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ヒュウガミズキの花芽 1466 進化論と、類は友を呼ぶ共食いと…

2014.03.04 15:00

 

日向水木(ひゅうがみずき)や土佐水木(とさみずき)などは、

水木(みずき)の仲間と、思うかも知れませんが、

花が、まったく違います。

 

水木(みずき)は、ミズキ科ですが、

日向水木や土佐水木は、マンサク科です。

 

なんで、マンサクの類かと、文句を言いたくなりますが、

早く咲いてくれれば、何でも良いような、気もします。

 

満作(まんさく)と日向水木(ひゅうがみずき)って、

似ていると思います?

 

最近は、遺伝子による分類が、幅を効かせて、

昔ながらの、目で見た感じの分類が、

いつのまにか、再編されてしまいました。

 

目で見て、わからなければ、

分類の便利さが、なくなるかも知れませんが、

精神の病気は、目で見ても、わからん奴ばかりです。

 

附属池田小学校の犯人や、オウムの教祖の気持ちって、

よくわかるような、気がするのですが…

 

花の咲いている時に、日向水木であることを、見届けていますので、

花芽だけでも、わかります。

そうでなければ、考え込むかも知れません。

 

精神の病気の患者さんと、お医者さんは、

同類と、言われる人たちです。

 

精神障害による犯罪の、加害者と被害者も、

同類かも知れない、と言うと、袋叩きに遭(あ)います。

 

何の落ち度もない小学生と、無差別に刺し殺した犯人とが、

どうして、同類なのかと、

わたしは、非難されて、恨まれるのに、決まっています。

 

分類の仕方が違うと、そうなります。

分類って、判断と同じです。

価値のことですけれど、

脳味噌の神経や化学物質の、繋がり方やくっつき方に、

よく似ています。

 

おおまかな所は、生まれた時に、すでに、変更不能です。

本人の責任であるわけがないけれど、

四十過ぎれば、自分の顔に、責任を持て、と言う人もいます。

 

どうして、ばい菌の顔をしていないのかと、責められても、

わたしは、知らん。

 

           ***          ***

 

ライオンとシマウマって、同類と思いません?

お肉を食べられているシマウマって、とても、気持ち良さそうです。

 

人間も、牛や馬を飼育している男性は、

妻よりも愛している、と言います。

 

学校の成績が、一番ケツっぺたの看護師さんと、

優等生のお医者さんって、似ているでしょう?

類は友を呼ぶって、ぴったりです。 

 

痛く苦しくて、あほになっている患者さんと、お医者さんって、

お似合いかも知れません。

 

だれでも、痛く苦しい時は、あほになります。

そうでなければ、耐えられません。

あほになるから、我慢できます。

 

病院に行く患者さんは、みんな、痛く苦しい人です。

お医者さんは、患者さんを見て、自分は賢いと、満足しています。

この気持ちは、学校時代からなの。

 

学校で一番の成績の子は、痛くも苦しくもありませんから、

痛く苦しいせいで、あほになっている子と、比較して、

自分は賢いと、納得して、お医者さんになります。

 

全国で一番の成績の子って、目も当てられない惨状ですから、

確かに、死にかけの患者さんが一杯の、

病院に向いている人たちです。

 

性転換医療を行なう精神科のお医者さんって、

精神の病気のせいで、性転換を実行しようとする患者さんに、

そっくりです。

 

お釈迦さんは、人間と動物の間に、

修羅や餓鬼という社会階級を、新設しました。

わたしには、お釈迦さんと、修羅や餓鬼って、

同類のように見えます。

 

こんなことを言うから、怒られますけれど、

オウムの教祖って、サリンを撒いて、牢屋に入りましたから、

似ているでしょう?

 

欧米の進化論では、人間は、動物の一種ですから、

人間が畜生であるのは、当たり前なのに、

日本の部落差別は、一般人と、被差別部落の人たちとを、

隔離しました。

 

動物を屠殺して、お肉や皮を加工したり、

死んだ人間を、墓場に埋めたり、

犯罪を捜査したり、犯罪者を捕獲したり、

牢屋に入れて、監視したりするのも、

被差別部落の人たちの、独占的な仕事でした。

 

現代の警察の、現場の仕事を、

江戸時代は、やくざがやっていましたが、

やくざって、昔から、被差別部落の人たちが、

のし上がって来て、やくざになりました。

 

第二次世界大戦の後でも、

神戸のやくざは、被差別部落の人たちでした。

今は、韓国朝鮮の人たちが、大部分と聞いています。

 

警察とやくざが、同類であったり、

お肉や皮と、それを加工する人たちとが、同類であったりするのは、

ライオンとシマウマや、お医者さんと患者さんや、

お釈迦さんと、修羅や餓鬼とが、同類であるのと、同じ意味です。

 

部落差別の考え方ですけれど、

欧米の進化論や精神分析やマルクスレーニン主義などの、

インド・ギリシャ・ローマ風の、分類の仕方とは、

ちょっと違います。

 

ライオンとシマウマを一緒くたにするのは、部落差別なので、

悪い考え方かしら、間違った考え方かしら。

 

部落差別を復活させると、怒られますけれど、

その考え方は、けっして、日本独特でなく、

むしろ、インドのカースト制度に、よく似ています。

 

動物を食べる人と、動物とは、同じかも知れません。

お釈迦さんの言うところの、餓鬼です。

人殺しをする人と、殺される人とは、似ています。

お釈迦さんの言うところの、修羅です。

 

殺人の加害者と被害者を、一緒くたに扱うと、

絶対に怒られますけれど、

そのほうが、欧米の進化論や、仏教の考え方よりも、

上手(うま)く行くって、現代のインド人たちは、言います。

 

精神障害者を差別虐待する人って、ほとんどが、精神障害者なの。

社会の底辺の、犯罪の加害者って、ほとんどが、被害者です。

 

精神の病気って、共食いですから、当たり前ですけれど、

血筋(ちすじ)の系統樹のような、進化論よりも、

類は友を呼ぶ共食いのほうが、しっくりと行くかも知れません。

 

わたしは、変態かしら。

精神障害が、よく治るのですが…

 

血筋って、共食いの系譜なんです。

遺伝や免疫も、そう。