恋じゃなくても。 01 黄昏
人に言えない恋をしている、つもりはない。けれどこの男ばかりの飲み会で、オレは「はるちゃん」の話をできずにいた。
大学生になったらもう成人ってことで、なんて悪い冗談のように先輩に酒を飲まされた。ぼーっとする頭で、今夜は寝落ち通話できないかな。はるちゃん寂しがるよな、と考えていた。
「なあ、今年の一年みんな彼女いねえの?」
寮長の宮城さんが真っ赤な顔でオレの肩に腕を回す。酒臭いな。とだけ思う。面倒臭いとも思った。
「一ノ瀬とか特にいそうなのに。なんていうの? 一年のくせに垢抜け方が違うんだよな」
そうですかねえ、と言葉を濁す。
「あれだろ、高校からの彼女がいるとかだろ。お? そうだろ」
「違いますってば」と逃げようとするも、どこに逃げたらいいのか分からない。
「いいよなあ、非童貞は。ま、オレも女の良さは知ってるけどさ」
オレは知らない。はるちゃんがどんな匂いで、どんな重さで、どんな体温なのかを。知っているのはスマホ越しの声と、数枚の写真。
「宮城さん、一年に絡むのやめてくださいよ。彼女に振られたからってそんな」
うるさいわ、と宮城さんが声を上げる。
「振られたんじゃない。あんな女、オレが振ってやったんだ」
「とか言って未練タラタラなんでしょう」
口角を上げて肩を叩く男の顔を、やっと認識した。名前、なんだっけ。
「蜜樹くん? 飲まされすぎてない? 大丈夫?」
「だいじょうれふ」と答えると、多分先輩なその男は苦笑して「まだ早いけど帰ろっか」と提案された。
大学近くの居酒屋を連れ出されると、まだ日は沈みきっていなくて夏の空は不気味に明るかった。
「よかった」
口から出ていた。
「何が?」と男が問う。茶髪で、黒い太縁の眼鏡の奥の虹彩も淡かった。背はオレより少し低い。
「この時間なら、まだ通話できるなあって」
「やっぱり彼女いたんだ」
しまった、と口をつぐんだ。
「隠さなくていいのに。それとも彼氏の方だった?」
「違い、ます。女の子です」
ただ、とオレは続けていた。
「付き合っているけど、一度も会ったことないんです」
変ですよね、はは。と自嘲気味に笑って誤魔化した。
男──このあと佐々木尚(ささきなお)と自己紹介されることになる──は眼鏡の奥の瞳を丸くした。
「変じゃないよ。オレも彼女に会ったことがないんだ」