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フジ 447 ヒステリー

2011.04.27 15:00

朽ちた藤棚で、申しわけありません。

 

 

性転換した人も、年をとると、健常な人と同じように、

体が苦しくなります。

健常でしたら、子供が助けてくれますし、夫婦で助け合いますけれど、

性転換した人は、GID(性同一性障害)が治癒しなければ、

だいたい、パートナーと別れて、

だんだんと、孤独になる方向に、進みます。

  

GID(性同一性障害)って、そういう精神の病気なの。

孤立、自閉、引きこもり、衰弱、事実上の自殺と、

精神の病気が、進行する過程の、

窓の外の、景色の一齣(ひとこま)が、性転換です。

 

子供のいるGIDの人でさえ、性転換をする前に、

すでに、同性愛のパートナーと別れていることが、少なくありません。

喧嘩(けんか)になり、人と協調できなくなります。

一人になり、自分だけの判断によって、行動できることを、

良いことのように、考えるようになります。

 

健常でしたら、できるだけ、他の人の知恵を、借りたくなります。

いくら天才でも、

自分一人の判断よりも、たくさんの人の判断のほうが、良いものです。

 

体の能力は、もっと端的(たんてき)です。

人の手を借りることができれば、楽ちんです。

自分一人の力では、ほとんど、何もできませんけれど、

GIDの人は、自分一人で暮らすことを、

良いことと、思うようになります。

 

自分とは異なる判断や、反対する意見を、

妨害者や敵のように、感じます。

健常でしたら、自分の判断に、反対する意見こそ、

喉から手が出るほど、欲しくなるのに…

健常な人は、自分に敵対する意見を、大歓迎します。

 

むしろ、みんなが何も言ってくれないと、

癇癪(かんしゃく)を起こしたりね。

ワンマン社長って、それでしょう?

周囲が、指示を仰いで、はい、はいって、同調するだけの、

イエスマンばかりなので、自分一人で怒っています。

お医者さんにも、そういう人がたくさんいます。

 

子供のいるGIDの人は、GID(性同一性障害)を発症すると、

兄弟姉妹として、一緒に暮らしたいと、配偶者に言います。

でも、GIDの仲間には、早く別れて欲しいとか、

配偶者に恋人ができることを、期待しているとかと、漏らしています。

 

いずれも、自分一人になろうとする気持ちの、軽症例です。

重症になれば、はっきりと、配偶者との離婚を目指します。

 

子供についても、同様です。

GIDの発症によって、家庭の中で、

母親が父親の役割を模倣したり、

父親が母親の役割を演じたりしている様子を、

マスコミは好意的に報道します。

 

自分一人になろうとするGIDの症状の、軽症例です。

重症になれば、子供との家庭生活を、拒否します。

GIDの仲間とも、自由な恋人同士を望んでいるのに、

一緒に暮らすことを望まなくなります。

 

人と協調できないの。

年齢とともに、症状の進行する人が、少なくありません。

体が苦しくなるのに、わざと孤立する方向に進みながら、

御本人は自覚していないので、はたで見ていると、

GID(性同一性障害)という病気が、緩慢な自殺の症状であると、

わかります。

 

マスコミの人は、GID御本人の、性別の言い草に惑わされて、

目が見えません。

小説の言葉に幻惑されて、

三島って人の自殺を、予想できないのと、同じです。

ヒステリーって、めくらましの症状が、特徴なの。

 

その一方で、GIDの人たちは、マスコミや、いわゆる自助組織などの、

雰囲気や、決まり文句や、感じ方などに、強く左右されます。

事実を見ません。

 

性転換医療を行なうお医者さんの側の、マッチポンプと、

そっくりでしょう?

自分でマッチを擦(す)って、火をつけておきながら、

真っ先に、ポンプ車に乗って、駆けつけるのを、

マッチポンプって言います。

 

GIDの人たちって、暗示を受けやすく、催眠術にかかったように、

トランス状態になっています。

まるで、集団催眠のように、ステレオタイプに行動するにもかかわらず、

一人一人のGIDとGIDの、

お互いの特殊性を分かり合い、融通し合う気持ちが、病的に希薄です。

 

あるGID(性同一性障害)のFtM(female to male 女→男)は、

すでに治癒する傾向が現れ、いわゆる埋没生活を営んでいましたが、

どこからともなく性転換の事実が、

周囲の人たちに、漏れてしまい、噂(うわさ)になっていました。

 

すると、元の性的パートナーのFtMが、

本人のことを、性分化疾患であると、周囲の人に暴露しました。

GIDの自助組織が、自治会や職場や役所や商店会などに、

性分化疾患を差別しないように、申し入れました。

 

御本人の意志に反して、カミングアウトをしたことになりましたが、

治癒しつつありましたから、足を抜こうとして、

仲間に足を引っ張られる結果になりました。

御本人は性分化疾患でありません。

 

多くのGIDの人たちは、カミングアウトや性分化疾患を、

だれにも知られないことや、性分化疾患でないことよりも、

良いことと思っていますので、

少しも悪いことをしたという自覚がありません。

 

一般の人であるよりも、有名な芸能人であるほうが、

良いことと思っている人に、よく似ています。

多くのGIDの人は、周囲にGIDを見せびらかしているのが、

理想的に心地よいの。

 

性別のことでなく、

良いものとして、みんなの注目を浴びていることが、

颯爽(さっそう)としている感じです。

そういう自覚なの。

 

周囲の人から、白い目で見られて、爪弾きにされて、

うわべでは、公平に持てなされながら、

聞こえよがしに、陰口を叩かれるように、

多くのGIDの人たちは、自分から望みます。

 

有名な芸能人が、周囲から羨(うらや)ましく思われて、

しばしば、僻(ひが)まれて、反感を買うこともあるように、

GIDの立場を、たいへん良い立場のように、思い込んでいます。

 

マスコミの宣伝のせいですけれど、

GIDを発症する前の自分は、その反対に、

だれにも顧(かえり)みられずに、無視されていたと、

これもまた、思い込んでいます。

心の人です。

 

GIDの人たちの知能は、正常ですけれど、

知的障害者の人が、知的障害であることを、

良いことのように思っているとしたら、

知的障害者を嘲(あざけ)る人や、虐待する人のいることを、

御本人は、どのように思っているのかしら。

 

GIDの人たちは、羨望の的になっているかのように、思い込んでいます。

僻(ひが)みや、やっかみや、嫉(ねた)みなどから、

攻撃されたり、非難されたりすることがあると、思っていますけれど、

自分たちの実行している生き方は、非常に進歩的であると、

確信しています。 

 

こういう状態を、普通は、人格障害と言います。

即身成仏したと言い、白骨と一緒に暮らすようなものです。

つい最近の事件では、亡くなった100才を超える祖父の年金を、

不正に取得していましたけれど、

犯人とされた子や孫には、

たぶん、悪いことをしている自覚が、希薄だったはずです。

 

人格障害が、基礎にあるかも知れませんが、

GIDの人の性転換は、

悪いことをしてでも、楽なことにしがみつこうとして、

わざと、気持ちをあさってにするための、具体的な手段です。

 

御本人は、わざとしているという記憶や自覚も、なくなります。

多くは、引き返することのできない不可逆的な、

いわゆる最終手段を実行します。

刺青(いれずみ)を入れたり、性転換をしたりね。

わざと、という記憶や自覚をなくすための、最終手段なの。

 

ヒステリーと言いますけれど、

GID(性同一性障害)だけでなく、統合失調症や拒食症など、

他の精神の病気も、ヒステリーとして、文学的に解釈できます。

気持ちがあさってになることを、解離と言います。 

一時的には、横綱の朝青龍って人が、ホテルに引き籠もったあれです。

 

不可逆的って、変更不能っていうのと、よく似ているでしょう?

精神の病気って、何かを変更不能にしてしまうことによって、

生活に支障をきたします。

性転換って、自分で決断して、行なうでしょう?

自分から、わざとしているでしょう?

 

同じ手続きを、心の中でも、行なっているから、

精神の病気なんですよ。

心の中で、何かを変更不能にするために、

実際に性転換っていう行動に出ています。

 

こんな文学的な解釈って、知らなくても結構ですけれど、

ヒステリーって、精神医学が近代的な医学として、認められた頃の、

精神医学の土台を作った考え方なの。

今は、ヒステリーっていう診断名はありませんけれど、

否定されたのでなく、

いろいろな精神疾患の診断や治療に、適当に配分されて、

雲散霧消しました。

 

発展的解消ってやつかしら。

具体的には、薬物療法が普及したからですけれど、

ロボトミーのような手術療法もありました。

性転換ってのは、ロボトミーの時代の、古い治療法です。 

 

ロボトミーって、脳味噌を切る手術ですけれど、

すごい、あてずっぽうの切り方なの。

今でも、脳味噌を切る手術は、たくさんありますけれど、

ロボトミーなんか、SRS(性転換手術)と同じぐらいに、

目を剥(む)く早業(はやわざ)でした。

オペラで言えば、鼻歌混じりの、セビリアの理髪師かしら。

イタリアで言えば、ヴェサリウスの時代に戻ったみたい。