Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

Oimachi Act./おい街アクト

弘田三枝子の回想② 弘田三枝子は確かに実力が子供の頃からあった。

2022.06.17 03:00

弘田三枝子を初めてラジオから流れる「子供じゃないの」で知った。

 

僕が小学6年生の時だ。原曲はヘレン・シャピロの「子供じゃないの」をすでに聴いていたが、「外人に負けていないな、弘田三枝子は」と思った。

歌唱力とパンチはケタ外れ。

 

中1の時は「ヴァケーション」を。原曲のコニー・フランシス以上に上手に歌っている。

 

続いて2年後、イタリアのミーナが歌った「砂に消えた涙」。これも弘田三枝子は上回っていた。

 

そして日本で最初に作られたPOPSと言われる「渚のうわさ」。

これは弘田三枝子以上に歌える人は確かにいなかった。

 

都はるみの「アンコ~」のフレーズは弘田三枝子の「ウェ〜・わたし〜は!!」から真似ていると。これは弘田三枝子側から、直接聞いた話。

 

そうして「人形の家」へ。

 

これを機に、弘田三枝子は人生をリセットさせたと思われる。

多くのファンも、ポップス歌手の弘田三枝子から遠のいていったと思われる。

 

日本のPOPS、ROCKに限界が見えたということだ。

 

今日は弘田三枝子の「渚のうわさ」を。