この父がすごい!小説3選
本日は父の日でございます。
一週間お休みであったポラン堂古書店も本日から、入口に父の日コーナー(と雨コーナー)をかまえてお客様をお待ちしております。
そんな父の日コーナーもございますので、母の日同様、この父がすごい!小説3選をお届けです。今回はポラン堂古書店においてある、コーナーにある作品で参ります。
長嶋有『ジャージの二人』
夜の七時に東所沢駅で待合せて、コンビニで買ったビックコミックスオリジナルの話をしたり、互いの近況の話をしたりしなかったりしながら、北軽井沢の別荘に向かう父子。
父は三度結婚しており、語り手の「僕」は最初の奥さんとの子どもにあたります。
夏の終わり、一人で、所有する山荘の掃除をしたり布団を干したりしに行くことが恒例の父に、仕事を辞めたことだし五年ぶりについていってみた、というのが本作のあらすじです。
どういうツテかわからないけれど、ツテで手に入れたいろんな学校の指定ジャージ(一応新品)から一つずつ選んで特に父一人でも事足りるような掃除や犬の散歩を手伝うなんて緩さも、ずっと眺めていたいほど魅力的に見えますが、「僕」には自身の家に帰りたくない事情があるようです。
あらすじにもありますが、東京に残った妻のこと。妻には他に好きな男性がいて、その人の子どもを産みたいと思っている。不思議なようで、自然なようなことですが、自身の母と離婚し二度結婚した父が悪い人として描かれないのと同じで、その妻もまた、魅力的な女性なのです。まぁそう見えるのも、「僕」がすごく、彼女に惹かれ続けているからというのもあるのでしょうけれど。(後半「ジャージの三人」は翌年の夏、その妻も一緒に別荘にいくところから始まります)
という感じで、『ジャージの二人』は父子がぶつかり合ったり、許し合ったりするような作品ではなく、夏の避暑地で、いい歳した大人が、それぞれ問題を抱えているけれど察し合いながら、決して無関心ではないけれど干渉しすぎない心地よい雰囲気で過ごしている、という作品です。
父が子を「君、今、寒いっていわなかった?」と言う感じで「君」と呼ぶのが好きです。というか会話全体が、ずっと昔家族だったけれど今は別々の二人という感じが繊細に横たわっていて好きです。
モデルとなった長嶋有氏の実父ヤスローさんの、古道具屋ニコニコ堂にもいつか行ってみたい。
木皿泉『昨日のカレー、明日のパン』
若くして夫を亡くし、義父と二人、七年も一緒に暮らしている。テツコとギフ、おおよそ敬語で会話し合う二人ですが、気を遣いあって見える二人ではなく、当たり前のように緩やかに毎日食卓を囲みます。
テツコには結婚したいと告げられるほどの恋人がいますが、義父とのことを隠していません。「死んだ夫の父親と暮らしているなんてヘンに思われるって」と漏らしつつも、結婚したくない、というテツコの気持ちをちゃんと受けとめてくれるような優しい人です。
長年一緒にいれば、もうわかりやすい遠慮はしない。テツコとギフの奇妙だけれど自然体の関係とくすぐったくなるような心地いい会話が好みで、家族でありながら他人であると伝わる距離感も好みで、いつまでも終わるなと読みながら祈ってしまった作品です。
ただ、ほんわかできるホームドラマだと言ってしまうのはやはり憚られてしまう。
どうしても死の影があるからです。夫の死を引きずっている、なんてありきたりな言い方はしたくありません。二人はそういったものに囚われずに生きているし、囚われながら生きている。そのどちらとも言える切なさがこの小説の奥深さだと思います。
亡くなった夫、一樹視点の短編があるのも中々にくいところで……。ギフもその片鱗を覗かせますけれど、一樹が実はプレイボーイだったっていう過去も好きなんですよね。
神林長平『だれの息子でもない』
タイトルのかっこよさというか、「だれの息子でもない(爆発!)」の表紙のかっこよさに惹かれて手に取ったらあのSF大家、神林長平先生の作品だったという。
SFと言いつつも、2028年の日本が舞台で、そう今と離れてもおらず、主人公は市役所の職員というところも読みやすい作品です。
主人公は電子文書係に勤めており、主な仕事は亡くなった人間のアバターの削除となります。2028年、金融機関系なども含むネット内全てのアカウント情報は各個人のアバター(人工人格)が管理しています。そのアバターに本人の死亡を告げ、個人の遺志を尊重した上で残すものは残し、他は削除する。わりと想像のできやすいお仕事です。
人々は子どものころから日常的にネットに繋ぐ装置を耳たぶにつけアバターを作成し、アバターはネット内の本人代理として、検索したり手続したり日々を記録したりする。だから人工人格。2028年なんて、六年後、実現している技術とはまだ思えませんが、昨今のメタバースの急速な浸透を考えるとさすが大先生という気がします。
主人公には幼い頃、自分と母をおいて他の女性のところに行ってしまい、しかしその女性に貢いで捨てられて孤独死した父親がいます。寝たきりの母を看病しながら、その父への恨みを募らせ、けれども父ならどうしたか、どう母に声をかけるかなど考えていると、ある日、その父が目の前に現れるのです。飄々とした父と振り回される息子、解説の大森望さんが言うように彼らの「親子漫才」のような会話がこの作品の一番の見所です。
かくして、父を削除されなかった故人のアバター「ネットファントム」だと判断し、主人公は自らの仕事としても彼を消そうとするわけですが……。
帯に「連作小説集」とありますが、三章全て繋がっているので長編と言っても差し支えないと思います。上記だとお仕事小説のように思われてしまうかもしれませんが、ちょっとそこはそんなこともなく、気を引きたいがために言いますと、二章は拘置所から始まります。
あと、実はあらすじにもある一家に一台携帯型ミサイルがある、という設定をこの記事では長くなるという理由で省略しています。どういう流れで爆発なのか、拘置所なのか、気になった方は読んでみてください。
そして何よりこのタイトルの回収がどのようにされるのか、確認してみてほしいです。
以上でございます。
特に好んで、と言うわけではないのですが、今回「父」テーマの小説というのが何だかあまりにも私の読書遍歴からいっぱい出てきまして、コーナーの写真にある中でも9作が読んだ本でした(3選とは致しましたが、どれも面白いです)。
小説においてでしょうか、父という存在は、とても融通がきくらしく、上記の3選にあげた3人が3人とも、家庭が崩壊した後も繋がり続けるという特殊性を保っています。それは強固な絆だとか何だとかいう話ではなく、繋がれるということは、離れられるいうことでもあるのでしょう。そのかたちを変えられる魅力が、私の好きな「父」の小説にはどれもあるような気がします。
皆さんもぜひ、ご家庭のお父様に感謝なされたりするほか、物語の父にも思いをはせてみてはいかがでしょうか。