台本／僕の為の永遠を、きみに。（男１：少年１）
〇作品概要
主要人物2人。ト書き含めて約12000字。
吸血鬼アランに捧げられた、とある従者の素晴らしい忠誠についてのお話。
〇登場人物
アラン：少年吸血鬼。太陽はやや苦手程度の強い吸血鬼。
リュウ：吸血鬼に仕える下僕。人間。男性設定だが女性にかえてもよい。
ジャック：貴族の屋敷で働くフットマン。アランが兼役。
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作者：七枝
本文
アラン：血にぬれたら、それはもう別の花だ。
リュウ：（M）夕焼けに照らされた彼は、ひとりそう呟いた。
リュウ：（M）その手に抱えられた花は、まだ瑞々しく白く輝いていたが。
アラン：ねぇ、君もそう思わない？
リュウ：（M）ひるがえったコートが血で赤く染まる。
アラン：そこの人間。
リュウ：…………私ですか？
アラン：君以外に誰がいるっていうのさ。
リュウ：たくさんいると思いますけど
アラン：（笑う）死体じゃないか。
リュウ：……貴方が作ったんでしょう。
アラン：そうだね。
リュウ：（M）ふわり、と彼の身体が宙に浮く。死体の山を一瞬で乗り越え、私の元までやってきた彼は、思っていたよりずっと、小さかった。
アラン：よろこべ、今日から君はボクの下僕だ。
リュウ：……光栄です、高貴なお方。
リュウ：（M）そうして、私は跪いた（ひざまづいた）。死者を踏み越え、血だまりで踊る夜の王に。
リュウ：（M）まだ生きたい。
リュウ：（M）ただ、その欲望のままに、私は人として矜持（きょうじ）より、絶対の支配者に跪くことを選んだのだ。
〇場面転換。立派な調度品があつらえられたお屋敷の主室。
アラン：下僕、お茶
リュウ：はい、マスター
アラン：……甘味
リュウ：どうぞ
アラン：まんじゅうがいい
リュウ：あります。
アラン：……やっぱりシュークリーム
リュウ：ありますよ？
アラン：…………
リュウ：マスター？
アラン：だー！下僕！君というやつは！
リュウ：なんですか、マスター。更年期ですか？
アラン：主人にむかってなんて言い草だ！
リュウ：とはいいましてもねぇ。スコーンの屑を頬につけた方にいわれましても。
アラン：とって。
リュウ：私が、ですか？
アラン：いいから早くとってよ。命令。
リュウ：はいはい。全く仕方ないですねぇ。アランくん、お口をだしてください。
アラン：んーっ
リュウ：はーい。よしよし。よくたべれましたね。
アラン：えへへ……って！違―う！馬鹿にするな！
リュウ：おや？
アラン：君、ボクのことをなんだと思ってるんだよ！
リュウ：親愛なる我がマスター。いと高き夜の支配者にして時の束縛から逃れし偉大なるお方。
アラン：へぇ？
リュウ：甘党で甘ったれな吸血鬼。
アラン：んんん！？
リュウ：いかがなさいましたか？
アラン：いかがなさいましたか？じゃないよ！すました顔をしても、ボクはだまされないんだからな。今日という今日は君に主従関係というものを叩きこんでっ、
SE：電話音。
リュウ：あ、電話。すみませんマスター。御前、失礼いたします。
アラン：まてよ下僕！くそ、いまいましい文明の利器めっ！
リュウ：（無視をして）はい、もしもし。……ええ、こちらメルヴィン家ですが。……なに、警察？……ええ、……はい。なるほど。モンスター？ははっ、面白いことをおっしゃいますね。…………わかりました。では、１１時に。はい。ご当主様にお伝えいたします。
間。
リュウ：（ためいき）
アラン：ハンター？
リュウ：左様でございます。
アラン：かぎつけるのが早いねぇ。まだ朝食も味わってないのに。
リュウ：犬には犬の嗅覚があるということでございましょう。
アラン：はは、そうだね。君もたまには気の利いたことをいう。
リュウ：しかし貴族の館を襲撃（しゅうげき）というのはよい案ですね。追手も段階をふんでくれるのが有り難い。
アラン：そうでしょそうでしょ？まぁ、確実に監視はされてるだろーけど。
リュウ：違いありません。
アラン：じゃ、始めようか。ボクの一番のしもべ。
リュウ：はい、マスター。
アラン：金目のものは？
リュウ：すでに。
アラン：死体は？
リュウ：地下室に。
アラン：…………甘味は？
リュウ：もちろん、この手に納めておりますとも。
アラン：よし。すでに十分な血液は手に入れたし、ゆうゆうと撤退戦だ！
リュウ：手はずは？
アラン：死体を操って市にでかける商人に紛れ込む。少々馬くさくなるけど仕方ないね。
リュウ：さすがマスター。見事な逃走術です。
アラン：…………馬鹿にしてる？
リュウ：まさかまさか。
アラン：君、ホント笑顔がへたくそだね。
リュウ：この笑顔でここまで生き残ってまいりました。
アラン：（鼻で笑って）嘘ばっか。
リュウ：（M）マスターは嗤って、大きく片手をあげた。その手は、いまさきほどまで屋敷の人々の血でぬれていたとわからないぐらい、白く小さな手だった。
アラン：起き上がれ、ボクのしもべ達。
リュウ：（M）そう唱え、手をふり落とすと、地下室からこつんこつんと足音が聞こえてくる。死体の一部が、歩き出したのだろう。
アラン：あーあ。生きづらい世の中だよねぇ。
リュウ：（M）私のマスター……現代を生きる真祖の吸血鬼はそう言って、ため息をついた。
〇世界観説明。人混みあふれる市の中。歩きながらしゃべるふたり。
リュウ：（M）吸血鬼。それは、人の血をすすって生きる鬼。夜にうごめくその少数の種族は、今もひっそりと人混みに紛れて暮らしている。決して夢幻やおとぎ話ではない。現実にそこにある、脅威なのだ。だが、その姿が明るみに出ることは少ない。なぜなら、
リュウ：鬼に対抗する組織、「ハンター」が存在するからである、っと……マスター？
アラン：なぁに、下僕。
リュウ：ハンターの正式名称ってなんていうのです？
アラン：知らなーい
リュウ：知らない、ってあなた……
アラン：なにしろ、ころころ変わるからね。上がすげかわったのだの、皆殺しにあったのだの、資金が足りなくなったのだの…………ずいぶん前から放置してる。
リュウ：昔は調べていたのですか。
アラン：敵を知り、己を知れば百戦危うからず、だよ。
リュウ：なんですか、それ。
アラン：大陸の兵法（ひょうほう）だよ。知らないの？君、少しは勉強したら？
リュウ：マスターのお守りで手一杯です。
アラン：はぁ？下僕のくせに生意気っ！少しは自分からやる気みせなよ！
リュウ：ですからこうしてマメにメモをとっているんでしょう。みます？
アラン：みない。勝手にして。
リュウ：やる気をみせろといったのは貴方でしょう。それに、下僕の動向を管理しないで大丈夫なんですか？
アラン：信頼されてる証じゃない？喜んでおけば？
リュウ：（ためいき）どうでもいいだけじゃないですか。
ーアラン、立ち止まり屋台の前で止まる。
アラン：そこのおにーさん、りんごちょーだい。
リュウ：お代を。
アラン：わーい！ありがとう。ね、行こ。
リュウ：はい。
間。
アラン：あっまーい！おいしい！やっぱりボクって見る目あるぅ。
リュウ：マスター。マスターは吸血鬼ですよね？
アラン：そうだけどなに？本格的に馬鹿になった？
リュウ：いえ。吸血鬼なら、食料は当然血液だけですむでしょう？なぜマスターは甘味に執着されるのです？
アラン：んーっと…ねぇ、下僕。君、人間はパンと水のみで生きてると思う？
リュウ：…………いいえ。
アラン：それと同じだよ。人間が酒をのみ、煙草を吸うように、ボクも人間のものを食べ。人間の娯楽に付き合う。いつだって退屈してるんだ、吸血鬼ってのはさ。
リュウ：便も人と同じようにでるのです？
アラン：きたないなぁ。
リュウ：失敬。
アラン：君もボクのしもべなら少しは気品というものを身につけなよ。
リュウ：紳士としての教育をうけてないもので。
アラン：顔だけはいいんだけどなぁ。中身が残念すぎる。
リュウ：ならば教育を授けてください。
アラン：僕が？わざわざ？何様つもり？
リュウ：よいのですか？お仲間に笑われるかもしれませんよ？
アラン：ふん。仲間なんか。……ボクはずっと一人だ。今までも…………これからも。
リュウ：私がいるじゃないですか。
アラン：下僕ひとりでボクを満足させるって？その自信だけは誇っていいよ。
リュウ：あたたかいお言葉、痛み入ります。
アラン：馬鹿にしてるの！……はぁ、まったく。ほら、これあげる。
リュウ：……なんですか、これは？……紹介状？
アラン：さっき通行人が景気のいい話をしてたからもらってきたんだ。
リュウ：それはスリでは？
アラン：かよわい子どものすることだよ。
リュウ：気品の意味を学びなおした方がよろしいようで。
アラン：無職の下僕を思って仕事先を用意してあげたのがわかんないの？
リュウ：その仕事先をぶち壊したのは誰ですか。
アラン：（無視して）さてさて、なんて書いてあるのかな？『仲秋のみぎり、フェルマン領におかれましては、いかがお過ごし……』ふむふむ。領の話から入るとは、これは当たりの予感。『我がメルヴィン家では金色の稲穂が列をなし……』はいはい、時候の挨拶と自慢は飛ばしてっと。『当家で雇いし、かの者、エドウィン・タークを貴家の新たな使用人として紹介します』、だって。
リュウ：おや、これは…
アラン：ね？当たりでしょ。褒め称えてもいいよ。
リュウ：メルヴィン家といえばさきほど襲撃したお屋敷じゃないですか。
アラン：ん？そうだったっけ？
リュウ：もう忘れたんですか？
アラン：うるさいなぁ。
リュウ：いくらなんでもボケが始まったのでは？
アラン：この可愛い顔見てよくそれが言えるね。だいたいさぁ、君は朝食にでてきたソーセージの産地をいちいち気にする人？
リュウ：それは……気にしませんが。
アラン：でしょ？それと一緒だってば。次ここ行きなよ。ボク、グルメだからさぁ。やっすい産地のやすいお肉とか合わないの。
リュウ：さっきと言っていることが違いません？
アラン：ほら、きりきり歩くっ
リュウ：はぁー……今回も、上手くいけばいいですけどね……
リュウ：（M）肩をおとし、マスターにどつかれながらも私はその紹介状を受け取った。
リュウ：（M）それが私の今後を大きく左右するとも知らず……受け取ってしまったのだ。
〇お屋敷の応接室。リュウは面接をうけている。
リュウ：はい。ぜひともこちらのお屋敷で働かせていただきたく存じます。…はい、はい。本当ですか！……ありがとうございます、旦那様。……ええ、メルヴィン家の襲撃は、私も、かの家を出てから知りました。……そんな、お気遣いいただきありがとうございます。……ええ、かしこまいりました。……では、失礼いたします。
SE:ドアの開閉音。
リュウ：（ためいき）
ーフットマンのジャックに化けたアランが登場。以下、ジャックに化けてる箇所は（J）と表記。
アラン：（J）よぉ、新入り。
リュウ：！？
アラン：（J）あ、わりぃ。驚かせたか？
リュウ：い、いや、そんなことはないんだ。君は……？
アラン：（J）俺はフェルマン家のフットマン、ジャック・スミス。あんたが新しい同僚のエドウィン・ターク、だよな？
リュウ：ああ、よろしく。
アラン：（J）おう。じゃぁエドウィン、これから屋敷を案内するぜ。あー…っと、荷物はそんだけか？
リュウ：ああ。その……前勤めていた家が……
アラン：（J）ああ、メルヴィン家、だったか……お気の毒に。
リュウ：奥様も旦那様もいい人だったし、同僚も気のいいやつらばっかりだったんだ……
アラン：（J）あんたも現場に？
リュウ：いや、私は家の都合で暇をだしていてね。間一髪だったよ。
アラン：（J）家の都合？
リュウ：所帯をもつんだ。妻の家族と暮らすことになって。
アラン：（J）おお、それはめでてぇ！だから通いなんだな。いやぁ～しかし、命拾いしたな！噂では闇のように真っ黒なけだものに襲われたとか、大陸の鬼だとか、恐ろしいものばかりだ。
リュウ：はは、君もそんな噂を信じてるのかい？
アラン：（J）まさか！ガキじゃあるめぇし。お偉いお貴族様のこった。おおかた恨みでも買ってたんだろ。ああ、でも……
リュウ：でも？
アラン：（J）あんた、知らないのか？メルヴィン家の噂を？
リュウ：何の話だい？
アラン：（J）知らないならいいんだ。つまらない話さ。おっと、いつまでも立ち話してたらバトラーに叱られちまう。屋敷を案内するぜ！
リュウ：おい、待てよ。気になるじゃないか。どんな噂なんだ、おしえてくれ。
ーリュウ、フットマン（アラン）の腕を掴む。
アラン：（J）あ！？
リュウ：ん？この匂い……
アラン：（J）なんだよ、いきなり。
リュウ：…………
アラン：（J）放せよ、エドウィン。
リュウ：まさか……
アラン：（J）おい、放せってのがきこえねぇのか？殴らなきゃわかんねぇか？
リュウ：…………
アラン：おい、エドウィン？
リュウ：……マスター？
間。
ージャックの輪郭がぼやけて、アランが姿をあらわす。
アラン：……なんでわかったの。
リュウ：匂いが……マスターの匂いがしましたので。
アラン：におい？
リュウ：甘い匂いです。涼やかな、水辺に浮かぶ花のような。
アラン：ああ、これかな。
ーアランが懐から白い花をとりだす。
リュウ：その花は……
アラン：しっかし、匂いって！君って犬だったの？ボクのどっきりわくわく！下僕をからかって遊ぼう計画が台無しだよ！どういうつもり？
リュウ：それはこちらの台詞です！本物のフットマンはどうしたのですか？いつからこの屋敷に？人に化けることができたのですか？
アラン：む～聞いてるのは、ボクなのに！えいっ
ーアラン、背伸びしてリュウのおでこを叩く。
リュウ：痛っ
アラン：はははっ！生意気な下僕におしおきだよ。さて、ボクはこのへんをふらふらして遊んでくるから。お腹がすいたらまた来るね。
リュウ：いつものように森に？
アラン：森は飽きた。
リュウ：では借家の方へ？
アラン：あんなみすぼらしいボロ小屋にボクを押し込めるの？本気？
リュウ：で、では連絡手段はどのように？
アラン：いらないよ、そんなの。
リュウ：ですが襲撃の合図など……
アラン：いらなーい。
リュウ：マスター！
アラン：うるさい、下僕。
リュウ：………っ！
アラン：大人しくエドウィン・タークとして真面目に働いてろよ。ボクのことに口をだすな。
リュウ：………
アラン：返事は。
リュウ：……わかりました、マスター。
アラン：よしよし。人間は人間らしく、人間の中で遊んでなよ。じゃぁね。
リュウ：（呼びかけようとする）
ーアラン、リュウを無視して窓からでていく。
リュウ：（ためいき）人間は人間の中で…か。どういうつもりです？マスター……
ー再び、ジャックに化けたアランが登場。
アラン：（J）おい、新入り！さがしたんだぜ、どこにいたんだよ！
リュウ：……！？え、ええっと、ミスタースミス？
アラン：（J）……あん？バトラーから俺のこと聞いたのか？
リュウ：あ、ああ。そんな感じ、だ。
アラン：（J）ふーん？なーんか頼りねぇやつ。フェルマン家にきたからには、あんたもきびきび働けよ。ついてこい！
リュウ：わ、わかった。
リュウ：（M）それから数週間は、新しい職場に慣れる為ひたすら働いた。マスターの為、屋敷や商家に潜入するのは、初めてではない。慣れた仕事、慣れた手順だ。……そう思い込もうにも、いつもと違うマスターの様子が、気にかかって仕方なかった。
〇フェルマン家、使用人室。リュウはぶつぶつ独り言をいっている。
リュウ：マスター……なんのつもりで……メルヴィン家の噂……なぜそんな話を……？
アラン：（J）エドウィン！
リュウ：わっ！
アラン：（J）なに、ぼーっとしてるんだよ？ブーツ磨きは終わったか？
リュウ：あ、ああ。もう少しだ。
アラン：（J）ちゃんと靴墨つかえよ。旦那様用の狩靴なんだから。
リュウ：狩り？なら靴墨なんて使ってもどうせ汚れるじゃないか。
アラン：（J）わかってねーなぁ。狩りは社交もかねてんの。諸侯貴族にいいとこみせなきゃいけねーの。
リュウ：お、おう。
アラン：（J）はぁ、わかってんのか？仕方ねーなぁ。……ほれ。
ーアランが本を取り出してくる。
リュウ：なんだ…？本？
アラン：（J）貸すよ。
リュウ：これは……？
アラン：（J）貴族の年鑑や、しきたり、行事について書いた本。これでも読んで勉強しろ。
リュウ：いいのか？その……高そうだし。
アラン：（J）もらいもんだよ。
リュウ：私は文字を読むのが遅い。
アラン：（J）俺も似たようなもんだって。いいから、受け取れよ。ほら。
リュウ：………ありがとう。
アラン：（J）いーって。あんた、真面目だからな。もっと沢山のことを覚えたら、どこへだっていけるようになる。
リュウ：そうか……その、てれるな。
アラン：ははは。今度一杯おごれよな。
リュウ：ああ、そうさせてくれ。
アラン：真面目かよ！…ん？おい、その記事……
リュウ：記事？
アラン：（J）あんたが今ブラシの下にひいてる記事だよ。3週間前の。
リュウ：メルヴィン家襲撃………
アラン：（J）前の職場だったんだろ？大変だったな。
リュウ：いや、私はタイミングよく何もなかったんだ。こうして新しい職場にも巡り合えたし……まえにも、この話をしただろう？
アラン：（J）……は？
リュウ：そうだったろ。メルヴィン家に黒い噂があるって教えてくれたじゃないか。
アラン：（J）黒い噂？そんな話してねぇよ。
リュウ：匂うぞ。
アラン：（J）なにが？あ、ハーブの香りか？無駄な期待はよすんだな。俺達の夕食は出汁のスープ。七面鳥の香草焼きが食べたかったらクリスマスまでいい子に過ごせ。
リュウ：（小声で）……ちがうか。
アラン（J）エドウィン？
リュウ：あ、いや。なんでもないんだ。すまない。
アラン：（J）へんなやつ。あ、黒いとまでは言わないが、おかしな噂は聞いたことがあるぜ
リュウ：おかしな噂？
アラン：（J）そう。これが笑っちまうんだけどさ。
リュウ：なんだよ。
アラン：（J）（くすくすわらって）なぁ、あんた。ハンターって知ってるか？
リュウ：……ハンター？
アラン：（J）そ！世を忍ぶ陰の組織。この世にはびこる悪のモンスターを、狩りまわってる正義の味方！
リュウ：は、ははは。なんだそりゃ。寝物語か？
アラン：（J）な、笑い話だろ！しかもメルヴィン家がそのハンターのパトロンだったとか！今回の襲撃も、そのモンスターにやられたんだと！
リュウ：……は、ははは（笑おうとして失敗する）
アラン：（J）あ？笑えないか？
リュウ：正直、晩飯が七面鳥だっていう方がまだ信じられるな。
アラン：（J）つまんないやつ。
リュウ：悪いな。
アラン：（J）あ～……だったら、もうひとつ最高に笑える話をきかせてやるよ。
リュウ：なんだ？
アラン：（J）我がフェルマン家も、その「ハンター」のパトロンだっていうだぜ！
リュウ：（M）花の香りがするそのフットマンは、そういって栗色の瞳を楽し気に細めてみせた。
〇リュウ、借家にて。借りた本を読んでいる。
リュウ：ふぅん、花言葉…か。……貴族ってのはめんどくさいな。
アラン：うわ、下僕が勉強してるー！
リュウ：（おどろいて息をのむ）マ、マスター！
アラン：いい夜だね、ボクの下僕。
リュウ：入ってくるならひと声かけてくださいよ。
アラン：なんだよ。ここはボクの金で借りた家だぞ。
リュウ：この部屋は現在私の部屋です。
アラン：ふん。下僕のくせに生意気だ！
リュウ：（ためいきをついて）で？今夜は、なぜここに？
アラン：決まってるじゃん。
リュウ：…………
アラン：おなかすいた。
リュウ：……砂糖菓子なら、そこの木箱に、
アラン：なにいってるの？
アラン：ボクがおなかすいた、って言ったら意味は一つしかないでしょ。
リュウ：………今回は、ずいぶん燃費が悪いですね。
アラン：前回がお上品すぎたかな。もう少しがっつけばよかった。
リュウ：気品はどうしたんです？
アラン：唯一のしもべが犬なんだもん。影響されるのも仕方ないでしょ。
リュウ：私のせいではないでしょう。我が身をふりかえってみては？
アラン：鏡みてからいいなよ。
リュウ：我ながら美形ですな。
アラン：うわ、キッモ。
リュウ：………
ーしばし沈黙。
アラン：その、本。
リュウ：はい？
アラン：買ったの？
リュウ：あ、ああ。屋敷のフットマンから借りました。
アラン：へぇ～上手く仲良くなってるのか。感心、感心。
リュウ：はい。あ―……でも近日中に返した方がいいですね。
アラン：なんで？
リュウ：死んだら返せなくなりますから。
アラン：君はさぁ………
リュウ：マスター？
アラン：ううん、なんでもない。とにかく三日後ね。三日後の晩、ボクは屋敷を襲撃する。
リュウ：私は？
アラン：先に門番を殺して、裏門を開けといて。
リュウ：かしこまいりました。
アラン：うん、よろしく。
ーアラン、出ていこうとする。
リュウ：……っ！マスター！
アラン：……なぁに。
リュウ：ひとつお聞きしたいことが。
アラン：だからなぁに。聞いてあげるからさっさと言ってよ。
リュウ：マスターがいつも持っていらっしゃるその花。それは、なんていう花なのです？
アラン：気になる？
リュウ：ええ。この下僕めに教えてください。
アラン：…………
リュウ：なにか不都合が？
アラン：ううん。べつに。これ、これはね……スノードロップって花。
リュウ：すのーどろっぷ。
アラン：むかしちょっとした知り合いにもらってね。なんとなく気にいったから、僕の力で状態を保っているんだ。
リュウ：……ふむ。
アラン：反応うっすいなぁ！
リュウ：いえ。興味深いお話、ありがとうございました。マスターにも弱き者の心を酌むような感性があったのですね。
アラン：君、嫌味いうときだけイキイキしてるよね。ボクなめられてる？
リュウ：そんな。私はマスターを崇敬しております。
アラン：崇敬している相手に出てくる言葉とは思えないのだけど。
リュウ：マスターもお年ですからね。耳が遠くなっていらっしゃるのでしょう。
アラン：ボクの肉体はぴっちぴちだよ！みなよ、このハリを！
リュウ：ああやめてくださいやめてください。目が腐ります。
アラン：ああん？
リュウ：失敬。間違えました。目の毒です。
アラン：は？なに？君、そういう趣味あったの？
リュウ：どう答えたら正解なのですか。
アラン：それを考えるのが君の役目でしょ。つかえない下僕だなぁ。
リュウ：マスターは本当にお優しいですね。
アラン：君、皮肉だけは世界一だね。とにかく、だ。
アラン：三日後。フェルマン家を襲撃する。準備を怠るなよ。
リュウ：かしこまいりました、マスター。
リュウ：（M）従順に、主人の前で跪く。何十、何百と繰り返したこの動作。彼の冷たい視線を感じながら、私は尚、思考をめぐらせていた。
〇三日後。夜。フェルマン家夜の廊下。
アラン：（J）よっ、エドウィン。東棟は問題なかったか？
リュウ：ああ、ジャックも見回りおつかれさま。
アラン：（J）下っ端はつれぇなぁ。あとは北棟だけ？
リュウ：ああ。それで、その……
アラン：（J）なんだ？
リュウ：もしよければ北棟の見回り付き合ってくれないか？こないだの本のことで、その……
アラン：（J）おー？聞きたいことでもあったか？タバコ一箱な。
リュウ：わかった。
アラン：（J）冗談だって。つっこめよ。
ーリュウとアラン合流して歩き出す。
アラン：（J）お屋敷にはもう慣れたか？
リュウ：ああ、前の仕事とほぼ同じだしな。それに、ジャックも色々助けてくれて助かってる。
アラン：（J）ふっふーん。もっと褒めてもいいんだぜ。
リュウ：ああ、ジャックはすごい。
アラン：（J）素直か。冗談の通じないやつだな……で、何が聞きたいんだ？
リュウ：そうだな……ジャックはいつからここで働いているんだ？
アラン：（J）結構前からだな。
リュウ：なるほど。ベテランなのか。
アラン：（J）まぁね。
リュウ：それにしては結構ドジも多いよな。
アラン：（J）うっせぇ。
リュウ：こないだもバトラーに怒られてたろ。あれは驚いた。
アラン：（J）ちょっとつまみ食いしただけで殺されるかと思った。
リュウ：前はバレないようにやってたのに、って同僚も驚いてたぞ。
アラン：（J）どういう驚き方だよそれ。
リュウ：ある意味信頼されてるんだろ。
アラン：（J）いやな信頼だな～
リュウ：くくっ、確かに。
アラン：（J）おい、エドウィン。お前どこ行くんだ？道間違ってるぞ。
リュウ：いいや。こっちであってる。
アラン：（J）違うって。北棟の見回りはこっち。そっちは裏門。
リュウ：ああ。だからあってるだろう？
アラン：（J）え？
リュウ：あってるだろう、マスター。私は門番を殺しにいかなきゃならない。貴方がそう言ったんだろう？
アラン：（J）も、門番をころすって……？え、エドウィン。あんたなにいってんだよ…………
リュウ：おびえた演技はいい。わかってるんだ。
アラン：（J）…………
リュウ：バトラーに言われたよ。お前がきてからジャックの調子がおかしい。何を吹き込んだんだって。何でもかんでも新入りを疑うのはひどいと思わないか？
アラン：（J）……それで？
リュウ：気になって他の使用人にも聞き回ってみたんだ。最近のジャックのことどう思う？とな。そしたら、皆口をそろえていったよ。「ジャックは変わった」って。
アラン：………………
リュウ：同僚が変わったという前のジャックと今のジャック。最初に会った、マスターが化けたジャックとその次にあったジャック。どのジャックの違いも、私にはわからなかった。だから、逆に考えてみたんだ。 『私は正しいジャックを知らないんじゃないか』
アラン：（J）………………
リュウ：私が知ってる「ジャック」は最初からずっと、マスター、貴方だ。違いますか？
アラン：…………ふーん。
リュウ：いやぁ驚きましたよ。いつもあんな偉そうにふんどり返ってる貴方が使用人の仕事もできただなんて。これからたまには私と役柄交代してみますか？
アラン：……ホント、君、皮肉は世界一だね。
ージャックの輪郭がぼやけ、アランが姿を現す。
リュウ：こんばんはマスター、ごきげんうるわしゅう。
アラン：君のせいで最悪だ。
リュウ：そんなに褒められても困ります。ああそうだ、マスターの余興もなかなか面白かったですよ。
アラン：僕はつまんなかった。きみ、ユーモアのセンスどこに落としてきたの？
リュウ：失敬。ではこんなのはいかがですか？
アラン：なんだよ。
リュウ：試験は、合格でしたか？
アラン：…………ん？
リュウ：今回の件。あなた私を試してたんでしょう？私が、マスターを裏切らないかどうか。
アラン：…………
リュウ：わざわざメルヴィン家の話を持ち出して、ハンターの話までして。そうですよね、私はマスターという吸血鬼の情報を沢山持ってる。これを土産にフェルマン家ご当主にかけあったら、きっと保護してもらえるでしょうね。人類の救世主になれる。そう思った私が貴方を裏切らないかどうかテストしていた……そうでしょう？
アラン：…………むむぅ。
リュウ：いかがでしょう？私、これでも最善を尽くしたのですが。
アラン：つまんない。
リュウ：おや。それは失礼しました。
アラン：まあ？そうやって高々と解説する姿は滑稽でいい見世物だったかな。もういいや。
リュウ：左様ですか？もっと試していただいてもかまいませんよ？
アラン：ええ何ソレ？君、どえむってやつ？やだ、近寄らないで。
リュウ：おびえないでください。
アラン：おじさん怖い。
リュウ：まだおじさんと言われるほどの年齢じゃないですよ！
アラン：加齢臭がする。
リュウ：それは真剣に傷つくのでやめてください。
アラン：あははっ、だってさ。君、本当は嫌々ボクに従ってるんだろ。
リュウ：まさか。そんなわけないじゃないですか。
アラン：………うそだよ。
リュウ：はい？
アラン：だって従う理由がない。
リュウ：なぜそう思うのです？
アラン：僕は吸血鬼だ。
リュウ：ええ、私達よりずっとお強い。
アラン：ボクはちいさくて、君は大きい。
リュウ：麗しいお姿です。
アラン：君は聡い。今は馬鹿だけど伸びしろがある。どんどんボクなんて置いていってしまう。どうしてボクと共にいるんだ？どうしてフェルマンのところにいかなかった？どうして同じ人間ではなくバケモノのボクの味方をする？どうして？
リュウ：それはもちろんマスターをお慕いしているからですよ。
アラン：信じられない。
リュウ：本当ですよ。
アラン：もういい。
リュウ：マスター。
アラン：知らない。ついてこないで。
リュウ：待ってください。
アラン：………
リュウ：無視しないでくださいよ。
アラン：…………
リュウ：マスター。いつまで過去に囚われているおつもりですか。
アラン：………っ！
リュウ：スノードロップ。その花言葉は「貴方の死を願う」でしたか。
アラン：………ちゃんと読んだんだね、本。
リュウ：貴方からいただいたものですから。
アラン：…………
リュウ：貴族のしきたりも慣習も、全て貴方のために学びました。貴方の事を知りたくて。マスター、貴方は貴族の生まれだったのでしょう？
アラン：…………どうだったかな、忘れた。
リュウ：ずいぶん、古い本でしたものね。
アラン：…………ふん。
リュウ：マスター、いつまでも拗ねてないで今の私をみてください。貴方に一心に仕えるこの私を。貴方の為に、こんなにも同族の血にぬれた私の姿を。
アラン：………きみ。
リュウ：いまさら、人の中で生きろなんて、つれないこと言わないでくださいよ。貴方の死を願う花なんて捨ててしまって、私と共に生きていきましょう。
アラン：………ボクは、
リュウ：はい。
アラン：ボクは、ずっと君は嫌々ボクといるのだと思ってた。
リュウ：いつも否定していたでしょう？
アラン：だって君はいつも嘘ばかり言うし。
リュウ：いつそんなこと言いました？
アラン：じゃぁボクのことどう思ってる？
リュウ：もちろん崇敬してますとも。いと高き夜の支配者にして時の束縛から逃れし偉大なるお方。
アラン：ほら、そんなこと言う。
リュウ：この口で生き残ってきましたから。
アラン：（わらって）嘘つきめ。
リュウ：（わらう）
アラン：…………ほんとうにいいの。
リュウ：まだききます？欲しがりな方ですね。
アラン：だって、
リュウ：誓いますよ。私の魂にかけて。
アラン：魂……へへっ、そうか魂か。じゃぁリュウの魂はボクのものなんだね。
リュウ：はい。
アラン：そうか……そうかぁ。じゃあ君を信じてあげる。リュウ、ボクの一番のしもべ。
リュウ：はい。
リュウ：（M)そう言って、アラン様はにっこりと笑った。それは好物を腹いっぱいにつめこんだ、子どものような笑顔だった。
ー長めの間。
アラン：じゃあそろそろ行こうか。ごはんどきだ。
リュウ：はい。では手はず通りに私は門番を。
アラン：あ、それはもういいよ。
リュウ：はい？
アラン：君を殺すのに手間取るかと思って、もうあらかた始末したんだ。
リュウ：………なるほど。
アラン：ん？どうかした？
リュウ：……いえ。優秀な主人をもって、私は幸せ者です。
アラン：えへへ。
リュウ：……ええ、やはり。貴方は花の香りよりも、血の匂いの方がお似合いです。私の、アラン様。
リュウ：（M）まだ生きたい。血に塗れたこの美しい少年を、この目でずっとみつめていたい。
リュウ：（M）その欲望そのままに、あの日も、今も、私は貴方に跪いている。
〇おしまい。