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バンマツリ 1857 精神の病気と、インドヨーロッパ文化

2015.05.28 15:00

蕃茉莉(ばんまつり)の香りは、凄い。

  

濃い紫色の花が、新鮮で、

くたびれるにつれて、白くなります。

 

秋の金木犀(きんもくせい)ほどには、

普及していませんが、

初夏の蕃茉莉のほうが、濃厚です。

 

これを、くれた人がいましたが、

15年ほど前に、死にました。

うちの庭の、木々は、

ほとんどが、死んだ人の、置き土産(みやげ)です。

 

樹木の味わいは、草花と違う。

浜離宮に、

徳川吉宗の植えた唐楓(とうかえで)がありますが、

立派に育っています。

 

樹木の、幹や枝振りの、

年月を重ねた味わいを、知る能力は、

インドヨーロッパ人に、無いかもしれません。

 

樹齢280年の、バンマツリが、

盆栽のように、庭に植わっていれば、

さぞかし見事であろうと、わたしは想像します。

 

このブログが、1857日目なので、

幕末を思い出しました。

 

        ***          *** 

 

精神の病気では、

書くと不味(まず)いことや、怒られることが、

一杯あります。

 

たとえ、本当であっても、

患者さんを、自殺させそうなことは、

できるだけ、書きませんが、

他人の発言のせいで、自殺するのは、

人の勝手ですから、それを防ぐ手立ては、

ありません。

 

本当とか原因とかが、何であるかって、

日本国憲法に書いた奴と、

黒船や原爆を使った奴とが、同じであるのを、

知らない人が、少なくありませんから。

 

精神の病気だけでけなく、

世間一般の論理能力のない人の、ほとんどが、

そうですから、

精神の病気の、世話をするのも、

頭が悪いのでないかと、疑われます。

 

実際に、精神科や精神病院って、

類は友を呼ぶように、共食いをしますが、

そうでない人は、精神の病気を、憂(うれ)いません。

 

社会の敗残者が、

世間一般の、論理能力のない人たちや、

精神の病気の人たちでないかと、疑われますが、

乳幼児の頃から、

すでに、生まれつきの能力が、わかっていますから、

いわゆる負け組でなく、変更不能な運命に、近い。

 

頭が悪ければ、その運命を知ることが、難しいのは、

論理能力がなければ、論理を知ることができないのと、

同じです。

 

論理中心主義って、簡単でしょう?

インドヨーロッパ文化の特徴ですが、

ようするに、

知覚の品種改良のための、科学技術による人殺しや、

宗教から進化論や認知科学などに至る嘘つきです。

殺して、品種改良をして、嘘をつきますから、

刀や鉄砲や黒船や原爆を、見るまでもなく、

科学技術の役割は、大きい。

 

衣食住が楽ちんになり、寿命が延びたのは、

枝葉末節の麻薬のようなものです。

中国では、覚せい剤を、売ったり運んだりすると、

間違いなく、死刑になりますが、

枝葉末節に拘(こだわ)る文化は、

日本と同類の、

欧米の尻馬(しりうま)や猿真似(さるまね)です。

 

科学技術のお陰と、言い、

論理中心主義の品種改良を、知らずに、

科学技術の仕組は、絶対に正しいと、確信します。

 

知覚の品種改良が、見えません。

欧米白人を、神様のように崇め奉るエステティックは、

鉄砲に殺されたインカ帝国と、同じです。

見えないように、品種改良されたのですが、

日本の数学者にも、多い。

 

わたしの若いころに、

インドは貧乏なのに、性交渉が大好きで、

人口が爆発的に増えましたので、

餓死者が続出しました。

 

イギリスによる統治の名残(なごり)で、

インドは、ペルシャ白人のサロンだけでなく、

イギリス人のサロンを、

カーストの最上級に、戴いていました。

 

ポンディシェリの町にも、

どういうわけか、フランス人でなく、

イギリス人のサロンがあり、

友達の紹介で、彼らと話していると、

飢饉と人口爆発を、解決するには、

インド人を品種改良して、

食用人間を養殖するのが、良いと、

イギリス人は言います。

 

豚や牛や鶏の、お肉が美味(おい)しくなったのは、

たゆまぬ品種改良の、お陰です。

 

人間のお肉は、まだ品種改良されていないが、

脳味噌は、すでに品種改良されて、賢いので、

インド人は、自分で自分を、飼育することが出来ます。

 

豚や牛や鶏に比べて、飼育の手間が、要りません。

彼らは、美味しいお肉になり、

みんなに食べてもらい、褒められることを、

人生最大の喜びと、確信します。

 

この幸せを、だれも奪うことは、できない。

食糧問題と人口問題が、一挙に解決する、と言い、

イギリス人たちは、笑っていました。

 

わたしは、素晴らしい犠牲の精神であると、

感激しました。

お釈迦さんの、捨身飼虎や、

イエスキリストが、十字架を担いだ精神と、同じです。

 

みんなのお肉になり、他人に食べてもらいたい。

自分で自分の、心や体を飼育して、

他人のために生きる人生を、喜ぶのは、

素晴らしいと、わたしは思いました。

 

日本人に、これを話すと、

インド人の肉を、だれが食べるのかと、言い、

顔を背(そむ)けました。

女の子たちは、わたしを、変態と言い、

うちの母は、お前の頭は気色悪い、と言いました。

 

人間の肉を、いかに衛生的に食べるかって、

科学技術の、腕の見せ所なのに…と、

わたしは思いました。