27.呪いの器③
用事が思ったよりも早く済んだリーダーの少年は、いつもの集合場所へ急いだ
自分がいないと、あの少女が無理を言って大変なことをしでかすかもしれない
何か嫌な予感でザワザワする
案の定いつもの場所に彼女たちの姿はなかった
少年は普段の彼女の言動を思い出す
何度か森に探検にいきたいと言っていた気がするが、まさか…
少年が森の入り口に向かって走っていると、向こう側から見慣れたシルエットの集団が走ってくるのが見えた
先行している小柄な少年が大声で助けを呼んでいるようだ
少女の姿が見えないが、どうしたんだろう
胸騒ぎが激しくなるのを感じつつ、少年は足を速めた
少女を自宅まで運び込んだ時、変わり果てたその姿を見た母親は顔を真っ青にして駆け寄った
服から覗く地肌は硬い体毛に覆われ、触れると簡単に皮膚を切り裂いた
苦しそうに息をつき眠っているのだが、体毛は意思を持ったように逆立っている
「どうして森にいかせたんだ!!!!」
少女の父親は大きく目を見開き、それこそ獣のように唾を飛ばしながらリーダーの少年に掴みかかった
他の少年たちは少女の父親をとめようと、しがみつきながら泣きながら口々に事情を説明している
父親が少年たちの必死さに気圧されて手を離すと、待っていたかのように母親が立ち上がった
「あなた、あの人のところへこの子を」
状況が飲み込めない少年たちをよそに、父親は深刻そうな顔で頷いた
街の外れにある古めかしい館
この館に住む老婆を、子供たちは魔女と陰で呼んでいた
緊張した面持ちでドアをノックしようとすると、外開きのドアが勝手に開き、皺くちゃの老婆が顔を出す
事情を説明するまもなく、少女とその両親、そしてリーダーの少年が招き入れられると、少年は恐る恐る見回しながら初めて入る魔女の館を進んだ
小さな祭壇のような場所に少女を横たえ、子供たちから事情を聞いた母親が事情を説明する間、魔女はあまり驚きもせず話を黙って聞いている
事情を聞き終えたあと、魔女は少女の元に近寄って硬い鱗に覆われた顔に手を翳してため息をひとつ
「森の獣に魅入られたんだ。あの村の血を引くあんたたちの娘を、久しぶりの生贄だと勘違いしたんだろう。この娘は呼ばれたんだよ、あの獣に」
獣
そう、現在の国王の先祖だと言われている勇者と神殿の創設の父である賢者が戦ったという伝説の獣
一説によると勇者と賢者がこの地に王国を築いたのは、この地に封印した獣を見張る意図があったとされている
獣と二人の戦いは10日間にも及んだと言われ、獣の棲む山から現在の王国近辺の平坦な地まで戦いの場が移動していた
そしてついに、獣は呪いを撒き散らしながらもこの地に封印された
伝説に出てくる村の住人たちも新たに作られたこの王国に移住し、子孫を残したのが少女の家系というわけだった
「この子にも普通の人生を送らせたかった…」
父親が力なくそう呟く
「獣の呪いを解くことはできないのですか?」
普段は優しく穏やかな口振りの母親が冷たい口調で魔女に問う
「少なくとも伝説の勇者や賢者が戦ってやっとこさ封印したほどの獣さ。人間の力でどうこうなるもんじゃないだろうねぇ…」
魔女は吐き捨てるように言って大仰な机の上に鎮座する水晶を手に取った
「大神樹ミントの力でもどれほど効果があるか…」
魔女が水晶を少年たちの目の前に差し出したその瞬間、水晶に大きな亀裂が入った