「又は」と「及び」の併用
1 問題
Q. 憲法第99条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と定めている。
この条文は、
1 天皇又は(摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員)
2 (天皇又は摂政)及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員
の二通りに読むことが可能だが、どちらが正しい理解なのだろうか?
2 「又は」と「及び」の併用
「又は」と「及び」の併用について触れている書籍は、皆無に近く、おそらく唯一であろう、田島信威著『最新法令用語の基礎知識【三訂版】』(ぎょうせい)13頁・14頁は、次のように述べている。
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「又は」と「及び」は、それ自体としては上下、強弱の差があるわけではなく、いわば対等なものであるから、この両者がどのように結び付けられているのか、どこで切れるのかといったことは、前後の意味をよく考えて切りどころを見つけ出さないと正しく理解できない場合もでてくる。そのような例として、新住宅市街地開発法第二条の二をみてもらおう。
(新住宅市街地開発事業に係る市街地開発事業等予定区域に関する都市計画)
第二条の二 都市計画法第十二条の二第二項の規定により新住宅市街地開発事業に係る市街地開発事業等予定区域について都市計画に定めるべき区域は、次に掲げる条件に該当する土地の区域でなければならない。
一〜三 (略)
四 当該区域が都市計画法第八条第一項第一号の第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域、第二種中高層住居専用地域、第一種住居地域、第二種住居地域、準住居地域、田園住居地域又は準工業地域及び近隣商業地域又は商業地域内にあつて、その大部分が第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域又は第二種中高層住居専用地域内にあること。
本条においては、国有財産法のように簡単なものではないから、落ち着いて条文を分析してみないと意味が分からなくなる。
この例では、「・・・内にあつて、」で大きく二分されることはすぐに分かるであろう。そのうちでも前半の「又は」と「及び」の関係が分かりにくいと思われる。この両者の関係は、「第一種低層住居専用地域、第二種低層住居専用地域、第一種中高層住居専用地域、第二種中高層住居専用地域、第一種住居地域、第二種住居地域、準住居地域、田園住居地域又は準工業地域」と「近隣商業地域又は商業地域」という二つのグループをつなぎ合わせたものとして「及び」が用いられていることが分かれば、あとは簡単に理解することができよう。
都市計画法における用途地域の意味を頭に思い浮かべながら、二つのグループの内訳を分析してみれば、このような内容であることはおのずから理解することができよう。
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う〜ん、結局、ケース・バイ・ケースで前後の意味をよく考えてどこで区切るべきかを決めるしかないようだ。
例えば、会社法第27条第5号の「発起人の氏名又は名称及び住所」は、どこで区切るべきだろうか。
この場合、発起人(ほっきにん。法人の設立を発起する者を意味する。)が自然人(natural person。生まれながらの人、つまり生身の人間を意味する。)であるときは「氏名」であり、発起人が法人であるときは「名称」であって、どちらも発起人の名前を意味する点で共通するのに対して、発起人の「住所」は、名前とは異なる。
そして、発起人が自然人であるときは、その生活の本拠が「住所」であり(民法第22条)、発起人が法人であるときは、主たる事務所又は本店の所在地が「住所」であって(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第4条、会社法第4条)、いずれも発起人の「住所」である点で共通する。
よって、「発起人の(氏名又は名称)及び住所」という風に、「及び」で区切るべきだということになる。
cf.1会社法(平成十七年法律第八十六号)
(住所)
第四条 会社の住所は、その本店の所在地にあるものとする。
(定款の記載又は記録事項)
第二十七条 株式会社の定款には、次に掲げる事項を記載し、又は記録しなければならない。
一 目的
二 商号
三 本店の所在地
四 設立に際して出資される財産の価額又はその最低額
五 発起人の氏名又は名称及び住所
cf.2民法(明治二十九年法律第八十九号)
(住所)
第二十二条 各人の生活の本拠をその者の住所とする。
cf.3一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(平成十八年法律第四十八号)
(住所)
第四条 一般社団法人及び一般財団法人の住所は、その主たる事務所の所在地にあるものとする。
3 問題の解説と正解
まず、憲法第99条が「天皇、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」と定めていないことを確認した上で、それはなぜかと考えると分かりやすいと思う。
「国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」は、行政権、立法権、司法権などの国家権力の行使に携わるのに対して、「天皇」は、「国政に関する権能を有しない」ので(憲法第4条第1項。摂政も同様。)、国家権力の行使に携わらないから、「公務員」ではない。
それ故、憲法第99条は、「天皇、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」という風に、並列的に表記していないのだろう。
次に、では、なぜ「公務員」ではない「天皇」と「摂政」に対して憲法尊重擁護義務を負わせたのだろうか。
国家権力による国民の人権侵害を防止するために、主権者たる国民は、国家権力を拘束すべく憲法を制定するのだから、国家権力の行使に携わる公務員に憲法尊重擁護義務を負わせるのは、近代憲法の本質的帰結だ。
これに対して、「天皇」は、確かに「国政に関する権能を有しない」けれども、内閣の助言と承認により、憲法の定める国事に関する行為を行う限りにおいて(憲法第3条・第7条柱書き)、なお国家作用に関わることから、国民の人権を守るために、憲法第99条は、「公務員」だけでなく、「天皇」と天皇の名で国事に関する行為を行う「摂政」にも憲法尊重擁護義務を負わせたと考えられる。
さらに、では、なぜ「天皇及び摂政」ではなく、「天皇又は摂政」とされたのだろうか。
天皇が成年に達しないときは、必ず摂政を置かなければならないのに対して、天皇が、精神・身体の重患か重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、摂政の設置は、任意であって、皇室会議の議により、摂政を置くかどうかが決められる(皇室典範第16条)。
摂政が置かれた場合には、天皇は、国事に関する行為を行わずに、もっぱら摂政が天皇の名でその国事に関する行為を行うので(憲法第5条)、摂政が置かれた場合には、天皇に憲法尊重擁護義務を負わせる必要はない。
それ故、憲法第99条は、「天皇又は摂政」と表記しているのだろう。
以上より、「(天皇又は摂政)及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」という風に、「及び」のところで区切るべきだということになる。
よって、正解は、2ということになる。
実は、日本国憲法を読んでいてよく分からないときは、裏技があって、英訳を見たら分かることが多い。
そこで、2が正解かどうかを確かめるために、政府が英訳した憲法第99条を読んでみよう。
Article 99. The Emperor or the Regent as well as Ministers of State, members of the Diet, judges, and all other public officials have the obligation to respect and uphold this Constitution.
中学校で習ったように、「A as well as B」は、andに近い意味であって、「BだけでなくAも」という意味だ。
そこで、この英訳をさらに日本語に訳せば、「国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員だけでなく天皇又は摂政も、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。」ということになる。
よって、2が正解だと考えて差し支えないわけだ。
個人的な意見だが、条文は、誰が読んでも間違いがない簡潔な文章が望ましいから、条文を作る際には、誤解を避けるために、極力「又は」と「及び」の併用は控え、段落を下げて二文にすべきだろう。
余談だが、「食事制限」を意味するdietダイエットは、「生活様式」という意味の古代ギリシャ語δίαιτα(diatia)が語源らしい。
これに対して、the Dietは、国会を意味する。同じ綴りであっても、こちらはラテン語dietaディエータが語源であって、意味が異なる。
すなわち、モートン・S.フリーマン著『英語慣用語源・句源辞典』(松柏社)107頁によれば、「教会職員の審議会や国会の会合のことをdietという。その意味の語は、ラテン語のdies(日)からきていて、中世のラテン語dieta(一日の旅または一日の賃金)で、その元になる意味は、会合のメンバーは一日(あるいはもっと長い)旅のあとで参会したからである。やがてdietは一日の旅だけではなく、会合そのものにも使われるようになり、会合の意味でヨーロッパ中に広く受け入れられた。」そうだ。
国民の食い扶持を減らすから、the Dietと呼ぶわけではないらしい。笑
cf.1日本国憲法(昭和二十一年憲法)
第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
② 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
第五条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。
第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
② 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
cf.2皇室典範(昭和二十二年法律第三号)
第十六条 天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。
② 天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。