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オドリコソウ 1822 類人猿に近い人たち

2015.04.23 15:00

日本産の踊子草(おどりこそう)は、

ヨーロッパ産の姫踊子草(ひめおどりこそう)よりも、

格段に華やかです。

 

人間に可愛がられて、生き延びましたから、

虫を騙(だま)して、生き残った奴と、

どちらが、賢いのかしら。

 

        ***          *** 

 

小学4年の頃に、学校の先生を見て、

頭が悪いと、思いました。

 

45才未満くらいでしたら、

まだ、脳味噌が老化していると、

言われるほどでありませんが、知識や経験を積み、

すでに、脳味噌の多くが、変更不能ですから、

学校の先生が、それなりの、あほであることは、

間違いありませんでした。

 

中学や高校になれば、

わたしは、学校の授業でない時に、

一切(いっさい)の、学校の勉強を、

しなかったのに、

わざと、嘘の答えを、書かなければ、

全国の1番に、なってしまいました。

 

ほとんどの、学校の先生の受験能力が、

競争するまでもなく、

わたしよりも、1段低いあほであることは、

はっきりしていました。

 

小学高学年になると、自分でわかりましたが、

中学高校の学力試験を受ければ、

文部省や受験会社が、証明してくれました。

 

その証明書がなければ、

わたしの受験能力を、誰も知りません。

 

そんなことは、小学生にでも、わかりましたから、

みんなの通りに、して置けば、

虐(いじ)められずに、済みました。

 

そうでなければ、

多勢(たぜい)に無勢(ぶぜい)ですから、

生きる目がありません。

 

毎日毎日、4時間も5時間も、

受験勉強をしなければ、

一流大学の医学部に、合格できないあほが、

わたしの敵でしたが、

そいつらの真似(まね)を、して置けば、

見抜かれることは、ありませんでした。

 

     でも、後悔しています。

     そいつらは、

     僅(わず)か数百人の中でも、

     1番の成績になるために、毎日毎日、

     受験勉強をしなければいけない連中と、

     どんぐりの背比べです。

 

     知能検査を作った奴も、

     IQ155であると、自慢していましたが、

     あのロマンティックな検査法は、

     IQ120ぐらいの、あほです。

 

     だいたいが、

     20才まで、精神年齢が高ければ高いほど、

     賢いって、あほです。

     わたしなら、生物は、生まれた時から、

     一直線に、あほになると、考えます。

     

     経験や知識を、積めば積むほど、

     あほになるのは、

     統合失調症と同じですから、厄介です。

 

     知能検査が、世の中の実勢を、

     よく反映しているように、

     あほが、徒党を組み、

     嫌(いや)な奴を、殺すのは、

     ばい菌の時代からの、生物の遺伝です。

 

     篩(ふるい)に掛けるように、

     みんなと違う奴を、仕分けしますから、

     何に着目するか、という価値が、

     ロマンティックな時代には、

     権力や流行などと、言われて、

     争われました。

 

     わたしを、

     虐(いじ)め殺そうとしたのは、

     そういう連中でしたから、

     あほを、虐め殺す奴らと、同類でした。

 

     お医者さんの頭って、共食いなの。

     それがなければ、生きて行けない連中が、

     人間の死体を食べないのに、

     わたしが、死体を、

     衛生的に食べなければいけないと、言い、

     自分を飼育して、

     他人の犠牲になるように、

     美味しいお肉になりたいと、

     努める人間を、良いと、思うのは、

     皮肉でありません。

     

     キリスト教は、肉食ですから、

     犠牲という言葉を、使いますが、

     きっと、昔は、人食い人種でした。

 

     それに比べて、日本人やインディアンの、

     なんと美しいことか。

     人食いから逃れて、

     アメリカ大陸や日本列島に、

     避難しました。

 

わたし自身は、学校の試験という試験に、

満点以外を取ったことが、ありませんでしたのに、

成績表は、5段階評価の、3ばかりでした。

 

お母さんが、小学校の先生に、

どうして、3ばかりなのかと、尋ねましたら、

試験の点数以外にも、平生(へいぜい)点があると、

言われたそうです。

 

要するに、賢い子の仕来(しきた)りがあり、

そのような生活態度でなければ、

試験が満点でも、3です。

 

エステティックを衒(てら)い、

あほを虐(いじ)めて、先生に気に入られなければ、

いけませんから、

学校の先生の、子供時代と同じが、良い。

 

数百人の中で、1番になる子って、

学校の先生みたいなものでしょう?

 

わたしは、お断り。

中学へ行けば、試験の点数が、成績になりますから、

小学校の、あほの先生に、褒められる必要は、ない。

 

中学へ行き、成績表は、5になりましたが、

やっぱり、学校の先生は、あほでしたから、

難儀でした。

 

生まれつきが、あほでも、

経験や知識を積めば、賢くなると、

学校の先生は、信じています。

人生を、子どもたちに伝えたいと。

 

     ほんとは、統合失調症と同じように、

     経験や知識を、積めば積むほど、

     あほになりますから、

     できるだけ、経験や知識を増やさずに、

     精神的なストレスを、掛けないのが、

     治療です。

 

     抗精神病薬や抗不安薬って、

     それをしますから、

     あほに、賢(か)しこの真似(まね)を、

     させない。

     薬を使ってでも、

     あほのままに、して置くのが、正解です。

     

     日本人に、欧米人の真似をさせては、

     いけない。

 

     類人猿は、

     人間の経験や知識を、積めば積むほど、

     あほになりますから、

     人間と一緒に暮らすには、

     赤ちゃんの頃に、早期に発見されて、

     知的障害のための、

     特別な教育を受けるのが、良い。

 

     精神科の、看護師や介護士やお医者さんを、

     見れば、わかるように、

     あほの世話を、希望するのは、

     あほしか、いません。

 

     薬なんかを、使わなくても、

     精神病院や支援学校のスタッフと、

     一緒に暮らしていれば、

     ひとりでに、精神の病気は、治ります。

 

     類人猿は、動物園やジャングルの中で、

     仲間と一緒に暮らすのが良い、と言えば、

     学校の先生や、お医者さんに、

     怒られますから、言いません。

 

     小学生の頃から、わたしは、

     余計なことを、言いませんでしたが、

     色気づけば、色気づくほど、

     急速に、あほになることに、

     気づいていましたから、中学になると、

     何も喋りたくありませんでした。

 

     喋っている暇があれば、

     じっと、見ているほうが、良い。

     蛇(へび)や蛙(かえる)を、

     棒で突っつくのは、すぐに飽(あ)きる。

     

     あほと一緒になるのは、

     なんと面倒なことかって、

     類人猿と、一緒に暮らす苦労を、思えば、

     当たり前ですが、多勢に無勢でしたから、

     仕方ありません。

 

     みんなと一緒のことが、出来なければ、

     生殖が出来なくなるのは、

     当たり前ですから、

     性同一性障害(GID)のように、

     生殖を拒否する人を、見れば、

     精神病や、生まれつきの障害の、

     一種でないかと、

     疑わなければいけません。

 

     類人猿と人間って、

     お互いに、生殖ができなくなったので、

     お肉を食べても、構わない関係に、

     なりました。