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紅く色づく季節

鬼と姫

2022.06.16 06:39

【詳細】

比率:男1:女1

和風・ラブストーリー

時間:20分~25分


【あらすじ】

時は平安時代。

文官の娘、透子は毎夜訪ねてこない殿方を待っていた。

ある夜、いつものように部屋から庭を眺めていると一人の鬼が訪ねてきた。

「お前は藤の姫か?」


【登場人物】

透子(とおこ):文官の娘。

       『見鬼(けんき)の才』を持っているために周りから好奇の目で見られ

弥彦(やひこ):ある山に住まう鬼。

       自分の主を殺した、鬼討ちの武人の娘を捜している。


●透子の屋敷・透子の部屋の前

  夜も更け屋敷の者は寝静まっている。一人庭を眺める透子。

透子:今日もいらっしゃいませんのね……(自嘲的に笑って)当り前ですわね……

弥彦:(屋根の上から)お前、藤の姫か?

透子:誰!


  屋根から、軽やかに弥彦が下りてくる。透子、彼の美しい容貌に息をのむ。


弥彦:お前が藤の姫か?

透子:……

弥彦:おい!

透子:あ!


  透子、急いで袖で顔を隠す。


弥彦:おい、俺の問いに……

透子:(遮って)あなたはどなたですか!

弥彦:は?

透子:このような夜中にこの屋敷に忍び込んでくるなんて、無礼にもほどがありますよ!

弥彦:いや、俺は……

透子:はっ! もしや、私のことを偵察に来たのですか?

弥彦:いや……

透子:違う? ということは、私のことを襲いに来たのですか!

弥彦:違う! おい、人の話を聞け!

透子:(ため息)

弥彦:はぁ?

透子:もう少し、遊べると思いましたのに……

弥彦:お前っ!

透子:何ですか?

弥彦:俺のことを揶揄っていたのか!

透子:揶揄ってなど……ただ、面白い方だったので、つい

弥彦:はぁ?

透子:もう少しお相手をしてくださると嬉しかったのですが……

弥彦:おい!

透子:はい?

弥彦:先ほどから黙って聞いていれば……お前、俺が何者か分からんようだな?

透子:はい

弥彦:は?

透子:私はあなた様がどなた様か存じ上げません

弥彦:……

透子:何でしょうか?

弥彦:お前は自分の置かれている状況を理解できんのか!

透子:状況ですか?

弥彦:そうだ!

透子:皆が寝静まる夜の刻、庭に急に現れた男性、今この場には私とあなたしかいない

弥彦:……

透子:これが今の状況ですよね

弥彦:……

透子:何か間違っていましたか?

弥彦:お前……馬鹿なのか?

透子:冷静といってください

弥彦:おかしいだろ! 普通、女なら騒いだり、人呼んだり、いろいろとするだろうが!

透子:あら、そういった女がお好みですか?

弥彦:はぁ?

透子:違ったのですか?

弥彦:違う!

透子:まぁ、そんなことをやっても意味がないってわかっていますから

弥彦:は?

透子:どれだけ人を呼んだところで貴方にはかないませんでしょう? 人ではない方なのですから

弥彦:お前!

透子:どうされましたか?

弥彦:何者だ?

透子:大したものではございませんわ。ただのこの屋敷の娘でございます

弥彦:ただの娘が俺の正体を見破れるはずがない! お前、見鬼の力を持っているのか!

透子:はい

弥彦:っ!


  弥彦、飛びのいて透子との距離をとる。


透子:あら、そんなに警戒しないでくださいませ。私は『見ること』しかできません

弥彦:はっ、どうかな? やはりお前も父親に似て、ただ者ではないということだな

透子:父親?

弥彦:あぁ!

透子:何故そこで私の父が出てくるのでしょう?

弥彦:しらばっくれるな! お前だって知っているだろ!

透子:いえ、本当にわからないのですが……

弥彦:数日前の鬼殺しの一件知らぬと言うのか!

透子:鬼殺し?

弥彦:我らが主をお前の父ともう一人の男が討ち取ったんだ!

透子:あぁ、あの鬼討ちのことですか?

弥彦:そうだ!

透子:それならば、人違いです

弥彦:は?

透子:ですから、人違いです

弥彦:しらばっくれるな!

透子:貴方がおっしゃっている鬼討ちをされたのは私の父ではありません

弥彦:嘘をつくな!

透子:嘘ではありません。貴方がお探しになられている藤の方は我が屋敷よりもっと大きな屋敷に住まわれるお方です。私の父はしがない文官。武芸には秀でておりません

弥彦:……嘘だ……

透子:残念ですが本当です。私の父は鬼を討ち取れるほどの力は持っておりません

弥彦:……それが本当だと言うのならば、お前は何故それほどまでの力を持っている?

透子:力? あぁ、この『見える力』のことですか?

弥彦:そうだ! 下等な鬼どもならば分かるが俺ほどの鬼を見抜く力、相当強いものだ

透子:そうなのですか?

弥彦:そうなのですかって……、お前、その力を使ったことがないのか?

透子:あまり。この力は女の身では望まれませんので

弥彦:は?

透子:(少し寂し気に)男ならば望まれたかもしれませんが、女の私にはいらぬ力ですので

弥彦:……お前、本当に鬼討ちの娘ではないのだな?

透子:ですから、先ほどからそう申し上げております

弥彦:……そうか……

透子:誤解は解けましたか?

弥彦:……あぁ

透子:そうですか。それは何よりです。それにしても、何故我が屋敷にいらっしゃったのですか? 鬼討ちをされるような武人のお屋敷はもっと大きいですよ?

弥彦:……匂いが

透子:匂い?

弥彦:鬼討ちをした奴と同じ匂いがしたんだ

透子:……

弥彦:邪魔したな

透子:……それだけですか?

弥彦:は?

透子:仮にも貴族の姫君の部屋に押し入って、何事もなかったように帰られるのですか?

弥彦:誤解は解けたんだ。ここにいる必要はなくなった

透子:それは貴方様のご事情でしょ? 私の事情ではありません

弥彦:……どうしろと?

透子:しばらく私の話し相手になってください

弥彦:は?



●三日後・透子の屋敷・透子の部屋の前・夜更け

  一人、庭を眺める透子。

透子:(小さくため息をついて)こうして、いらしてくださらない貴方様をお待ちする夜は何日目でしょうか……

弥彦:(空から)おい

透子:あら、弥彦さま。今宵も来てくださったのですか?

弥彦:(透子の近くに降りて)……別に、偶々ここの近くを通っただけだ

透子:(微笑んで)そうですか

弥彦:何だ?

透子:いえ。(小声で)ありがとうございます

弥彦:ん?

透子:何でもありません。それで、その後、お探しのお屋敷は見つかりましたか?

弥彦:あぁ

透子:あら、それはよろしゅうございました

弥彦:よくはない

透子:それは何故?

弥彦:屋敷全体に結界を張られていた

透子:……でしょうね

弥彦:は?

透子:鬼討ちなんてしたのです。それも、その山に住まう鬼の首領を。ならば、報復を恐れて強力な結界を張るのは当然のことでしょう

弥彦:……

透子:諦めるしかないのでは?

弥彦:諦められるか!

透子:……申し訳ありません

弥彦:え?

透子:失礼なことを申し上げました。貴方にとってはとても重要なことでしたよね。軽率な発言をお詫びいたします

弥彦:……あぁ……別にいい……

透子:(ほっとして微笑んで)ありがとうございます

弥彦:っ!

透子:ん?

弥彦:そんな顔も出来るんだな

透子:え?

弥彦:お、お前は笑っていた方が……

透子:弥彦さま?

弥彦:いや、何でもない!

透子:はぁ?

弥彦:俺のことよりもお前のことだ!

透子:私の?

弥彦:そうだ!

透子:何でしょう?

弥彦:お前はこんな時間まで何をやっているのだ?

透子:何とは?

弥彦:こんな時間だぞ? はじめて会ったときもだが、普通の女ならこのような時間に部屋の外に出るなんてこと……

透子:(ため息)

弥彦:な、なんだ?

透子:弥彦さまは鈍いお方なのですね

弥彦:はぁ?

透子:このような時間に女が部屋を開けて待っているのなんて、理由は一つしかないじゃないですか

弥彦:一つ?

透子:ある殿方をお待ちしているのです

弥彦:っ!

透子:(小さく笑いながら)本当に分かっていなかったのですね

弥彦:いや、えっと……そうか……

透子:どうされましたか?

弥彦:いや、お前でもそういうことがるんだなと……

透子:(笑いながら)あら、私も年頃の女ですよ?

弥彦:それは分かっている!

透子:……でも、もう来てくださることはないと思っております

弥彦:え?

透子:やはり、私の『見鬼の才』は恐ろしいようです。人ならざる者の力を持つ姫は無理だと言われました

弥彦:……

透子:私はただ『見える』だけだから何の害もないと思うのですが、普通の方にはみんな同じなのです。異形の者に映るのです

弥彦:それは……

透子:私が男ならこの力を使って優秀な陰陽師にでもなれたでしょう。ですが、私は女です。才があっても女。意味がないのです

弥彦:……

透子:我が一族でこの力を持つのは私だけ。なんの突然変異でしょうね。まるで私だけ弾き出されたような。気が付かぬうちに何か悪いことでもしたのでしょうか

弥彦:透子……

透子:でも、仕方ありませんよね。これが私なのですもの

弥彦:っ!


  弥彦、突然、透子を抱きしめる


透子:や、弥彦さま?

弥彦:無理をするな。無理をして笑顔を作る必要などない

透子:何のことですか?

弥彦:お前、今どんな顔をして語っていたから分かっているのか?

透子:顔?

弥彦:……今にも泣きだしそうな顔をしていた

透子:っ!

弥彦:我慢しなくていい。泣き顔を見られたくないというのであればこうしている。だから、泣け

透子:……っ……

弥彦:よく今まで我慢したな

透子:……弥彦さま……

弥彦:透子は『見鬼の才』を持って生まれたこと、後悔してるか?

透子:……

弥彦:俺は、お前が『見鬼の才』をもって生まれてくれたことに感謝している

透子:え?

弥彦:お前に『見鬼の才』があったからこうやって出会うことが出来た?

透子:弥彦さま?

弥彦:透子

透子:はい

弥彦:このことを伝えることでお前にもっと辛い思いをさせてしまうかもしれない。でも、伝えさえてくれ

透子:弥彦さま?

弥彦:透子、俺と共に我が住処に来るつもりはないか?

透子:え?

弥彦:山の中にある小さな家だ。俺一人しかいない。そこでゆっくりとひっそりと二人で暮らさないか?

透子:……弥彦さま……それは……

弥彦:返事はすぐにとは言わない。そんな簡単に決められることではないだろう

透子:……

弥彦:そうだな……次に会いに来た時に教えてくれ。それまでゆっくりと考えてくれ……

透子:弥彦さま……

弥彦:だから、今日は何も考えずにこの腕の中にいろ



●一か月後・透子の屋敷・透子の部屋の前・夜更け

  一人、庭を眺める透子。

透子:あれから一月……弥彦さま……貴方さまもまた、私を必要とはしてくれないのですね……


  庭に突然、どさりと上から弥彦が降ってくる。ぼろぼろになり、片腕は切り落とされている。


透子:っ! 弥彦さま! どうしたのですか!

弥彦:……とお……こ……

透子:酷い傷! 今、手当を!

弥彦:近づくな!

透子:っ!

弥彦:……俺としたことがしくじった……まさか、鬼切が用意されているとはな……っ……

透子:弥彦さま! か、片腕が!

弥彦:(自嘲的に笑って)持っていかれたよ。流石、鬼討ちをした奴だ。一人と言えど侮るべきではなかったな

透子:鬼討ちって……まさか!

弥彦:あぁ、そのまさかだよ。あいつの屋敷に行ってきた

透子:何故! 強い結界が張ってあることも、警護が厳重であることもご存じだったはず!

弥彦:……気になっていたんだ

透子:何をですか!

弥彦:俺がここに始めてきた時のことを覚えているか?

透子:え、えぇ

弥彦:あの時、俺はお前が本当にあいつの娘だと思たんだ……痛っ!

透子:弥彦さま!

弥彦:……あれ、なんでだか分かるか?

透子:わかりません! とにかく、手当を!

弥彦:あの鬼討ちの血と同じ匂いがしたんだ

透子:そんなこと、今は!

弥彦:いいから聞いてくれ!

透子:……はい……

弥彦:あの時、お前は鬼討ちの娘ではないと、自分とは縁も所縁もないと言っていた

透子:その通りです

弥彦:おかしいと思ったんだ。血が繋がっていないのに同じ匂いがする。そして、『見鬼の才』がある。それなのに、あの鬼討ちと何の縁もないなんて

透子:ですが、それは事実ですから

弥彦:……それが、事実ではなかったんだよ

透子:え?

弥彦:……この話はきっとお前にとって辛い話になると思う。ここまで話しておいてなんだが、この先を聞かないという選択肢もある……

透子:……聞かせてください

弥彦:透子……

透子:弥彦さまが言う通り、今更です。そんなところで話を止められては聞かないという選択肢は選ぶことが出来ません。それに……

弥彦:それに?

透子:……弥彦さまがその身を挺してまで手に入れてくださった事実なのでしょう? ならば、私は聞かねばならないという選択をいたします

弥彦:……透子

透子:お聞かせください、弥彦さま

弥彦:……結論から言う。透子、お前はこの屋敷の者の血は引いていない

透子:え……

弥彦:お前の本当の父はあの鬼討ちだ

透子:……

弥彦:どういった経緯でお前の母とあの鬼討ちが繋がっていたのかは俺には分からない。ただ、透子、お前の本当の父は鬼討ちということははっきりしている。

透子:……そうですか

弥彦:驚かないのか?

透子:前にもお話した通り、やはりおかしいなと思っておりましたから。この屋敷において『見鬼の才』があるのが私だけなんて……

弥彦:そうか……

透子:はい

弥彦:それから

透子:はい

弥彦:鬼討ちが……お前の本当の父がお前を探している

透子:え?

弥彦:お前の『見鬼の才』が欲しいらしい。……もちろん、自分の娘を手元に置いておきたいという親心もあると思うが……

透子:……本当のお父様……

弥彦:(気配に気が付いて)ん!

透子:弥彦さま?

弥彦:そろそろかと思っていたが、こんなに早く来るとはな……

透子:弥彦さま?

弥彦:俺の傷は鬼切によって付けられた。その妖力を追って鬼討ちたちが追ってきたようだ

透子:え?

弥彦:……透子、名残惜しいが、これでお別れだ

透子:や、弥彦さま?

弥彦:よかったな。これで、きっとお前は幸せになれる。もう、好奇の目にさらされることもないだろう


  弥彦、よろよろと立ち上がり、空に飛びあがろうとする。

  透子、それを急いで駆け寄り腕に縋り付く。


弥彦:透子?

透子:ずるいです!

弥彦:え?

透子:言い逃げなんてずるいです、弥彦さま!

弥彦:透子! その手を離してくれ!

透子:離しません!

弥彦:透子!

透子:弥彦さま! 弥彦さまは私のために身を挺してくださった! 私はそれに答えたい!

弥彦:透子、それがどういう意味か、お前は分かっているのか?

透子:わかっております!

弥彦:いや、わかっていない!

透子:わかっております!

弥彦:では、お前は全てを捨てるというのか!

透子:捨てません!

弥彦:はぁ?

透子:私が捨てるのはこの屋敷と身分です。それ以外は何があっても己の中に守って見せます!

弥彦:……

透子:弥彦さまが守ってくださった私という存在を軽々しく捨てるなんてできません!

弥彦:……透子

透子:正直に申します。私の抱いている想いが弥彦さまと同じものかどうかはわかりません。でも、あの夜に私を抱きしめて、泣いてもいいと言ってくれた。それがとても嬉しかった。誰もくれなかった本当に私が欲しい言葉を弥彦さまはくださった

弥彦:透子!


  弥彦、透子を強く抱きしめる。


弥彦:……もう、離すことなど出来ないが本当にいいのか?

透子:……今更ですか? 弥彦さま?

弥彦:(小さく笑って)確かに、今更だな

透子:これから、ゆっくりと思いを確認させてくださいませ

弥彦:わかった

透子:(小さい声で)ずっとお傍に……

弥彦:(微笑んで)あぁ。では、ともに我が住処へ

透子:はい

弥彦:何もない所だが

透子:かまいません。弥彦さまがいてくだされば

弥彦:あぁ……



―幕―



2020.11.12 ボイコネにて投稿

2022.06.16 加筆修正・HP投稿