手と足と分からなくなる熱帯夜
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http://blog.livedoor.jp/natusunao17/archives/10888803.html 【熱帯夜 (ヤモリと蛾)】より
2013年08月02日 21:24
熱帯夜
今年の夏は、やはり猛暑 今日は少しましだが、熱帯夜も続く 関西の夏は、本当に大変
手と足と分からなくなる熱帯夜 五島高資
点敵につながれてゐる熱帯夜 辻 水音
羊になつたり獏になつたり熱帯夜 松井季湖
なんとも熱帯夜 我が家の窓で、戦いが ヤモリが大きな蛾をGET
もっと早く撮りたかったが、カメラを取りに行ってる間に、ここまで食べた とうとう蛾はお腹の中へ、そして蛾の鱗粉が、窓ガラスに 二階なので、拭き取る事が出来ない。
今日の一句
飛び散った鱗粉あまた熱帯夜 SUNAO そのままです。
熱帯夜を体験するのは7月8月。しかし旧暦の夏は4,5,6月??
https://chigai-allguide.com/cw0336/ 【「初夏」「立夏」「孟夏」】より
陰暦(旧暦)の夏は、4月から6月までを指し、夏の初めである4月を「初夏」、夏の半ばである5月を「仲夏」、夏の終わりである6月を「晩夏」という。
陰暦の4月は、太陽暦(新暦)で5月6日頃から6月5日頃であるため、今の暦で初夏は5月初旬から6月初旬である。
立夏は、二十四節気の一。暦の上で夏の始まる日を表し、太陽暦で5月6日頃を指す。
二十四節気は1年を24に分け季節を表したもので、陰暦の異称よりも細かく、「夏」を表す言葉は「立夏」のほかに、5月21日頃の「小満」、6月6日頃の「芒種」、6月21日頃の「夏至」、7月7日頃の「小暑」、7月23日頃の「大暑」がある。
つまり、初夏は、立夏(5月6日頃)から、小満(5月21日頃)を経て、芒種の前日の6月5日頃までを指す。
また、立夏や小満は、その1日を表す言葉だが、期間としての意味でも使われるため、初夏は立夏と小満ともいえる。
孟夏の「孟」は「初め」の意味で、初夏と同じく、陰暦の4月の異称。
孟夏は、古風な言い方となるため、初夏に比べ使われることが少ない。
https://kogotokoub.exblog.jp/22988918/ 【「七夕」は秋の季語・・・・・・。】より
今日7月7日は、旧暦(太陰太陽暦)では5月26日、まだまだ「七夕」には遠い。ちなみに旧暦7月7日は今年は8月16日になる。
旧暦では1月から3月が春、4~6月が夏、7~9月が秋、そして10月~12月が冬と、実にシンプルで分かりやすいし、実際の天候との整合性も高い。逆にいえば、自然と天候に関する長年の人間の英知から旧暦が出来たと言ってもいいだろう。
さて、「七夕」の話。旧暦7月は秋の始まりの月なので、「七夕」は俳句では秋の季語。
下記の「五節句」(あるいは「五節供」)の一つ。月日は、くどいようですが、本来は旧暦です。
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人日(じんじつ):1月7日→七草
上巳(じょうし/じょうみ):3月3日→桃の節句、雛祭り
端午(たんご):5月5日→菖蒲の節句
七夕(しちせき/たなばた):7月7日→たなばた、星祭り
重陽(ちょうよう):9月9日→菊の節句
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柳家権太楼は『人形買い』のマクラで、楽しそうにこの五節句のことを説明してくれる。
さて、「七夕」とはどんな日(だった)のか?
そして新暦(グレゴリオ暦)の7月7日を無理矢理「七夕」とする場合、どんな無理があるのだろうか?
以前にも紹介したことがある、『旧暦はくらしの羅針盤』(小林弦彦著、NHK生活人新書)から少し長くなるが引用。*第3章「旧暦で本当の季節感を取り戻そう」から
小林弦彦 『旧暦はくらしの羅針盤』
七夕
旧暦七月七日は七夕で、五節供の第四番目です。夏祭のシーズンも終わり、秋風を少し感じる頃に「七夕」がやってきます。澄み渡る夜空には、七日目の半月が輝いています。半月の明るさは満月の十二分の一です。ですから、天の川も牽牛と織姫星が、きれいに見えるのです。夜のロマンです。七夕飾りの笹には、色紙や短冊などが吊るされました。商家では、それらの他に商売繁盛を願って大福帳なども吊るしたそうです。
<ここがヘン!>雨に祟られデートもままならぬ牽牛と織姫
旧暦時代の七夕は、夢とロマンの行事でした。現在の七夕も、旧暦時代を真似て笹に短冊を結びつけて、子どもには願いごとを書かせたりしていますが、背景が違います。
まず秋でないこと。梅雨が終わっていないこと。お月様が半月かどうか分からないこと。
もしも幸いに晴れていても、満月ならば、星は見えません。いずれにしても、子どもをがっかりさせる七夕になっています。もっとがっかりしているのが、牽牛と織姫でしょう。
仙台が八月に七夕祭を行うのは、旧暦に季節を近づけようと、努力しているからです。
俳句の季語では「七夕」は秋になっています。旧暦七月の異称は、文月です。芭蕉の『おくのほそ道』に「文月や六日も常の夜には似ず」と、七夕の前夜に詠んだ句があります。また、「荒海や佐渡によこたふ天河」と七夕を詠んだ句もあります。与謝蕪村(1716~84年)のロマンあふれた句もあります。「戀(こい)さまざま願の絲(いと)も白きより」
何もかもが旧暦がいいとは言わないが、旧暦をベースにした祭りや行事やしきたりには、それなりの理由がある。そして、落語だって多分にそういった旧暦時代の日常と密接なつながりがある。今週末は、旧暦7月10日の「四万六千日」を新暦に置き換え浅草寺で“ほおずき市”があり賑わうことだろう。まぁ、こういった行事が残っているだけでも良しとすべきなのだろうが、旧暦7月10日は今年は8月19日にあたる。もし、その日にどこかで誰かが『船徳』を高座にかけたら、その噺家さんのセンスはなかなかのものです。
梅雨ど真ん中の今日、関東地区ではとても星は見えそうにない。もし見えたら、それは“たなぼた”である。(失礼!)