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ナズナ 1479 精神の病気の、治し方

2014.03.18 15:00

 

薺(なずな)の種類の見分け方を、小学生の頃に覚えましたが、

忘れました。

 

すみません。

ただの薺(なずな)に、して置きます。

 

それにしても、難しい漢字です。

老眼になると、思い知ります。

 

ナズナの写真は、

たいてい、平べったい三角形の実が、写っていますが、

さすがに、この時期には、まだ、実が付いていません。

 

今年の最初の花を、咲かせました。

ほんとは、12月頃から、花を咲かせている個体も、ありますけれど、

このナズナは、正直でした。

 

見た通りに、食べられますから、

嘘偽(うそいつわ)りなく、春の七草です。

美味(おい)しそうでしょう?

 

昔々、うちの鶏(にわとり)は、

地面のナズナを、生(なま)で、食べていました。

当たり前ですが、その鶏を食べたのは、わたしです。

 

その頃から、

どうして、人間は、人間を食べないのかと、奇異に思っていました。

 

           ***          ***

 

統合失調症やGID(性同一性障害)などの、精神の病気は、

多数派のみんなと一緒のことが、できるようになれば、治リます。

 

でも、生まれつきに出来ないだけでなく、これからも出来ません。

多分、いくら努力しても、出来ません。

 

精神の病気の人たちと、一緒に暮らすには、

出来ない事を、しろと強要して、

嘲け笑ったり、こき使ったり、虐(いじ)め殺したりするのでなく、

出来る人たちが、出来ない人たちに、合わせなければいけません。

 

能力の低い人たちを、許容するのでなく、

能力の高い機能を、禁じて、低い能力の中から、

みんなの価値を、見つけ出さなければいけません。

 

そんなことをすれば、人類は、事実を見失い、科学技術を忘れて、

だんだんと、他の哺乳類のように、落ちぶれるであろうと、

心配する人は、あほです。

 

科学技術を作る数学のように、事実を作る論理のせいで、

人間が、他の生物よりも繁栄した、という証拠は、皆無です。

 

論理って、たくさんの人に共通の、

多数派の脳の、神経や化学物質などの、繋がり方やくっつき方です。

 

論理と言われる価値は、テリヤやプードルのように、

文化的な取捨選択により、品種改良をされて、純化された形質です。

 

事実と言われる認識の中身や、科学技術と言われる実行の中身を、

人間は、同族の血筋や、先祖の神様のように、信奉します。

 

宗教的な確信が、

ギリシャ・ローマ主義や、フランス革命や進化論や、

弁証法やマルクス・レーニン主義などに、現れています。

 

ダックスフンドや秋田犬に近い日本人も、

テリヤやプードルを信じたほうが良い、という理由は、ありません。

 

知的障害者のような、能力の低い人たちと、一緒に暮らせば、

すぐにわかります。

出来ない人に、しろと言うのは、虐待です。

知的障害は、いくら努力をしても、死ぬまで治りません。

 

この人たちと一緒に暮らすには、

出来る人たちが、してあげなければいけませんが、

出来る人が、一方的に、してあげるだけの、社会や心は、

すぐに潰(つぶ)れます。

 

出来る能力と、出来ない能力との、差の出る機能に、

わたしたちの社会や心は、依存してはいけません。

 

そのような機能や能力は、良くないので、捨てるべきです。

そうしなければ、必ず、殺して間引いて、共食いをするための、

残虐な社会や心になります。

 

日本人が、欧米から学んだ文化は、うんこやおしっこのように、

よく発酵をさせて、寄生虫を除去してから、

土に撒(ま)くのが、正解でした。

お医者さんのような生肥(なまごえ)を撒くと、心が枯れます。