ソヨゴ 1965 

2015.09.24 15:00

長い花柄を見れば、めったに間違いませんが、

わたしは、林檎(りんご)や海棠(かいどう)の実を、

思い出します。

 

サクランボみたいに、色付けば、

食べて見たくなりますが、ちっとも甘くない。

苦(にが)いので、

鳥も、あまり食べないので、ないかしら。

 

モチノキ属(Ilex)って、日本の山に普通ですし、

たいていは常緑で、赤い実が成りますので、

庭木の定番です。

 

あまり大きくならずに、

灌木と言うほどには、小さくもありませんから、

日本の民家の庭に、丁度良い。

 

イレックスと聞けば、庭木です。

 

こんなのは、種(たね)を蒔(ま)けば、

いくらでも、育ちますから、

根巻きをして、放ったらかして置けば、

営農していると、言い張れます。

 

何もしていないと、言えば、山林ですから、

得(とく)になるように、なんとでも誤魔化せます。

 

第二次世界大戦後の日本経済は、

都会に出た人の、生まれ育った田舎の家を、

壊さないことが、大切でした。

 

これからは、都会で生まれた人が、

田舎の親戚を、訪ねることも、ありませんから、

故郷(ふるさと)を保護していた政策を、

完全に撤廃したほうが、良い。

 

わたしの、生まれ育った函館の家や部屋が、

今も残っていますが、

函館に行っても、わたしは、ホテルに泊まります。

 

甥(おい)の世代ですので、

昔の自分の部屋を、気軽に見せてくれとは、

言えません。

 

函館の家が、他人の所有になろうが、どうなろうが、

わたしには、関係ありませんので、

故郷の、両親や幼馴染(おさななじみ)や経済を、

心配する政策も、必要ありません。

 

第二次世界大戦後の、日本の政治家は、

頻(しき)りに、故郷を懐かしみましたが、

票田を確保する目的でしたから、

すべて廃棄したほうが、よろしい。

 

遊牧文化を受け継いだアメリカ合衆国では、

両親と、何十年も会っていない人が、普通です。

 

親子が、毎年、顔を合わせる社会って、

韓国朝鮮の従軍慰安婦と同じくらいに、

異常でないかと、疑います。

 

親の借金のために、売春婦として売り飛ばされた娘が、

親を心配して、日本政府を恨(うら)むのは、

変(へん)でしょう?

 

我が子を売り飛ばした親を、断罪できなければ、

大人でないが、

日本でも、当時の売春婦のほとんどが、

親の借金の形(かた)に、取られた娘でした。

 

避妊しませんでしたから、

鼠(ねずみ)みたいに、子沢山です。

口減らしと借金を兼ねて、

こんなに美味(うま)い話はないと、

社会の底辺の人たちは、信じました。

 

故郷を懐かしんだ売春婦は、あほです。

 

ソヨゴは、冬青と書きますが、青は、緑色の意味です。

昔は、青と緑や、漁業と農業などが、

今の、あほと賢しこや、エステティックと論理のように、

分化していませんでした。

 

売春とGID(性同一性障害)も、

たぶん、分化していません。

 

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