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富士の高嶺から見渡せば

「自由な香港」は危険!?「一国二制度は成功」という影で

2022.07.03 14:30

返還25年で最も変わったこととは?

「香港返還」から25年が過ぎた。この間に何が変わったか、といえば、国際金融都市としての地位を謳歌した香港が、いまや完全に中国の一地方都市に転落したことだ。

中国に返還された1997年当時、香港のGDPは中国のGDPの18.4%に相当した。しかし、去年2021年の香港のGDPは中国のGDPの2.1%に過ぎない。同時に、人々の生活と思想統制も、中国国内と同じレベルになった。あれだけ自由を享受していた香港の人々は、今や新疆ウイグルの人々と同じように厳しい監視と統制の下に置かれ、人々はSNSの文面にも気を遣い本音を漏らすことはなくなった。

新中国建国後、毛沢東は、香港を西側への窓口として利用するため、英国植民地の地位に手をつけなかった。香港・新界の99年間の租借期限が迫るなか、英国と返還交渉を行った鄧小平は「一国二制度」というアイデアを編みだし、香港の制度と自由な市民生活は50年間変えないと約束した。

それから約束の50年は半分も経っていないのに、その「一国二制度」は見る影もない。2019年に香港国家安全維持法が施行されると、多くの民主派議員や市民活動家、ジャーナリストが逮捕された。

「一国二制度は成功」と言い張るが・・

香港の「一国二制度」を破壊した張本人である習近平主席は6月30日、返還25周年を祝う祝賀式典に出席するため香港に到着した。

その歓迎式での挨拶で「香港の“一国二制度”は強大な生命力を持ち、 香港の長期安定と繁栄を確保したことを証明した。一国二制度を堅持すれば、香港の未来は今より美しく、香港が中華民族の偉大な復興に貢献するのは間違いない」と述べた。

また7月1日返還25周年の記念式典では、次のように演説した。

「一国二制度の根本の目的(宗旨)は、国家主権と安全を維持し、利益を発展させ、香港・マカオの繁栄と安定を確保することだ。(中略)一国二制度は多くの検証を経て、国家と民族、香港・マカオの根本的利益に符合し、14億の祖国人民の力強い支持と、香港・マカオ住民の一致した擁護、それに国際社会の普遍的な賛同を獲得した。このような良い制度を変更する如何なる理由もなく、長期にわたり堅持すべきだ。」

その上で、以下のような方針・原則を掲げた。

「一国二制度の方針を全面的かつ正確に貫徹すること。一国二制度は完璧な体系であり、国家主権と安全、利益の発展を維持することは一国二制度の最高原則である。この前提の下に、香港・マカオは従来の資本主義制度を維持し、高度な自治を享受し、無限に広い発展空間を作ることができる。『一国』の原則はより堅固に、『二制度』の優れた点はより鮮明になるはず。」

「『愛国者治港』(愛国者が香港を治める)を着実に実行しなければいけない。政権の掌握を愛国者に任せるのは、世界共通の政治法則だ。香港の行政管理権を愛国者の手にしっかり握らせることは香港の長期的な平和と安定を保証する上で当然の要求であり、如何なる時も揺るがせにすることはできない。」

「祖国中国を背景に世界と繋がっていることは香港の独特の優位性であり、中国政府は香港の国際金融、流通運輸、貿易センターとして地位と特性を完全に支持し、自由開放を規範とするビジネス環境、法律制度、闊達敏捷な世界とのつながりを広げてきた。社会主義現代化の国家を建設し、中華民族の偉大な復興を実現する歴史過程で香港はかなら大きな貢献をするだろう。」

新華網22/07/01「庆祝香港回归祖国25周年大会暨香港特别行政区第六届政府就职典礼隆重举行 习近平出席并发表重要讲话」

香港の一国二制度の現状について「世界から普遍的な賛同を得た」というが、いったいいつ、誰のことか?要するに、習近平のいう「一国二制度」とは、中国政府が完全に香港を統制し管理した上で、中国政府に反抗しない香港の「愛国者」だけに香港の管理を委ねることであり、それが香港の今後の長期的な繁栄にも繋がる優れた制度だと自画自賛しているに過ぎない。ロシアがウクライナに要求する従属的な地位と同じで、香港には何の自主権もなければ、民主主義と呼べるような制度はどこにも存在しないことは明らかだ。

自由な香港は危険、と恐れた習政権

ところで、習近平が権力の座に就いた翌年の2013年4月、「9号文件」という秘密文書が党内に発布され、自由民主主義や言論の自由など西側の思想が浸透することへの警戒が呼びかけられた。

秘密文書は「当面のイデオロギー領域の状況に関する通知」と題され、1)西側の「立憲民主制」を宣揚することは、党の指導を否定し、中国の特色ある社会主義政治制度の否定を企図している。

2)「普遍的価値」の宣揚は、支配政党の思想的理論的基礎を動揺させる。

3)「公民社会」(市民社会)の宣揚は、支配政党の社会的基盤を瓦解させる。

4)「新自由主義」の宣揚は、中国の基本的経済システムの変更を企図している。

5)「西側のジャーナリズム観」の宣揚は、党がメディアを管理する原則と新聞出版管理制度への挑戦である。

6)歴史虚無主義(ニヒリズム)の宣揚は、中国共産党と新中国の歴史の否定を企図している。

7)改革開放への質疑は、中国の特色ある社会主義の社会主義の本質に対する不審である。・・・という7項目にわたり、西側先進諸国の価値観や制度が中国の一党支配体制を崩壊させ、その理論的根拠を破壊することへの警戒感を喚起させている。

維基百科Wikipedia「关于当前意识形态领域情况的通报」

香港=「占領された領土」という歴史の書き換え

英国「最後の香港総督」クリストファー・パッテン氏は近著(The Hong Kong

Diaries)で、この9号文件はまさに香港を標的にしたもので、この秘密文書が警戒の対象とした「普遍的価値」とか「市民社会」といったイデオロギー状況とはまさに香港の姿そのものだったと明らかにしている。

Asia Times 07/29“ Ahead of anniversary, Patten says HK values will survive” By JEFF PAO

直接選挙の実施を求めて学生らが香港中心部の道路を79日間にわたって占拠した「雨傘革命」が起きたのは、9号文件が出された翌年の2014年秋だった。因みに、現在のウクライナ情勢につながる「マイダン(広場)革命」――EU加盟を支持する学生や市民と機動隊が衝突し多数の死傷者を出した事件で、親ロシア派のヤヌコーヴィチ大統領の失脚とロシアによるクリミア半島の占領につながった――が起きたのも2013年11月から2014年2月にの93日間の出来事だった。

西側の自由な思想を許せば、どういう事態になるかを中国の指導者は当時から予測し、怯えていたのである。

パッテン氏によると、中国では最近も、教科書の出版社に対して、香港は「植民地Colony」ではなく、「占領された領土 an occupied territory」だったというのが中国政府の公式的立場であり、それに添って教科書を作成するようにという厳しい指示が出されたという。

1971年、蒋介石の台湾に替わって共産中国が国連に加盟する際も、当時の黄華外相は香港やマカオを指して「植民地」と呼ぶことを拒否し、あくまで「占領された領土」だと表現してきた。それ以来、これが香港に対する中国政府の公式的立場だった。

香港は中国にとって希望の地だった

しかし、香港の割譲と租借はすべて条約に基づいて行われたものであり、パッテン氏に言わせれば、香港を「占領」したのは中国から逃れてきた大量の難民たちだった、ということになる。自由を求めて中国を脱出した人々の旺盛な活動と努力によって、「東方の真珠」と呼ばれる、きらびやかに輝く繁栄と希望の都市は築かれたのだ。

香港は「占領された領土」だと教えられることによって、香港の価値は否定され、歴史の書き換えは進むことになる。1989年6月4日の天安門事件を追悼する集会は強制的に禁止され、事件の記録を展示してきた「6.4記念館」も閉鎖された。

しかし、中国に暮らす人々にとって、香港は長い間、憧れの場所であり、政治指導者にとっても繁栄発展した街として目指すべき理想であり、いつか実現すべき目標だったことは間違いない。

パッテン氏は言う。「中国の希望にとって大切な事柄は、そのすべてを香港では実現することができた。香港は中国本土の人々に、過去はどうだったかという記憶と、未来はどうあるべきかという目標を、与える地だった。その役割は今後も本の出版や映画製作などを通じて可能だし、継続できるかもしれない」(前掲Asia Times記事)。

さらにパッテン氏が明らかにしたのは、新しく香港行政長官に就任した李家超氏の妻と2人の子どもは外国パスポートをもち、前任の林鄭月娥前長官の夫と子どもをはじめ、香港政府の多くの役人の家族が英国公民(BNO)パスポートを持っているということだ。それだけ香港の行政管理を担当する官僚自身たちが香港の未来に信頼を置いていない証拠でもある。

土地だけ戻って人心が戻らぬ返還

「一国二制度」は、習近平長期政権が目指す台湾統一の方式でもある。台湾の首相に当たる蘇貞昌行政院長は「香港の現在がいいか悪いかは、香港の人々が受けた苦しみや経済状況を見れば一目瞭然だ。一国二制度を『50年間変えない』とした中国の約束はすでに消え、自由や民主主義さえも完全に失われた」と非難したうえで、中国のいう『一国二制度』は全く検証に堪えない」と批判した。

中央通訊社フォーカス台湾7/1「香港返還25年 行政院長「一国二制度は検証に堪えない」 習氏演説を批判/台湾」>

返還前、香港では「土地だけ戻っても、人心が戻らなければ、本当の返還とはいえない」と言われたが、香港も台湾も、そしてウクライナも、そこに暮らす人々の意向や日常はいつも置き去りにされている。

(2014年9月直接選挙を求め立法会前の道路を79日間占拠した「雨傘革命」筆者撮影)