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藤巻夢衣™️の部屋

N病院のカルテ開示請求の結果

2022.06.21 14:31

こんばんは♪





まあ、まずは今日の一曲をどうぞ!!

👇








今回の私のS病院(私が3番目に掛かった精神科のある総合病院で、97年の唯一の入院先)へのカルテ開示にて、私の「統合失調症」の診断は、2番目に掛かったEクリニックによる抗鬱剤などのカクテル処方による悪影響が原因ではないか?という疑念が個人的に益々深まってきました。



今回のカルテ開示の事の流れをこちらのブログ記事に纏めてありますので、ご一読ください。👇





この際、一番最初に私が受診したN病院のカルテも取り寄せて、当時の薬の処方も含めて私への診察の様子を探ってみたいと思います。



こうなったら、徹底的に私の初診当時から入院前後までの、N病院、Eクリニック、S病院での診察の模様をすべて洗い出していきたいと思います。



徹底的に発症当時の診察の模様を再び知りたいという想い、それは取りも直さず言えば、出来る限りは諦めることなく快復したいという信念のようなものがあるから出て来る想いです。


発症したからといって、それをあるがままに受け入れるのではなく、やはり、この世にせっかく生を受けたからには健全な命を全うして一生涯を終えたい、という切実な願いが私の心の根底にはあります。


それは、自分のためのみならず、周りのお世話になった方々のために、彼らに少しでも安心してもらいたい、という願いとも重なります。


ですから、更なる快復を目指すには、発症当初の記録を出来る限り遡って把握して、そこに今後、対処できるところがあれば対処しようと腹を括ったわけです。


そして、まず手始めとして、N病院、Eクリニック、S病院に電話でカルテ開示を申請しました。


町医者であったEクリニックには、診療記録が残ってなかったのは、既述の通りですが、大手のN病院とS病院には、まだ書庫に記録が残っていて、カルテ開示に応じてくれることとなりました♪


今回のレポートは、そのうちのひとつ、N病院のものです。



〈カルテの内容〉


1994年4月16日


〜カルテに書かれていた症状〜


●憂鬱である


●漠然と不安感


●眠れない


●朝方少しウトウトし、日中眠る


●何もしないでゴロゴロしている


●希死念慮ないが、厭世感あり


●ADL(日常生活動作)、自己処理はOK



〜(カルテに書かれていた)私自身の説明〜


●平成5年6月、某美術大学を2年で中退

(授業などの内容が自分の希望と合わなかったため)


●その後、フリーターをやっていたが、だんだんやる気がなくなってきた。


●美術大学に入学したものの、(本当は)ボクシングをやりたかった


それから、ボクシングをやる、やらないと決め切れないまま、悶々と過ごしていた


そして、劣等感が大となった



👇

ここまでカルテを読んでいると、憂鬱だとか漠然と不安だとか、眠れないと言っても日中は眠っているわけだし、厭世的なだけで希死念慮もないと書いてあります。


ADL=日常生活動作にも支障をきたしているわけではなく、全く深刻な状態とは思えません。


なのに、この医師は


◯病的抑うつ気分、不安感


◯意欲減退


◯思考抑制


の状態にあると判断して、


「身体的訴えはない、一般状態良好」


とも診ているにも関わらず、


うつ病


と、早くもこの時点で診断を下しています。



そして、


◯ドグマチール50mg2錠


◯トッカータ2mg2錠


◯ニトラゼパム10mg1錠


◯テトラミド10mg1錠


を14日分、処方しています。



1994年5月7日(私の母親のみ受診)


●(2週間後)食欲充分、良眠となった


●(医師から母へ)自殺企図、自傷行為ないか要注意


と書いてあります。


食欲、睡眠が快復したならば、速やかに減薬しても良いものを、またも2週間前と同じ薬の処方でした。



1994年5月14日


●かなり明るくなってきた


●軽い鬱で、朝が億劫


●大体眠れて、食欲もある


軽い鬱は続いているとしても、睡魔が摂れているのたがら、そのうち快復すると判断して減薬しても良さそうなのだが、相変わらず同じ薬の処方、14日分。



1994年6月11日


●安定!!


●ニトラゼパムとテトラミドは、ほとんど飲んでいない


●ボクシングのトレーニングに通い始めた


●格別、変わりなければ、(診察)打ち切りでもOK


この日で、いったんは診察は終わったようです。



その後、


1994年8月20日


●薬だけ欲しいと本人(私)が訪れたが、診察も必要と伝えたところ、


「時間がないので帰ります。」


と、仰って帰られました。


と書いてありました。



その後、私は、プロボクサーを志して一人暮らしで頑張るわけですが…。



2年後、


1996年10月11日


(体調を崩して、再受診)


●寝付きが悪い


●憂鬱気分…さっぱり気分が晴れないが仕事へは行っている


●幻聴→否定


●シンナー、ヒロポンetc薬物使用→否定


●アルコール→缶350mlを1日1本程度


●食欲は普通にある


●仕事:町工場でプラスチック加工業(夜勤はない)


●考え事をしていて、作業を失敗したことあり


◯この時は、テトラミド10mg1錠を7日分処方



※この時点で、既に二軒目の病院、Eクリニックも受診しており、そこから、


◯コンスタン0.4mg 3錠


◯テシプール1mg 3錠


◯レスリン25mg 6錠


◯レンドルミン0.25mg1錠


を処方されていると記録されています。


〜自身の生活の説明〜


●ボクシングジムで午後6時から9時まで練習


●午前3時頃まで寝付けないで、職場に行く

👇

大体、その繰り返しである


●ボクシングの方は、年末にも試合に出られる予定で、好きな道であり、励みになっている


●午後6時頃、少食を摂り、服薬してからボクシングジムへ行く

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これを、トレーニング終了後(帰宅後)の服薬としてみてはどうか?現在、掛かっているDr.にそうだしてみるよう勧めた



以上が、N病院のカルテの記録の大まかな抜粋です。





〜感想〜


N病院は、最初から多剤処方はしてきたものの、その後、症状の快復を伝えたら、診療の打ち切りをしてくれるところなどは、Eクリニックほどの悪質性はないですね。


しかし、当時の私が服薬に対して、抵抗感が希薄だったこともあって、N病院から処方された薬を、そのまま疑いもなく飲んでしまったのは、不運だったと言いますか、そこからが全ての始まりだったのだと実感できました。


過去には、もう戻れない、過ちは直せませんが、


薬の怖さ


を身を持って知っている私にしか今後できないこともきっとあると信じて、活動してゆくのみです!



みなさん、今後とも、どうぞよろしくお願い致します🙋‍♂️✨🌟






👆私が定期的に通っているサードオピニオン会(積極的な対話と減薬により快復を目指す相談会)を主催している全国オルタナティブ協議会のホームページです♪




👆私が日頃お世話になっている訪問看護ステーション、アリカのホームページです♪




👆私が普段通っている居場所(通称「ワーカーズコレクティブ風車」、地域活動支援センター)のホームページです♪





終わり





感謝🙏

藤巻夢衣™️より🫡✨🌟