坂元裕二作品を読んでみませんか
こんにちは。
今回は私と先生(ポラン堂店主)が楽しみにしてならない、夏の新ドラマ「初恋の悪魔」第一話放送の7/16に先駆けて、脚本家・坂元裕二さんの本の話をしたいと思います。
「愛し君へ」「わたしたちの教科書」「それでも、生きていく」「最高の離婚」「Woman」「カルテット」「大豆田とわ子と三人の元夫」、好きな作品をあげていけばきりがないほどなんですが、どうでしょう。各作品は知っている、大好きだという方もたくさんいらっしゃるでしょうけれど、本屋さんで坂元裕二氏の本を探して、読んだことはございますでしょうか。
今回はドラマとしての坂元裕二作品ではなく、ドラマになっていない坂元裕二作品をご紹介ともなればと思っています。読む、坂元裕二です。
『往復書簡 初恋と不倫』
男女の手紙、メールのやりとりで構成された書簡体小説です。
「不帰の初恋、海老名SA」と「カラシニコフ不倫海峡」の二篇が一冊に収録されていますが、言うまでもなくどちらもいい。しかしまず「不帰の初恋~」で泣いてしまったのが私の初読みでした。本当に良すぎた。
初恋、男女の手紙、などと言うと甘いやりとりだろうと思われるかもしれませんが、そんなはずもない。最初の頁は「迷惑です。」と、「同じクラスだというだけです。」「僕の力になりたいなんてすごくくだらない。偽善です。」から始まっています。そんな手紙に臆することはなく、彼女は次の手紙で、彼と話してみたいという話をする。次第に二人の関係性、彼の教室で置かれている立場のようなものが見えてくる、というつくりです。
ドラマの中でも多く出てきますが、坂元裕二さんの手紙文体のすばらしさがあふれていまして、何気ない内容でもぐっとくるものばかり連なります。
好きなラーメンの種類を教えてください。わたしは海老名サービスエリアのしょうゆラーメンにコショウを全面的にかけて食べるのが好きです。あとラジオ体操第一の好きな箇所も教えてください。
ラジオ体操第一の好きなと箇所は、腕を上下に伸ばすのところです。肩に手を乗せるところが特に好きです。
好きなラーメンの種類はありません。でも昨日学校の帰りに手紙を読んで、本厚木駅から自転車で、海老名サービスエリアに行きました。全面的にコショウ入れました。美味しかった。
少しずつ近づいていく二人ですが、やがて突然の別れが訪れ、再会へと続いていきます。
その中には、実は坂元裕二作品のドラマの多くに欠かせない要素となっている、サスペンス性、事件性も見え始めます。そうした展開へのどきどきと、ただただ一途に続くやりとりに頁を捲る手が止められない。
これから先、どんな出会いがあっても、どんな別れがあっても、どんなに長生きしてもこんなことはもう一生ないってわかったからです。そのくらい玉埜くんのことが好きでした。その気持ちは今も減っていません。増えてもいません。変わらず同じだけあります。これからのことも全部その中に存在している。そんなわたしの初恋です。
この前後も含めて、本当に大好きな文章です。読んでいない方はぜひ読んでほしい。
「カラシニコフ不倫海峡」も、「初恋~」に比べて大人っぽいですが、どきどきさせられながらも人間らしさにほろっときてしまう良作です。
『往復書簡』は多くの俳優さんたちによって、組み合わせを変えながら朗読劇として何度も講演されています。その中には「初恋の悪魔」の主演、林遣都さんと仲野大賀さんもおり、今回のドラマは朗読劇からのキャスティングかという声も上がっているので、今話題の一冊に違いありません。ぜひお二人の朗読も想像しながら、頁をめくっていただきたいです。
『またここか』
ドラマ「カルテット」「anone」を経て、活動の休止を宣言した坂本裕二氏が2018年に手掛けた舞台脚本がこの作品です。「情熱大陸」にもその創作を密着され、思索する様子がテレビに流れました。
一冊まるごと脚本の文体で、『往復書簡~』が書簡体小説だったのと比べると、若干小説読みには読みにくいかもしれません。しかし相変わらず素晴らしい言葉選びに導かれ、ト書きになれてくると頭の中にするする入るようになります。
坂元裕二作品の一番の魅力は台詞に違いないと思っている身からすると、これだけの密度で考えに考えられた台詞ばかり詰まっているのはもう最強では、と思ってしまうわけです。
舞台はガソリンスタンド。店主・近杉の前に、兄だと名乗る、根森という男が現れます。
根森「あ、あなた。あ、近杉さん。あ、これはどうも、わたくし、あなたの兄、兄の者でして」
近杉「兄、兄の者」
根森「はい、根森と申します。はじめまして、兄です」
近杉「(よくわからないが)弟です」
根森「あ、わかります?」近杉「(首を傾げる)」
根森「わたし、あなたのお父様の……。(あらためておかしく感じ、半笑いで)あ、今わかんないのに弟ですって言ったんですか」
近杉「すみません」
突然現れた兄・深森は近杉の父が病院で半年意識が戻らないまま寝たきりであることに触れ、自分をその父親の最初の妻との息子であると説明します。合わせて、その意識不明の状態は医療ミスである、力を合わせて病院を訴えましょうと持ち掛けるわけです。
ガソリンスタンドのバイト・宝居は医療ミスの事件性に野次馬としてはしゃぎ、父の看護師・示野は根森が現れた目的は金銭だと近杉を心配しますが、近杉は突然の兄の来訪を喜び、交流を望みます。やがて、そのどこかおかしい近杉の性質が、この物語の根本を震わせることになるのです。
私はこのぎくしゃくから歪に始まる兄弟が、それでも兄弟となっていく過程に、その奥深さに取り込まれてしまった人間です。近杉の性質、その生きづらさへの感情も決して片手間に語れることではないのですが、根森の飄々としながらも小心者な人間臭さ、目を逸らしながら逸らしきれない性格に大変涙腺を刺激されてしまいました。
丁寧な敬語と乱暴さが入り混じる台詞たちの素晴らしさ、「お兄ちゃん」という言葉が近杉から発せられ始めるのも堪らない。シャーペンの場面……根森が帰ってくる場面とかもう……胸の裡がぐじゅぐじゅになってしまいますね。
そしてタイトル「またここか」ですよ。
複数回、回収されますが何より最後に回収されるのが見事。
……舞台観たかったなぁと心底思いますが、一冊読むだけでこれほど揺さぶられますので、読んで損なしです。おすすめです。
というわけで、坂元裕二さん本紹介でございました。
最近はテレビドラマが話題になる際、脚本家さんの名前が登場することは珍しくありません。ただドラマの作り手、担い手のような大雑把な印象もそこにはあるように思います。
以前拝見したテレビドラマ論の中で、テーマや展開、あっと驚くオチなどは会議で集まってみんなで考えるもの、脚本家に求めるのは「会話のリズム」だと読んだことがあります。会話にこそ、その脚本家にしか出せないものがある、と。
まるで小説でいうところの「文体」のようだと思いました。
良い文章だと思って小説家さんの名前を覚え、良い会話だと思って脚本家さんの名前を覚えて、追いかけてみる。結果、良い作品との出会いが続く。これが作家さんに着目することの利点だと、浅いながらの経験則もあり、自信をもって言えます。
坂元裕二さんは代表的すぎる名前ではありますが、そんな彼の会話を、(手紙も含め)やりとりをぜひ本でも味わってみてほしいです。
さらに16日からのドラマですね。ファンとして、ただただ楽しみです。