた娘たちの姿とは

真逆だった


殺されねえだけ

ましだ


姉さんらしい

やり口だ


笑みが出た


姉さんは男を漁っていたんじゃねえ


男を操るために

手名付けていたんだ


女という自分の肉体を最終手段として

その座へのし上がるために使用した


その座への のし上がりは

姉さんの肉体が起こしたこと


最大限に活かしたこと


私の目は釘で刺された様に

その光景に留まった



姉さんが

私にいつか誓ったように


どうしてもここへ来なければならない娘達が

この場所で

出来る限り

幸せに生きられるようにするために


そうしたことだ



姉さんは



裏切らねえ



私は唇を嚙み締めた

胸の中が嬉しさの配置に替わった


姉さんの強さを見た気がした

本物の女が持つ

本物の強さ



こんな場所に放り込まれた女達にも味方がいるんだな

見えない様にして存在する

影の味方だ


姉さんは煙を吐き出した

そして徐に

こちらに顔を向けた


私と

目が合ったように思える


すっと細めたその瞳からは


‘なあ 久子

私はあんたを悪い様にはしない

そう

確かにあの時言ったよな‘


その瞳は

無言の中で交わされた

過去の契りを


私との間で再確認している様に見えた


私は大きく頷いた


それを確認すると姉さんは

口元にも笑みを浮かべ私から視線を外した


そして再び何事も無かったかのように男達の方へと目を向けた


姉さんの瞳が瞬時冷えたように見えた

それなのに

姉さんの口元から吐き出された煙は 笑っている様に揺らいだ


‘見ておき あんた達

悪っつうもんはこの世に存在しねえ

けど

悪染みたもんっつうのは存在する


弱い立場に置かれたからって物言えず

傷つけられるもんが

一生傷つけられる側で存在し続ける


なんつうことはなあ


許されねえことなんだ

それがいくら

この場所遊郭という

理不尽な場所であったとしてもな‘


姉さんの声が

聞こえた気がした


流すような声

煙のような声



始まった


姉さんの時代が今

遊郭という

この地点にて

始まりを迎えたのだ