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カラタネオガタマ 464 晒(さらし)

2011.05.14 15:00

唐種招霊(からたねおがたま)って、こんな字。

強烈なバナナの香り。

唐招霊(とうおがたま)とも、言います。

去年も写して、ブログに載(の)せました。

 

日本産の招霊(おがたま)の木も、モクレン科の、

真っ白い辛夷(こぶし)のような花の咲く常緑樹ですけれど、

モクレン科の純白の花って、すぐに傷(いた)んで、茶色くなります。

 

唐招霊(とうおがたま)は、最初から黄色っぽい花びらですから、

 

 

わたしの、両親の世代って、90才代ですけれど、

母は、乳が大きかったので、恥ずかしく、

娘時代は、晒(さら)しを、ぐるぐる巻きにして、

乳が見えないように、工夫していたそうです。

 

日本の着物って、鰊(にしん)の昆布巻きみたいに、

何重にも、胸を締め付けますけれど、

垂乳根(たらちね)って言うぐらいに、

昔のお母さんは、だれでも、お乳を垂らしていました。

 

20才前に、子供を産むのが普通でしたから、

成人した女性の、着物の帯の位置は、

お乳を押さえ付けるための、高さでした。

 

はじめて、ブラジャーが日本に紹介された時、

ほとんどの女性は、乳押さえと理解しました。

まさか、乳をポコンと、目立つようにするための道具とは、

思いも寄りませんでした。

 

うちのお母さんは、晒(さらし)を巻いて、乳を押さえ付けるのが、

苦しかったと言います。

だらしないけれど、合理的な人でした。

晒の代わりに、西洋流のブラジャーを付けてみたものの、

やっぱり苦しかったので、

結局、何も付けずに、垂乳根のままで、生涯を終えました。

 

ブラジャーのことを、乳押さえでなく、

持ち上げて固定するための、矯正下着とわかったのは、

1970年代半ばの、オイルショックの頃でした。

ようやく、日本人は、乳を強調する欧米の服飾を、

受け入れることが、できるようになりました。

 

あっちの人の体型を、美しいと認めて、

日本人の変更不能な体型を、醜いと自覚することですので、

降伏して、奴隷に成り下がったようなものです。

戦争に負けて、身も心も、軍門に降(くだ)るまで、

ちょうど、30年かかりました。

欧米流に言うと、一世代(one generation)かしら。

 

日本人って、宝塚の立ち役に憧れる女性が多く、

GID(性同一性障害)でも、

FtM(female to male 女→男)の割合が、特異的に多い国です。

 

自然な大和撫子(やまとなでしこ)の気持ちが、

昔ながらの宝塚の立ち役や、現代のFtMに、近いものでした。

長刀(なぎなた)を使いこなすことを、理想としましたので、

ヨーロッパでしたら、

アマゾネスやワルキューレのようなものですけれど、

大和撫子は、女っぽい特徴を、恥ずかしいもののように、

お乳に晒(さらし)を巻いて、しっかりと隠しました。

 

スカートを履くような、

女々(めめ)しい女であることが、嫌(いや)なのは、

女や、女の文化が嫌なのでなく、

欧米の文化を衒(てら)うばかりの生き方を、

潔(いさぎよ)しとしないのかも知れません。

 

日本人って、女よりも男のほうが立派、と言って、男を立てます。

揚げまんね。

女に生まれたのが、恥ずかしっていう顔をして、

俯(うつむ)きますけれど、

お財布の中を覗いて、がま口の締まり具合を、

しっかりと、調節しています。

  

うちのお母さんや、わたしは、

長刀(なぎなた)や鉄砲を担いで、

山道をのし歩くことを、ものともしませんでした。

ちゃんと大和撫子でしたけれど、FtMでありませんでした。 

 

     どこが合理的で、自然なのか、よくわからない人が、

     GID(性同一性障害)には、多いかも知れません。

 

     精神の病気って、GIDに限らず、

     論理や、客観や、事実などと言われても、

     バナナの香水みたいな、真、善、美などの、

     価値や抽象概念との違いが、よくわかりません。

     数学のように、数字や数式が出てくるのと、

     妄想との違いも、識別が難儀です。

 

     どうして、数学や化学の、妄想のような定義の大系が、

     実際に、高層ビルを建てたり、飛行機を飛ばしたり、

     お薬や合成繊維を作ったりして、

     実生活に役立つ技術と、一致するのかって、

     統合失調症やGIDが、

     脳の器質に、原因となる病変がないのに、

     頭が壊れているようことを、言ったり、行なったり、

     自傷自滅の道を、なぞったりするのと、同じ仕組みです。

     

     精神の病気の人って、道理や人情の廃(すた)れた世界に、

     暮らしているのかも知れません。

     もぬけの殻(から)の世界には、

     身内同士の信用取引も、成り立たないと思いますけれど。

 

     なんか、形而上学みたいになって、

     申しわけありませんけれど、

     事実が、具体的に間違いなく、

     論理が、絶対的に間違いないと、哲学的に言われたって、

     どうせ、一々の、風俗や思想や政治や宗教や戦争などの、

     流行の価値観と、同じでないかって、思いませんか。

 

     数式や科学技術や、

     実際に手で触って、目で見て知る事実などが、

     間違いないかのように、

     大きな顔をして歩いて行く人生の不思議って、

     どうしても、形而上学の解決できない疑問と、同じです。

 

     統合失調症やGIDなどの、精神の病気の人が、

     お薬や手術などによって、体を壊しながら、

     かろうじて生きて行く人生なのに、

     脳味噌のどこを見ても、

     原因となる器質的病変のない不思議と、同じです。

 

     わかりにくいことを書きましたけれど、

     事実や論理や、科学や数学などが、

     現実生活に役立つ技術を裏打ちできるのは、

     そういうふうに、しようとしているからなの。

     実生活を大切にしたいから、

     実生活と屁理屈とが、一致するようになります。

 

     精神の病気の人の心が、体や社会と一致しないのは、

     一致させたくないからなの。

     どうして、一致させたくないのかって、

     一概には、言えませんけれど、

     GID(性同一性障害)の人の、

     心と体の、性別の不一致って、

     一致させたくないって意味です。

 

     みんなと一緒のことをすれば、

     苦しくなる人や、不利益を蒙(こうむ)る人が、

     へそ曲がりになるのは、当たり前です。

     

     生物の個体って、最初に生まれた時に、

     絶対的な事を、実行しなければなりません。

     受精や受精卵の出来事ね。

     洗礼のようなものです。

 

     後(あと)になるほど、

     どうでも良いことを、大切と思いますので、

     妄想っぽくなります。

     悟(さと)りのようなものかしら。

 

     最初って、生まれることですから、

     紛(まぎ)れもなく生殖です。

     最後って、死ぬことですけれど、

     途中に、やっぱり、子孫や文化を残します。

     土や灰のようなものかしら、子孫や文化って。

 

     人間の生殖って、産みっぱなしでは育ちませんので、

     育児がなければ、用を為しません。

     一人だけや、夫婦だけでは、困難ですので、

     育児に有利な社会を、作ります。

     

     困難って、妨害する個体がいるからですけれど。

     世代交代をして、子孫と文化を残す社会性って、

     みんなと協力して、妨害する個体を殺すことですけれど、

     性転換医療って、それをやっています。

 

GID(性同一性障害)の人って、体の病気になって、

一般の診療科を受診すると、

処方されたお薬の中に、認知症のお薬が入っていたりします。

 

お医者さんが、精神障害者を、追い返すためですけれど、

わざわざ、唾(つば)を吐いて、罵声と嘲笑を、

背中に浴びせるようなものです。

GIDの患者さんって、認知症や統合失調症と同じぐらいに、

一般の診療科のお医者さんに、悪さをされるみたい。

精神の病気の中でも、病識のない患者さんの多い疾患名です。

 

性転換医療を行なっている医師に対する侮蔑の気持ちを、

一般の医師は、GIDの患者さんに振り向けます。

 

GIDの気持ちって、オウムの信者さんに、似ているところがあります。

たいへん進歩的な社会運動をしていると、思い込んでいますので、

サリンを撒(ま)いても、

悪いことをしていると、自覚できないかも知れません。

     

昔、うちの患者さんが、

TV(トランスベスティズム,ティーブイ)のお店に行き、

入会を申し出たところ、笑い者にされて、唾(つば)を吐かれて、

追い出されたことがあります。

     

顔や体つきだけでなく、

声まで女性のMtF(male to female 男→女)でしたので、

普段の女性の服装で訪れたことが、

会員規約に相応(ふさわ)しくなかったようです。

お店のTVのお客さんたちが、

当時の、TS(トランスセクシャリズム)のMtFに、浴びせた言葉が、

振(ふ)るっていました。

 

「TVは紳士の社交なの!」

当時の、会員さんたちの中には、

今も、GIDの運動に熱心な人が、たくさんいます。

たいてい、世間の人に向かって、

嘘八百の絵空事を、進歩的な思想のように、発言します。

マスコミの報道の内容や、

深刻な相談を、涙ながらに吐露する診察室でのGIDの述懐に、

ほぼ同じです。

     

精神障害の人って、一般の診療科では、嫌(きら)われますので、

精神科の患者さんが、体の病気になった時に、

治療を受けられる病院や、入院のできる病院を探すのが、

簡単でありません。

体の病気の治療のために、精神科の紹介状を持参したりね。

     

GID(性同一性障害)の人って、カミングアウトすることを、

まるで、芸能界に入りたかった人の、念願が叶って、

テレビに出演することが決まったかのように、

理想的なことと、思っています。

     

自分のことだけでなく、他人のGIDのことまで、

周囲の人に暴露して、自分は良いことをしてあげたと、得心しています。 

知能や学力の正常な人が、カミングアウトをしていないGIDのことを、

GIDであると、周囲の人に吹聴してしまえば、

とんでもないことになると、わかりそうなものですけれど、

GIDの人には、わかりません。

 

オウムの信者さんが、サリンを撒(ま)くようなもので、 

自分は良いことをしていると、思い込んでいます。

出家している信者さんって、

世間と、没交渉になっていたのかも知れません。

GIDも、マスコミに美化されれば、されるほど、

世間から、浮き上がってしまいます。

ますます、隔離されて、精神の病気の症状が、悪化します。

 

じつは、治癒したGIDの人の言うには、

それを狙って、カミングアウトをするそうです。

通常の社交を拒否したいがために、

わざと、周囲から浮き上がるように、

心の性別や性転換を主張して、カミングアウトをします。

マスコミに紹介されれば、理想的です。

 

カミングアウトって、開き直りや居直りですけれど、

性別が苦しかったのでなく、

GIDの人には、性別の議論は、むしろ楽しいようです。

苦しかったのは、別のことなんです。

 

こういうのを、転換って言いますけれど、

GIDには、19世紀から20世紀前半の、欧米において、

盛んに研究されたヒステリーの、

典型的な症状が、揃い踏みしています。

 

日常語のヒステリーとは、意味が異なりますので、用心してください。