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空想都市一番街

会話

2022.06.15 14:16

「僕」は時々、この海辺の家に来る。


あまり前のことは覚えていないのだけど、ここに住んでいる人のことは覚えている。


確か…、そう確か、僕の大切な人の友達。


僕はこの人に何度も何度も会っていて、色んなことを忘れてしまった今でも、時々会いに来るのだ。


もちろんこの人は、前の僕のことを覚えていない。

それでも客人としていつも僕を迎え入れてくれる。


「やぁ、君か。よく来たね。さあ入って」


低く柔らかい声でそう言うと彼は僕をリビングに通した。


「あの、ごめんなさい。いつも突然来てしまって」


僕がそう言うと彼は楽しそうに笑いながら僕の好きなレモネードを入れてくれた。


「不思議なんだけど、今日は予定が無いなとか、レモネード作ろうかなと思うとタイミングよく君が来るんだ。君、不思議な力でも使ってる?」


なんて冗談言いながら彼は微笑む。


不思議な力、か。


まあ、あながち、間違ってないんだけどね。


僕は彼の美味しいレモネードを飲み干した。


「それで?今日はどうしたの?」


彼の問いかけが、純粋に声として、音として、響きになって、僕の心を震わせた。

僕は彼にそう問いかけてもらえるだけで幸せな気持ちになる。


でも彼は軽く首を傾げて優しげに僕を見ているので、このまま何も言わずに帰るわけにもいかない。


「うまく言えないかもしれないけど、ただ話がしたくて来たんだ。本当は話さえしなくてもいいのかもしれない。僕はあなたが話しかけてくれるだけで嬉しくなるから。だから特に、何って訳じゃないんだ」


なんとなく照れ臭くなって僕は下を向いた。


彼はじっと僕の話を聞いたあと、「そっか」と、優しい声で言った。


「会話って、きっとそんなもんじゃないかな。何にもなくてもいいんだよ、ただ思うままに、好きなように、息をするように。

俺は今日も君とこうして過ごせて嬉しいよ。言葉があってもなくても、ここには会話がある。」


彼は言い終えると僕の頭を優しく撫でた。


「大丈夫だよ。ナ…」


言いかけて彼は黙る。


「君の名前、まだ思い出せないや。ごめん」


「いいんです。あなたのせいじゃない。あの、じゃあ今日はピアノ弾いてくれませんか?」


僕はなんでもないことのように言うとピアノを指差した。


「いいよ。じゃあ一緒に歌おうか。それじゃあ最初は…」


僕と彼はその後気がすむまで何曲も一緒に歌った。


覚えてないけどきっと子供の頃から聞いていたのだろう。


僕を思い出してくれなくていい。

ただ時々こうして一緒に過ごせたらと思っている。


…ワガママなのかもしれないけど。


僕はその日タクヤさんの家で夜まで楽しく過ごした。