中村要と R.スコフィールドの往復書簡(10)
中村要氏とR.スコフィールド氏の往復書簡は終わりましたが、まだR.スコフィールド氏の書簡が残されています。興味深いR.スコフィールド氏の貴重な書簡をご紹介します。
R.スコフィールドの書簡(1)
1927年4月27日 上田穣よりスコフィールドへ
親愛なるSchofield様
このたびはお手紙を差し上げますことをお許しください。
天文同好会の会報で毎月報告されているプロミネンスの観測を高く評価しています。数ヶ月前から、私は山本一清先生の後任として会報の編集を担当していますが、あなたがお仕事の都合でしばらく観測を中断されていたことを大変残念に思っています。
一日も早く貴重な観測を再開されますよう、心からお願い申し上げます。
本当にありがとうございました。
J. 上田
1927年5月5日 スコフィールドより上田穣へ
上田様へ
27日付のお手紙、確かに受け取りました。
現在、仕事や出張のため、太陽プロミネンスの観測を再開できないことを非常に残念に思っています。この観測は、太陽辺縁を完全に調べるのに1時間半から2時間かかることもあり、今はどうしても時間を割くことができないのです。
実は生計を立てるのが難しくなり、8.5インチ・カルバーを売ろうかと考えています。時間に余裕ができたら、またこのテーマを取り上げたいと思っています。
本当にありがとうございました。
1924年1月31日 スコフィールドより京大天文台宛
親愛なる皆様
本日、貴誌 "天界"2冊分の代金4.80円を私書箱にて送金いたしました。
前回と同様に、以下の宛先に郵送してください。
R. R. SCHOFIELD, P.O. Box 261,
261, KOBE, JAPAN
私は、ロンドンのC.ベーカーによって作られた新しい運転時計装置を持っています、錘付きです。
3インチ望遠鏡に最適です。原価は500円ですが、300円でも結構です。必要とする人をご存知でしょうか。
1924年2月2日 T. 海老よりスコフィールドへ(葉書、手書き)
拝啓
天界2冊分の購読料4.80円をお預かりしました。また、ロンドンのC.ベーカー社製の新しい運転時計装置は、鳥取県の会員にお知らせする予定です。数日お待ちください。
T. 海老
京都大学天文台
1924年2月5日 T. 海老よりスコフィールドヘ(手書き)
拝啓
この度、ロンドンのC.ベーカー社製運転時計装置の購入を希望する会員が見つかりましたので、300円で購入させていただきます。装置は次の住所に送って下さい。代金はどのような手段で送れば良いでしょうか?早急にお教えください。
T. 海老
京大天文台・天文同好会
鳥取市川端三丁目 大坪雄太郎様
Mr. Yutaro Otsubo,
3 cho me, Kawabata, Tottori City.
1924年2月7日 スコフィールドよりT. 海老へ
拝啓
5日付けの手紙の返事ですが、残念なことに、私には運転時計装置を適切に梱包する手段がありません。
そのため、大坪さんが私の自宅に来て受け取って下さることを希望します。
ご面倒をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
1924年2月10日 T. 海老よりスコフィールドへ(手書き)
拝啓
7日付のお手紙を受け取りました。あなたの運転時計装置が錘駆動かゼンマイ駆動かについてお伺いしたいのですが。大坪氏は、錘駆動のものを買いたいと考えています。お返事をお待ちしております。
よろしくお願いします。
T. 海老
1924年2月12日 スコフィールドよりT. 海老へ
拝啓
10日付のお手紙への返事ですが、私の運転時計装置は錘駆動式です。以前、3インチ屈折望遠鏡の赤道儀に、6.5インチ反射望遠鏡をスケルトンチューブで取り付けたところ、2個の錘だけで運転時計装置は非常に正確に動きました。
よろしくお願いします。
1924年2月16日 T. 海老よりスコフィールドへ(手書き)
拝啓
天文同好会の名誉会員である、大坪氏をご紹介させていただきます。
先日お知らせしましたように、大坪氏はあなたの運転時計装置を300円で買い取ります。都合の良い日にお渡しください。
以上、よろしくお願いいたします。
T. 蛯原
(大坪雄太郎氏の名刺同封)
1924年3月1日 大坪よりスコフィールドヘ
(葉書、日本語手書きのこの文面をスコフィ ールドが読めたのかどうか)
1922年5月20日 島津製作所の島田よりスコフィールドへ
親愛なるスコフィールドさん
私の古い教え子で、天文学に非常に興味をもっている村山辨二氏が、あなたに手紙を書いて欲しいと頼んできました。それは、最近あなたの家に設置された、あなたの大きな望遠鏡で天体を見せてもらえないかという内容です。
もしご都合がよろしければ、何時間か彼のためにお時間を割いていただけませんでしょうか。また、彼に直接お手紙を送っていただければ幸甚です。
明石郡垂水村 村山辨二
そうすれば、彼はあなたのところに来て、あなたの望遠鏡で素晴らしい天体の眺めを楽しむことができるでしょう。
あなたが今日も元気でいることを信じて。
敬具
H. 島田
1922年5月27日 スコフィールドより島田へ
親愛なる島田さん
20日付のあなたからのお手紙を確かに受け取りました。もし村山さんがその時神戸にいるか、あるいはこちらに来ることがあれば、私に知らせていただければ、喜んでお目にかかりましょう。
ところで、私の望遠鏡は、有名なメーカーの名前を冠してはいますが、結局のところ、それほどすばらしい装置ではなく、非常に大きくて不恰好なものです。実際、私は以前使っていた小さな3インチ赤道儀の快適さの方がずっと好きなのです。
お返事が遅れましたが、実は2日ほど前に東京から帰ってきたばかりです。
ご家族の皆様がお元気でいらっしゃることを願っております。
よろしくお願いします。
1924年4月8日 スコフィールドよりT. 海老へ
親愛なる皆様へ
これは、4インチ屈折レンズの筒と付属品の入手を希望している、セントジョセフ大学のJ.F.ジャニング氏を紹介するためのものです。
ジャニング氏へのご厚意、ご助言は何なりとお申し付けください。
1924年4月8日 スコフィールドよりT. 海老へ
親愛なる皆様へ
J.F.ジャニング氏(セントジョセフズカレッジ)に、あなたを紹介する手紙を渡しました。彼らはちょうど良い4インチ対物レンズと接眼レンズ、ドローチューブを手に入れたところです。私は、ジャニング氏がセル、鏡筒、架台に関してあなたに連絡することを提案しました。
この素晴らしいセントジョセフズカレッジのために、あなたがされることは何でもありがたく思います。
1924年3月24日 スコフィールドよりジャニングスへ
ジャニング様
この度は、お送りいただいたとても素敵な写真へのお礼が遅くなり申し訳ございませんでした。
敬具
(出典)
「山本天文台資料より」
(追記)
1937年(昭和12)の伊達資料を調べたところ、兵庫県在住の東亞天文協会会員名簿に「村山辨二氏」を見つけました。1937年には、西宮市に居住されていたようです。(なお、現在の住所表示とは大きく違っていると思われますので、住所等をそのまま掲載します。)