建物の寿命を永くする新しい建築技術と既成概念の変更
北島俊嗣
建物が長寿命化している
現代に建てられた建物は建築技術の向上によって以前よりも「建物の寿命が伸びる」と考えられます。
昔の(例えば江戸期、明治期に建てられた)建物が今も残って使い続けているという話題や報道に触れるときは、そのほとんどが構造骨組みの保存状態が良好なために残っているという状況が多く、後に述べる技術については既に機能していないものが殆どで、現代の私達が快適に過ごせる生活環境ではないように見えます。
残り続けられなかった建物は、建物の骨組みなどの物理的老朽による理由(本来の寿命)と言うよりも、安全や安心、快適や便利さを感じられないと判断されたためと考えられます。それに対して現代の建物に込められている技術の結果が建物の寿命に反映されることへの状況は「建物の寿命が伸びる」ことが実感出来るまでの過渡期と考えられます。
建物自体の構造骨組みも、建物に組み込まれた生活環境を快適に維持する技術も、共に向上しているため「建物の寿命が伸びる」と考えられます。
建築技術の向上を理解する
昭和、平成、令和の時代を経て、個々の建築技術は向上を続けています。今後も向上すると考えられます。
それは建築基準法で定められている、最低限求められる技術基準でもあります。(下記の●印が建築基準法で定められている技術基準です)
●構造性能
●耐震性能
◯免震性能
◯制振性能
●防火性能・耐火性能
◯断熱性能
◯気密性能
◯防音性能
◯熱交換性能
◯省電力性能
◯発電性能
●有害物除去性能
向上したおかげで長寿命につながっている技術について紹介・説明します。
●構造性能
地震の国である我が国の建物に求められる構造性能は「重さを支える床がある」ことは当たり前の前提とした上で、「地震に如何に耐えられるか」の基準が課題です。
●耐震性能
大地震に対しての耐震性能は昭和56年に建築基準法の基準が改められました。昭和56年以前の旧耐震基準は「震度5程度の中規模の地震で大きな損傷を受けないこと」となっていました。 これに対して昭和56年以後の新耐震基準では、「中地震では軽微なひび割れ程度の損傷にとどめ、震度6程度の大規模な地震で建物の倒壊や損傷を受けないこと」となりました。今現在はこの基準で建物が設計されて建てられています。新耐震基準制定後に数度の大地震がありましたが、大きな被害を受けてしまっているのは この旧耐震基準で建てられた建物に被害が集中しています。
もちろん基準を越えて地震に強い建物にすることは可能です。しかしながら耐震強度を上げると、費用は上がり暮らしの自由度も下がるという面も鑑みて最低限 満たすべき基準として定められています。
◯免震性能
建物の基礎(地面と固定されている部分)とその上の骨組み部分との間に「緩衝材」を差し込んで、地震による振動の力を上部の骨組みに伝えない仕組みです。緩衝材には積層ゴムが利用されることが多いです。
この仕組みにより骨組みに地震の強い力を伝えないで済むので、骨組みの損傷が起こらないことが長寿命につながります。(建築されて年月が経った建物をより永く利用するために 今ある建物を免震化する場合もあります。例えば 旧横浜市役所庁舎 も免震化されている建物です)
◯制振性能
耐震構造において使用される筋交い (ブレース) にダンパー (運動エネルギーを吸収して減衰させる装置) 機能を加えて、地震の強い振動の力をこの筋交いダンパーに吸収させて骨組みが揺れないようにする技術です。建物の地震による損傷は、部材と部材のつなぎ目を壊してしまう (つながれている強度が強いとつなぎ目を超えて部材の弱点を壊してしまう) ことが多いため、つなぎ目の損傷を防ぐことは骨組みの長寿命につながります。
●防火性能・耐火性能
防火性能は、建物の周囲で起こった火災が建物に燃え移らせない (延焼させない) ために 建物の外壁や軒裏を燃えない材料で造ることを定めた基準です。
また 耐火性能は、建物自体で火災が起きた場合、火災によって建物が倒壊しないように そして 周囲に火災を燃え移らせない (延焼させない) ためにするための基準です。
いずれも建築基準法で、建物が建つ敷地の種別、建物の構造や用途や面積によって基準度合いが分かれて指定されています。火を付ければ燃えたり変形してしまう骨組みを燃えない材料で包みます。
◯断熱性能
外気温を建物内部に伝えないようにする技術性能です。建物の外周を「断熱材」でぐるりと連続して覆うことが必要になります。断熱材が無い部分は熱の出入りを自由にしてしまい、断熱材の設置効果を失くしてしまいます。例えば窓開口部は熱の流入が大きく、窓開口部の断熱性能の向上は建物断熱性能の向上に必須でした。
建物の外周 すなわち 屋根・外壁・地上床 の断熱は、材料の中に微細な空気を十分に含んだ断熱材を 屋根・外壁・地上床の内側に設置 (内断熱) することで 外部の熱 (冷) を内部に伝えないようにしています。(外断熱という方法は 防火性能が求められない地域や 建物の骨組みが耐火である鉄筋コンクリート造であることなどが必要な条件です)まずこの断熱材を施すということが常識になったことで、内部に熱交換器=空調エアコンを設置して、冷暖房された空気温度が 外気温と混ざり合わないようにできるので、効率よく快適な内部温度環境を実現しています。
窓開口部については 以前は一枚のガラス板が普通でしたが、最近では2枚以上のガラス板で構成された複層ガラスによる断熱サッシが広く使用されていて、断熱性能はおよそ6倍に上がりました(正しくは熱貫流率がおよそ 1/6 に減りました)。その結果として顕著なのは、冬でもガラス窓に結露 (外部と内部の空気温度差が大きいために ガラス表面に空気中の湿気が水滴になって付く現象) を目にすることも少なくなりました。
◯熱交換性能
いわゆる空調エアコンのことです(換気 (全熱交換器を除く) とは違います) 。2010年から2020年を比較して、消費電力をおよそ12%削減できていると発表されています。
上記は空調エアコン機器自体の性能向上による消費電力の省電力化なので、断熱性能が向上した建物内部で使用されれば、使用時間も短くなるため、実質的な消費電力はさらに縮減されていると考えます。
◯省電力性能
照明器具の発光源による電力消費は、昔の白熱電球 60Wを基準にすると、同じ明るさの蛍光灯型電球は 12W になり、現在販売されている 同じ明るさの LED電球になると 9W になります。消費電力は 1/6になりました。
電気代にすると、1日あたり 白熱電球は 11.7円、LED電球は 1.9円 になりました。1年に換算すると、白熱電球は 4257円、LED電球は 710円 です。(出典:経済産業省「LED照明産業を取り巻く現状」)
・その他
材料や機器自体の性能向上・長寿命化もありますが、それらを現地で組み立てる作業技術の高効率化もあり、品質の向上も担保されています。
生活環境の向上を享受する
安全で快適な生活が送れるようになったことは事実で、
・地震で倒れる建物がなくなった(昭和56年以降に建てられた建物は一部を除いて大地震に対して崩壊していません)
・火災による延焼がなくなった(ニュースで家が次々燃えてしまうニュースを聞かなくなった)
は 感じて下さっていると思います。
断熱性能と熱交換性能(空調エアコンの性能)の向上が合わさって、温湿度管理が容易になり、高効率になり、快適な生活環境=室内空気環境が提供されています。建て替えられた新築の住まいでは、それまでの光熱費と比べて圧倒的に縮小された費用になっています。
是非享受してください。
長寿命建築を実現する
現代の「建物の寿命が伸びる」と申し上げた原因は、様々な技術によって建築骨組み自体の保全寿命も伸びることが考えられるとともに、住まう人々の生活環境も快適に維持されるために「建て替え」が求めるられるまでの期間が長くなると考えられるからです。住環境に不都合が起きなければ、住環境を刷新=建て替える欲求は起きないはずです。
「建物の寿命が伸びた」からと言って、決して一人の人が永く使い続けるという意味ではありません。住まう主人が変わっても、建物の生活環境が良好であれば、次の誰かが移り住み、建物は利用され続けるでしょう。
確かに技術向上によって建設コストは高騰しています。1つの家族が1つの住まいをその世代で新たに家を所有することが出来ないほど高価になっています。高額になっている建設コストへの折り合いを一世代の収入財産を消費させてしまうことで折り合いを付けることをしないで、人々の意識をスクラップ・アンド・ビルドという潜在意識から脱却させて、世代を超えた人々が1つの建築で暮らしていく習慣に移れば、建設コストが1人の総収入に対して例え高騰しても世代を越えた皆で償却されて、人々の住へのコスト負荷を小さくしていくことが可能になると思います。
それには世代を越えて永く利用される住まいを実現することが課題になります。その際はどうぞ自社利益追求を第一とする消費商業主義の謳い文句に惑わされずに、世代を超えた建築の文化と技術を住まい建物に込められる職能者(建築家)と創って下さい。