「カシタンカ」チェーホフ ナターリャ・デェミードヴァ
チェーホフの短編の中でも比較的有名なお話なので知っている方も多いでしょうか。
狐そっくりの赤毛の犬、カシタンカが主人公のお話です。
舞台は冬のロシア、或る日飼い主である主人と一緒に外へ出かけたカシタンカでしたが、ひょんなことから主人とはぐれ迷子になってしまいます。
冬の屋外でお腹も減り弱り切っていた所、運良く親切な男性へ拾われ、彼の家の中へ入れてもらいます。
そこには猫、ガチョウ、ブタなどがいて、その男は動物たちに芸を仕込んでいるのです。この男の人は大道芸人だったのでした。
カシタンカはこの家の中で芸の練習をする動物たちを面白可笑しく見ていたのですが、やがて自分も、芸の練習を一緒にするようになります。
そして幾日かが過ぎ、カシタンカもステージに上る日が来るのですが、そこでは思いがけない出来事が起きるのです…。
主人公であるカシタンカ、犬の視点から語られるこの物語は、他のお話とは少し感触が違います。
言葉を持たない動物たちが、それぞれの思いや感情を表現すること、チェーホフはこのことに果敢に挑戦し表現しているのです。
人間にとってはシンプルな、しかしきっと他の動物にとっては複雑な感情、例えば「寂しいからもとの家に帰りたい」なんて言うこんな思いを、そう言葉にできない動物が、その思いを言葉に出来ないゆえに得体の知れないものとして抱えながら生きるという、そうしたとても難しいことを、チェーホフはこの小説でやってのけているのです。
喜びも悲しみも、吠えて走り回ることでしか表現できないこの犬と、言葉を持たない動物たち。
この動物たちのなかの一匹のガチョウは、物語の中で死を迎えてしまうのですが、その死神が訪れた夜の、言葉を持たない動物たちが描かれる場面は痛いほど胸に迫ってきます。
様々な素晴らしい短編を書いたチェーホフの中でも、一風変わった掌編です。ナターリャ・デェミードヴァが描く繊細なセピアな絵も素晴らしいですよ。
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「カシタンカ」チェーホフ ナターリャ・デェミードヴァ