愛と美の師匠
占いをする喜びのひとつに、自分の中のモヤモヤを的確に表現してくれる言葉を見つけることがある。頭の中で「好奇心」というものをすくすくと育てながらビルの一室にあるサロンに向かった。
信じられないほど無垢な静謐さを持ったその空間は、象にのったお姫さまが運んできてくれたお香の香りに包まれていた。
そこに現れたのは、イノセントなスーツをビシッと着て、身のこなしも決まっているマダムであった。大粒のダイヤを身につけ、そのてりがマダムのさえざえと白い肌をさらに引き立てていた。やんごとなき方が持つ独特な快い香りが、マダムからむらむらと立ちのぼっている。マダムは本当に美しかった。美人というのとも違う。顔に凄みがあり、なんともいえない迫力をかもし出している。私はマダムの魅力にまず、まいってしまったのだ。
「〇〇さんの紹介の方ね。すごくキレイな女性二人って〇〇さんからお聞きしていましたのよ」
キレイな女性二人だって。キレイな人といると、その人のパワーでキレイな女性が二人いるような錯覚が起こるのである。もう女としてのつらい人生は終わりを告げていたのね。私はこの言葉にひとりニヤニヤした。
「どちらから占いましょうか」マダムは重厚な椅子に座る。
マダムはスミレさんの顔をうっとりと眺め「おキレイだわ」と驚きと喜びを含んだ声で言う。次に私の顔を眺め黙り込んでしまった。
しかし、私はめげなかった。こうなったら意地でも認める訳にはいかない。
「キレイな女性其の一(私のことね)からお願いします。ご厄介かけます」臆面もなく手を挙げたら、「よしなさい」とスミレさんが怖い顔をした。
マダムは壁をくぐり抜けるみたいに、私をくぐり抜けて背後を眺める目つきとなる。あれは霊視というやつであったろう。いろいろなご託宣を述べるのである。話が具体的で示唆にとんでいた。
「あなた、生命力が隅々まで漲っているわね」えらく感心された。
当たり過ぎている。以前、別のすごく当たる占い師の方に「泥水をすすっても生きていける」と言われたことを記憶している。傍にいたスミレさんもマダムに頷くことばかりであった。
私が知りたいのはそんなことではない。今さら言うまでもないが、女性というものは欲張りなものである。ひと目会ったとたん、心臓がかたかたと鳴らされるような男性と恋に落ち、そのまま熱愛という方向に持っていきたいとひたすらそう切望しているのだ。
ややあってマダムは口を開いた「お城がみえるわ」
「その他に何がみえますか」食い下がる私。
「ごめんなさい、それ以外はみえないわ」マダムは上品な眉間にシワを寄せた。
次は美人其の二のスミレさんの番だ。
「あなた、容姿のことで悩みがあるわね」マダムは正面切ってスミレさんに言う。
「そんなことないわよね」ついキツイ口調になる私。
それまで押し黙っていたスミレさんは言った「あります、顔が左右対称じゃないんです」
「そんなのいいじゃない、右から見ても左から見ても、とてつもなくキレイなんだから」ふんぞり返る私。
よせばいいのに、自分のことは棚のいちばん上の見えないところに置き、人のお節介をやくのが私のよくないクセだ。そして私の評判はたちまち悪くなるという構図は毎度のこと。そして最後は、大得意でこう締めくくる「気にすることないわ」、始末におえない。
マダムはやはり普通の女性とは違っているのであろう。怖ろしくなるほど誠実で、しかも愚鈍でない人間というのはめったにいるものではない。他人の痛みがわかり、煩悩がないマダムはただの女性ではない。ある種の人たちはすぐ彼女の占い師としての力に気づいたのである。
占い師というのは、本人も気づかない心の動きを説明していくのであるが、マダムはこういうところが天才的であった。
研ぎ澄まされた言葉というのは深く深く心に滲みいっていく。彼女は占い師の天才であるとともに、箴言の天才である。宝石のようなきらめきを持つ短い言葉を見いだすというのは、まず、自分の人生に哲学と特別な観察眼を持たなければならない。その姿勢で、人々をこちらの世界に引きずり込み、もう他のことを考えられないようにしてしまう。
そして私は、あることを発見した。こちらの呼吸とマダムの言い表す言葉のリズムが次第に合っていることをだ。この絶妙なリズムをマダムは計算しているに違いない。やはり相当のものである。
スミレさんは、マダムのことを″ピンとくる顔″だと評した。日本を引っ張っている人たちを接待しているスミレさんがそう言っているのであるから、やはり普通の人とは趣が違うという結論を出さざるを得ない。
マダムの占いは大層面白く、豊饒な世界であった。私たちはマダムの言葉を咀嚼しながら帰路につく。
「お城がみえるってどういうことかしら」
「そこで暮らしている人が恵美子さんと深い関わりを持つのよ」スミレさんは断言してくれた。
普通ならそこでよかったで終わるはずであるが、図々しい私はさらに妄想をたくましくする。そうか、私の未来はプリンセスに向かっていたのね。素敵なプリンセスという人生。めくるめくような世界。女として本望である。
ようやく男運が回ってきたのかしらね。でも、どうしよう、やっとのことで講師の仕事に就けた私だ。この先も続けていきたい。果たしていくら強靭な身体をもった私とてプリンセスの仕事とかけ持ちはできるのだろうか、、、などと本気で考えた私である。