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七枝の。

台本/眠れる森の魔女(男1:女1)

2022.07.12 00:57

〇作品概要説明

主要人物2人。ト書き含めて約12000字。

森の奥深くに眠る魔女と、王国騎士の出会いの話。ボーイミーツガール。ラブは少なめ、どちらかというと成長譚。


〇登場人物

弟子:魔女の弟子。サーシャ。一人称俺。(変更可)ボロボロのローブを身にまとってる。

騎士:ジョージ。辺境に派遣された騎士。実は第五王子だが、母親の出自の都合で王位継承権はない。

世界観:魔法があって、魔獣がいて、人間が細々いきてる。ふんわりハイファンタジー


〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

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作者:七枝


本文



〇本文ここから。Nはナレーション。


弟子:(N)むかしむかし、それほどむかしでもないちょっと昔。とある王国の片隅に、ひとりの魔女とその弟子が住んでいました。魔女は心優しく善良で、近隣の村の人々にも慕われ、尊敬されていた、それは偉大な魔女でした。

弟子:(N)ある日のこと、村はたいへんな大雨に見舞われました。雨は三日三晩ふりつづけ、土砂をさらい、建物を押し流し、ついには王が設置した立派な防壁までも打ち崩してしまいました。

弟子:(N)これをみた魔女は大慌て。魔女は弟子に人々を救うように言い聞かせると、自身のもつありったけの魔力を、森の木々にあたえました。

弟子:(N)めりめりめりっと、大きな音がしたかと思うと、たちまち木々は急成長し、村と森を覆いました。人々はまるで魔女の懐に抱かれるようにして、土砂の脅威から救われました。

弟子:(N)それからというもの、国のはずれの森ふかく、偉大な魔女は、そこで眠りについているそうです。いまだ戻らぬ力の復活をまちながら。そうして、人々の幸せを祈りながら、ふかくふかく、眠り続けているそうです。


〇魔女の家。玄関先。

SE:ノックの音。

騎士:失礼、開けてくれぬか。

弟子:………

SE:ノックの音。

騎士:王都からの使いで参った。

SE:ノックの音。

弟子:………

騎士:いるんだろう?ここを開けてくれ。私は王都からの使い、ジョージ、

弟子:(かぶせて)あああああ!毎日毎日!うるさいんだよ、あんた!

騎士:やぁ、おはよう。サーシャ。

弟子:馴れ馴れしく名前を呼ぶな!ほら、ドアは開けたぞ。満足したか?満足したならとっとと帰れ!

騎士:……?私はまだなんの用件か言っていない。

弟子:興味ねぇんだよ、そんなこと!どうせ決まってんだから!

騎士:聞いてみなくてはわからないだろう?

弟子:じゃあ言ってみろよ!

騎士:ふむ。……では、東の魔女殿に会わせてくれ。

弟子:ほら、やっぱり予想してた通りだ!

騎士:仕方ないだろう?何度こちらを訪ねてみても、お前は会わせてくれない。

弟子:だ~か~ら!いつも言ってるだろ!師匠は寝てんの!おきねーの!

騎士:なぜだ?

弟子:あんたの頭の中にはおがくずでも詰まってんのか?王都の騎士さまってのは馬鹿でもなれるお手軽職業なのか?

騎士:言葉が過ぎるぞ、サーシャ。騎士への侮辱は、それすなわち騎士を任命した王への侮辱。撤回しろ。

弟子:撤回もなんも事実だろうが。毎回毎回同じこと言わせやがって。いいか?もう一度いうぞ?俺の師匠、東のよき魔女ネッサ様はな、寝てるんだよ。力を使い果たして、疲労困憊で、それを回復するために。お前たち騎士が何もしてくれなかったせいでな!

騎士:……そうか。ならばここで待たせてくれ。

弟子:帰れっていってるだろうが!!


〇タイトルコール。

騎士:「眠れる森の魔女」


〇世界観説明。回想シーン。

弟子:(N)その男がやってきたのは夏の終わり、秋のはじめ。師匠が消えて、半年がたった時のことだった。

騎士:失礼する。ドアを開けてくれないか。

SE:ドアの音。

弟子:だれだぁ?あんた。

騎士:私は王国騎士、ジョージ・ヘルマン。王からの使いで参った。ここは東の魔女殿のご自宅で間違いないか。

弟子:……師匠なら、寝てる。

騎士:………寝てる?

弟子:先の災害で、力を使い切って。

騎士:ああ。それなら聞いてるが、しかし、

弟子:あんたらのせいだ!

騎士:……!

弟子:あんたら騎士が何もしてくれなかったから!普段でかい顔して民を守るって言っときながら、何もしなくて、そのせいで師匠が……!

騎士:………

弟子:皆を助けるために犠牲になったんだ!

騎士:………そうか。

弟子:かえれよ。ここはあんたが来るところじゃない。

騎士:お前の事情はわかった。……だが、私も王命を背負う身。ここで手ぶらで帰るわけにはいかない。

弟子:なんだよ……なにしようっていうんだ!

騎士:なに、手荒なことをするつもりはない。少々軒先(のきさき)をかしてもらうだけでいい。

弟子:は?

騎士:魔女殿が目覚めるまで、私をここに泊めてくれ。

弟子:はぁ?

騎士:食事は一日二回。ああ、上客用の寝床がなくてもかまわない。これでも野宿には慣れていてな。一週間に三度は肉を出してくれると助かる。それと、

弟子:おいおい、ちょっとまて!

騎士:なんだ?謝礼なら出すぞ?

弟子:ちげぇよ!なに居座るつもりで話してんだ!?おとなしく帰れよ!

騎士:しかし、

弟子:しかしもカカシもあるか!

騎士:これは王命だ。

弟子:民を守ってくれない王なんて知るか!

騎士:……っ!

弟子:……なんだよ。今度は無辜(むこ)の民を殴るのか?それも王命か?

騎士:……いいや。

騎士:私たちはお前たちを守れなかった。職務を果たせなかった。それは事実だ。

弟子:……

騎士:おまけに貴重な力をもつ魔女を失ってしまった。東の魔女はとくに優秀な魔女だったと聞く。陛下も大変嘆いておられた。

弟子:師匠を、過去形で語るんじゃねぇっ!

騎士:………

弟子:師匠はすぐに力を取り戻す!今はちょっと疲れて休んでるだけだ。少し待てばすぐ起き上がって、前みたいに「馬鹿弟子」って俺を叱り飛ばして、そんで、お前みたいな騎士なんていらなくなるに決まってんだ!

騎士:そうか。

弟子:ああ。

騎士:ならば、尚更私がここにいてもかまうまい?「すぐ」起きるのだろう?

弟子:なぜそうなる!

騎士:まさか魔女殿が目覚めるまで王都で待ってろというのか?路銀もただではないのだぞ。

弟子:村にとまれよ!

騎士:宿がなかった。

弟子:村長に頼めばいいだろうが!

騎士:お前に頼むのも村長に頼むのも一緒だろう。ならば頭を下げるのは一度でいい。

弟子:あれが、頭を下げた態度かよ!?

騎士:さきほどから何をそう怒っている?

弟子:だーかーらー!

騎士:?

弟子:(溜息)……でてけよ。みたくねぇんだ、あんたらの顔なんて。

騎士:………おまえは、ここに一人か。

弟子:師匠がいる。

騎士:おまえと師匠、二人か。

弟子:……ああ。

騎士:こんな山奥で、村から半刻(はんとき)も離れているような場所で。

弟子:俺たちは魔女だ。生活に不便はない。

騎士:寂しいだろう?

弟子:さ!?寂しくない、馬鹿にするな!

騎士:幸い私は騎士だ。そこらのものには負けないし、助けになるだろう。

弟子:力なら俺にもある。

騎士:その細腕でか?

ー騎士、サーシャの腕をとる。

弟子:……!

ー騎士、ここでサーシャが女だということに気づく。

騎士:おや、お前……

弟子:~~っ!?もういい、でてけ!

騎士:むっ、しかし……

弟子:ででけ、でてけ、でてけ!もうここに来るな!

騎士:おい、まて!ドアを閉めるな!

SE:ドアの音。

弟子:(N)そうして、追い出したはずの『王都からの使い』の男は、翌朝から毎日師匠の家を訪ねてくるようになった。


〇騎士と弟子の応酬のシーン。


騎士:弟子殿。開けてくれ。

弟子:かえれ。

騎士:弟子殿、土産をもってきた。あけてくれぬか。

弟子:いらない。

騎士:弟子殿、今日は大物だ。イノシシだぞ。

弟子:……いらない。

騎士:弟子殿、村長から依頼書をあずかってきた。

弟子:ポストに入れて帰れ。

騎士:サーシャ、村のものがお前のことを心配してたぞ。

弟子:勝手に名前を呼ぶな!


弟子:(N)毎日毎日。男は家に訪ねてきた。どうやら近くの村に居着いたらしいそいつは、知らぬ間に村人を味方につけてしまった。手を変え品を変え、ドアを開けろと俺に迫った。


騎士:サーシャ、

弟子:だから名前を呼ぶなといってるだろ!

SE:勢いの良いドアの音。

騎士:やっと開けてくれたな。

弟子:ぐっ……!そうだな、ドアが開いたな、これで満足か?

騎士:いや、まだだ。魔女殿に会わせてくれ。

弟子:お前の脳味噌はスカスカスポンジかぁ!?


弟子:(N)男は決して暴力をふるうことはなかった。声も荒げなければ、その立派な図体を利用して威嚇することもなかった。ただ、

騎士:サーシャ、来たぞ。開けてくれ。

弟子:………はぁ。

弟子:(N)呆れるほどに、しつこい男だった。


騎士:なんだその顔は?私の顔になにかついてるか?

弟子:いーや。さっさと土産をよこして、村に帰れよ。

騎士:いや、まだだ。魔女殿に会っていない。

弟子:(N)そうこうしているうちに、季節は巡り、森は秋の盛りとなった。



〇場面転換。弟子は森を探索している。

弟子:あれ…?この草はここにあるはずないのにな……夏の間に群生地がかわったか?え~っと、あとはイライザの葉と、ココネの実と……

騎士:サーシャ。

弟子:ひゃ!

騎士:ここにいたのか。家にいないから探したんだぞ。

弟子:……あんたか。

騎士:今日はウサギをもってきた。シチューでもつくればいい。

弟子:それはどーも。ご苦労なことで。

騎士:ここで何をしてるんだ?

弟子:仕事だよ。

騎士:仕事?

弟子:こら、素手で触るな!かぶれるぞ!

騎士:……!

弟子:ガキじゃないんだから、なんでもかんでも手を出すな。

騎士:だが、サーシャは触ってるではないか。

弟子:俺はいいんだよ。魔女だから。

騎士:………

弟子:なんだよ、その顔は。まさかお前、魔女について知らないのか。

騎士:……魔女は、魔導に通ずる者だ。

弟子:ふんふん。

騎士:時に国の相談役となり、的確な助言をもたらす。

弟子:それで?

騎士:…………陛下は東の魔女を重んじておられた。だから隣国との要となるこの場所に、魔女を配置した。

弟子:うん。………え、もう終わり?

騎士:…………

弟子:(溜息)アンタ、よくそれだけの情報で魔女を迎えに来たな!

騎士:王命だ。

弟子:王命王命って、アンタいつもそういうけどな。従うだけが騎士ってもんでもないだろ。犬じゃないんだから。

騎士:………

弟子:えーっと、なんだっけ?魔女についてだっけ?たしかに魔女は、魔導に詳しい。んで、要請があればその魔導を用いて占うこともある。助言はその結果だな。でもそれが魔女の本質じゃない。魔女ってのはな、自然の声を聞く者のことをいう。

騎士:自然の声?その草のことか?

弟子:自然ってのは、植物だけを言うんじゃない。あるがままの道行き。石や動物、地脈や星だって自然だ。

騎士:わかりやすく頼む。

弟子:あ~?十分わかりやすいだろうが。

騎士:サーシャの言う自然と、その草でかぶれないこととどう関係があるのだ。

弟子:だから声をきいたんだよ。声をきいて、なだめてやる。そうすりゃ、あちらさんも少し融通してくれる。人間だってそうだろ。まず話を聞いてやらなきゃ相談もできないだろ。

騎士:………

弟子:自然からわけてもらったもんを加工して薬や占いに使う。一部は村のもんや外のやつにも売ってやる。そうして生きてんのが、俺ら魔女だ。

騎士:……サーシャもそうか?

弟子:あ?

騎士:サーシャの声も、きいてやれば変わるか?

弟子:………はぁ、あんた馬鹿だな。

騎士:むっ

弟子:もう遅い。……遅すぎるんだよ、何もかも。

騎士:なぜ?

弟子:だから師匠は……っ!

騎士:なぜ遅いんだ?サーシャはここにいるのに。

弟子:……っ!

騎士:望むことがあるなら言えばいいだろう。陛下は寛大なお方だ。きっとサーシャの声も聞いて下さる。私が口をきいてやってもいい。

弟子:えらそうにいうな!あの時なにもしてくれなかったくせに!

騎士:………サーシャ、

弟子:王なんて知るか!王国なんてくそくらえ!俺には師匠しかいなかった!師匠しかいなかったのにっ

騎士:………

弟子:どうして、助けてくれなかったんだ……!

  間。

騎士:サーシャの師匠が、どういう者か私は知らないが……彼の人が、力を使ったのは陛下のためだったか?

弟子:……っ!

騎士:先の大雨で地盤が崩れ、この辺境の地を囲う防壁も崩れた。国境(くにざかい)にあるこの地を守るはずの領主や騎士は真っ先に逃げ、そのせいで逃げ遅れた村人たちは土砂に襲われ、あやうく大勢が死ぬところだった。……確かにそうだ。サーシャのいうとおりだ。御師匠が力を使わなければいけない状況になったのは、我ら騎士の咎だろう。

弟子:なら……!

騎士:だが、御師匠が力をつかったのは、陛下の栄誉のためではない。

弟子:……っ!

騎士:御師匠の力で成長した木々は村とこの森を覆うように育っていた。壁を支えようとしたわけではないだろう?

弟子:………

騎士:あの木々は、お前たちを守るためのものだ。ちがうか?

弟子:……っさい。

騎士:サーシャ。

弟子:うるさいうるさいうるさい!アンタらなんかきらいだ!

ー走り出すサーシャ。

騎士:まつんだ、サーシャ!

弟子:いやだ!ついてくるな!!

騎士:まて、森の中でそんな走ると……!

弟子:……っ!!

ーサーシャ、勢いよく転ぶ。

騎士:ほら、言っただろう。大丈夫か?

弟子:………

騎士:サーシャ?

弟子:………んで。

騎士:ん?

弟子:なんで追いかけてくるんだ。なんで毎日くるんだ。なんで!なんでこんな俺をかき乱すんだ!

騎士:………

弟子:……ほんとうは、わかってるんだ。俺が弱いのがいけなかったってこと。森の中で転ぶような出来損ないだから、いまだに「弟子」のまま、弱いままで……師匠は、俺をかばって………

騎士:………

弟子:あんたが悪いわけじゃないって、俺だってわかってるんだ……

  長めの間。

騎士:……立て、サーシャ。ほら、手を貸そう。

弟子:……ん。

ーサーシャ、騎士の手をかり起き上がる。

騎士:……小さい手だな。

弟子:貧弱でわるかったな。

騎士:そういうんじゃない。………お前は、こんな小さい手をしてるのに、ひとりで村を支えてきたんだな。

弟子:……なんだよ、急に。

騎士:この村に来て2ヶ月。私はサーシャの元へ通う傍ら(かたわら)村人たちと暮らしてきた。彼らは災害の後だというのに強くたくましく、よそ者の私には優しく接してくれた。

弟子:それはあんたが騎士様だからだろ。

騎士:もちろんそれもあるだろうが……一番はお前を心配してるからだ。

弟子:……は?

騎士:彼らは口々にこう言った。「今日の魔女さんは元気だったか」「ちゃんと飯をたべてるか」「魔女さんの様子はどうだったか」……最初のころは「魔女さんをいじめたら容赦しない」と脅されたこともある。

弟子:そ、それは師匠のことだろ!

騎士:…………

弟子:……おい?

騎士:ああいや、ずたぼろローブのちいさな魔女と言っていたからサーシャのことだろう。

弟子:なんだと……!

騎士:それともサーシャの師匠もこんなに小さいのか?

弟子:うるせぇ、ほっとけ!

騎士:……肉がたりないのか?今度からもう少し狩ってこようか?

弟子:ほっとけって言ってんだろ!それで?なんで村のやつらが俺を心配してるって?

騎士:サーシャが村に必要な魔女だからだ。

弟子:………

騎士:腰痛、肩こり、咳止めに解熱薬。星読みに、天候の予測。そして、毎回薬につけられている丁寧な処方箋。……どれも、村人たちはお前に感謝していたぞ。魔女さんがいてくれて、助かったという声を何度もきいた。

弟子:そんなの、師匠だってやってた……

騎士:だが今はお前がやってるのだろう?

弟子:…………

騎士:弱さを悔やむのはいいが、意固地になるな。サーシャは果たすべきことを果たしている。自分に誇りをもっていい。

弟子:…………でも、

騎士:「あるがままの自然の声を聞く」それが魔女なのだ、とお前が言ったんだろう。村人たちの声もそうではないのか?

弟子:…………それは、

騎士:ちがうのか?

弟子:……わからない。

騎士:………ふむ。

弟子:でも、

騎士:うん?

弟子:……すこし、自分を許せるような気がしたよ。………ありがとう。

騎士:………ああ。

弟子:(M)そういうと、男は少し笑った。そういえば男の笑顔をみたのはこれが初めてだった。いや、そもそも重たいローブに隠れて縮こまって、前を見ること自体久しぶりだったのだ。顔をあげると、男の青い目がよく見えた。

騎士:どうした?

弟子:いや……あんたの名前、なんだったっけ?

騎士:ジョージ・ヘルマンだ。ジョージと呼ぶことを許す。

弟子:無駄に偉そうだよな、アンタ。

弟子:(M)自然と、笑い声が口から漏れた。男もつられてまた少し笑った。秋の森は少し肌寒かったが、男のでかい図体がほどよい盾になり、帰り路は温かった。


〇少し間をあけて、場面転換。季節は冬。

騎士:サーシャ、きたぞ、サーシャ!あけてくれ。

弟子:ジョージ。また来たのかよ。

騎士:毎日来てるではないか。

弟子:ったく、そうだけどよ。こんな寒い日にくるか、普通。

騎士:当前だろう、王命だ。

弟子:(N)そうカッコをつけていたが、ドアを開けると、ヤツはいそいそと暖炉の前を陣取った。重たいブーツを炉辺に投げ出し、勝手知ったるなんとやらで、いつだったかヤツ自身が持参した椅子にどかりと座る。

騎士:一杯湯をくれ。

弟子:あんたなぁ……

騎士:頼む、凍えそうだ。

弟子:(ためいき)

弟子:(N)季節はめぐり、外は冬になっていた。雪が降ることはめったにないものの、始終冷たい風が森に広がり、肌を射てさす。そんな中をあいも変わらず、男は通ってきた。


騎士:それにしても寒いな。雪が降らないのは幸いだが。

弟子:そうだな。雪が積もったら道が埋まるし、生計もたたない。でも……

騎士:ん?どうした?

弟子:この冬はずいぶん降らないな、と思って。空気も乾燥してる。

騎士:なにかあるのか?

弟子:そういうわけじゃないけど。嫌な予感、っていうか。

騎士:サーシャにしては、歯切れがわるいな。

弟子:うっせ。魔女の勘だよ。結構当たるんだぞ。

騎士:ほーう?

弟子:信じてないな?

騎士:もちろん信じてるさ。お前はよい魔女だ。

弟子:ふんっ、よく回る口だな!お前なんて火傷してしまえ!

ー弟子、騎士に茶を差し出す。

騎士:おお、助かる。

弟子:残さず飲めよ。

騎士:(一口のんで)む。変わった茶だな。

弟子:森でとれた薬草のひとつだよ。体が温まる。

騎士:ふむ。

弟子:師匠とも、よくこうしてのんだなぁ……

騎士:……ふーむ。

弟子:なんだよ、にやにやして。

騎士:なついたものだと思ってな。

弟子:なにを!

騎士:ははは、前は毛を逆撫でた猫のようだったではないか。

弟子:うっせ、こんなの師匠が起きてくるまでだ!

騎士:………

弟子:師匠がお前を認めないって言ったら、俺だってすぐさまここから追い出してやるんだからな!

騎士:そうか。

弟子:ああ!

騎士:……その、師匠はいまどこにいるんだ?

弟子:は?師匠の部屋に決まってるだろ?

騎士:サーシャが世話してるのか?

弟子:そりゃ、もちろん……いいや、えっと。

騎士:…………

弟子:もちろん、俺が世話して……?いや、違う。師匠は寝てるんだ。だから、

騎士:飲まず食わずで?

弟子:それは……魔力の回復のためだ。そう、魔力の回復のためだから通常の眠りと違うんだよ!!これは眠りの呪いだからな!

騎士:のろい。

弟子:そうだ!魔女について全く知らないアンタにはわかんねーだろうけどな!魔力を回復させるための眠りってのは仮死状態みたいなもんなんだ。……たぶん。そうだったはずだ。

騎士:ずいぶん曖昧なんだな。

弟子:うっせ!そこらへんはまだ習ってなかったんだよ。

騎士:…………サーシャ、

弟子:(かぶせ気味に)そ、それより!あんたはどうなんだよ?こんな長い間、王都から離れて首になったりしてねーのか?

騎士:首になってない。いまの私はサワディ公へ派遣された扱いになっている。

弟子:サワディ、つうと……真っ先に逃げたあのボンクラ領主か。

騎士:その孫だ。ボンクラは処刑された。

弟子:しょっ!?

騎士:おっと、表向きは隠退されたことになっていたな。口がすべった。

弟子:はぁ~!?俺聞いちゃったんですけど!

騎士:漏らすんじゃないぞ。王家と辺境伯との内々の話だ。下手をしなくても首が飛ぶ。

弟子:なんでアンタは知ってんだよ!

騎士:それは私が王家の騎士だからだ。

弟子:はぁ!!?

騎士:知らなかったのか?師匠から聞いてないのか。

弟子:な、なにをだよ。

騎士:私の名は、ジョージ・ヘルマンだ。

弟子:だな。

騎士:正確に言えば、ジョージ・ヘルマン・フィリップ・ウィンザーという。

弟子:ウィンザ―……?ウィンザーっておまえ……!

騎士:この国の第五王子。それが私だ。

弟子:はあああああ!?お、おまえ、王子様かよ!

騎士:本当に知らなかったのか。

弟子:知るわけないだろ、田舎魔女が王子の名前なんて!

騎士:しかし東の魔女は王国の相談役だ。

弟子:師匠はな!俺はちがう!!

騎士:………はぁ。お前の師匠は過保護なお人だったようだな。

弟子:んだと!?

騎士:そうだろう?弟子と名乗る以上、お前が東の魔女と名乗る時がくる。だというのに、この国の王子の名も知らぬとは。

弟子:うぐぐぐ……!!

騎士:何をかんがえていらっしゃったんだか。

弟子:し、師匠には深い考えがあったんだよ!

騎士:そうか?私はそうは思わぬ。

弟子:はぁ!?

騎士:可愛がって庇護するだけなら、それは弟子とは言わん。家畜だ。

弟子:言うに事欠いて……!なんだよアンタ!

騎士:サーシャ。お前はいい加減、目を覚ますべきだ。

弟子:なにをっ

騎士:私はお前を認めている。魔女として、友としてな。ゆえに今のお前が哀れでならん。

弟子:なんだよ、何が言いたいんだよ!さっきからっ

騎士:……わからないか?

弟子:わかるかっ!今日のアンタは失礼すぎるぞ!

騎士:………

弟子:だいたいアンタだって人のこと言えるのか?

騎士:………なに?

弟子:いつもいつも王命、王命って犬みたいにこんなボロ小屋までやってきて!そのくせ魔女を知らなければ、騎士らしく働いてるとこなんてみたことがない!アンタ本当に王家の騎士なのか?たんに厄介払いされただけじゃないのか?

騎士:貴様っ……!

弟子:やるか?ああん?

騎士:くっ……!

  長めの間。

騎士:……もうよい。

弟子:………逃げるのか。

騎士:今のお前に何を言っても無駄だ。

弟子:逃げるのかよ、へなちょこ騎士!

騎士:…………

弟子:なぁ、ジョージ!

騎士:…………御師匠と向き合え。

弟子:は?

SE:ドアが閉まる音。

弟子:おい、クソ騎士!!

弟子:………なんだよ、わけのわかんねぇこと言いやがって……


〇長めの間。場面転換。森の中。

ー歩きながら、独り言をつぶやく騎士。

騎士:………言い過ぎた、だろうか……だが、今のままではあまりにも……

騎士:…………

騎士:陛下……父上、俺のやり方は間違っていますか?俺は、ちゃんと騎士としてあなたの役に立っていますか……?

騎士:(ためいき)

騎士:いつになったら俺は東の魔女に会えるのだろうか………

   間。

弟子:(N)それから、二日たっても三日たっても、男は現れなかった。いい加減あきらめたのだろうか。それとも生意気な魔女の弟子に愛想をつかした?ま、どうでもいいけど。


弟子:ふっふふ~ん!邪魔者がいないと仕事がすすむなぁ!もう一ヶ月分の薬はつくれたし、畑の世話はしたし、処方箋もばっちりつくったぞ!あ~一人の時間って素晴らしいなぁ!

弟子:よっし、これで掃除も終わった!あとは、何しようっかな。あとは……

   間。

弟子:何、しようかな………

ー弟子、騎士の言葉を思い返す。

騎士:寂しいだろう?

弟子:さ、寂しくない!俺には師匠がいるもん。師匠が……

騎士:御師匠と向き合え。

弟子:……あいつ、へんなこと言ってたな。師匠と向き合えとかなんとか……師匠は寝てるんだから、向き合うもなんもないだろ……

騎士:可愛がって庇護するだけなら、それは弟子とは言わん。家畜だ。

弟子:きぃー!!やっぱむかつく!もういい。あいつのこと考えるのなんてやめよ。だいたい、師匠はちゃんと俺にいろいろ教えてくれたもん。森のこと、魔女のこと、力の使い方……確かに、王家のことや、呪いのことは教えてくれなかったけど………あれ?


弟子:それなら俺、どこで眠りの呪いを知ったんだっけ……?


ー森がざわつく気配に、我にかえる弟子。

弟子:……っ!?なんだこの声!森が悲鳴をあげてる……!?

SE:ドアの開閉音。

ー弟子は外に出て、森の様子を確認する。

弟子:はぁはぁ、これ、この声、この乾いた風……!これは、山火事……っ!

弟子:まずい、はやく村のみんなにしらせなきゃ。俺の魔力でどこまでできるかわからないけど、やれるとこまでやって……!あ、そうだ、師匠!師匠を逃がさなきゃっ

SE:ドアを乱暴に開く音。

弟子:師匠!起きてください、師匠!!森が、俺たちの森が大変なんです!

   間。

弟子:………師匠……?



〇場面転換。森の奥へ向かう騎士。

騎士:やぁ、サーシャ。元気だったか?……いや、さすがに無神経すぎるか?サーシャ、この間のことなんだが、言い過ぎた………いやいや、私が謝る義理はないな。私はあやつのことを思ってこそ……うむむ。

騎士:ぐっ、小屋がみえてきた。今日こそ、覚悟をきめて……ん?なんだこの匂い……?焦げ臭い……?

弟子:(すすり泣く)

騎士:これは……まさか。……サーシャ!!

SE:ドアの開閉音。

ー床にすわりこみ、ぶつぶつと呟く弟子。

弟子:なかった……なかったんだ……最初からなかった……

騎士:サーシャ!おい、しっかりしろ!森が燃えている!

弟子:いなかったんだ、師匠は、師匠はあのときに、

騎士:サーシャ、こっちをみろ!

弟子:うっぐすっ……ししょお……

騎士:サーシャ!

ー騎士、弟子を平手で叩く。

弟子:っ!

騎士:目を覚ませ、サーシャ!

弟子:……ジョージ?

騎士:森が燃えている。このままでは村まで燃え広がるのも時間の問題だ。手をかせ!

弟子:………

騎士:お前の師匠はなんていっていた?こういう時どうすれば皆が助かる?わかるだろうサーシャ!このままではお前たちの森と村が消えてなくなるぞ!

弟子:………あ。

騎士:立ち上がれサーシャ。お前は魔女の弟子なんだろう!?

弟子:………ちがう。

騎士:なんだ!

弟子:違う、もう俺は魔女の弟子じゃない。

弟子:俺が……あたしこそが東の魔女サーシャだ!魔女になって、皆を救えって、そう師匠に教わったんだ!

騎士:………!

弟子:それが、師匠の遺言だったんだ……

騎士:………思い出したのか。

弟子:ようやくな。………アンタ、知ってたんだな。

騎士:魔女が死んだという話はきいていた。あとは、村人から……

弟子:そっか……

騎士:………立ち上がれるか?

弟子:馬鹿にすんな。

騎士:ふふ。

弟子:何笑ってんだよ。

騎士:お前は強いな。

弟子:うっせ。いいか?あたしがアンタに手を貸すんじゃない。アンタがあたしに手を貸すんだ。王家の騎士ジョージ、ここはあたしの村だ。だからあたしがみんなを守る。アンタにはこれから死ぬほど働いてもらうからな!

騎士:もちろんだ。そのためにここにいる。

弟子:……うん。

騎士:よし、では何から始めたらいい?

弟子:えっと、まず……っとと。

ー弟子、動こうとしてふらつく。

騎士:大丈夫か、サーシャ。

弟子:いい。ひとりで平気だ。

騎士:無理をするな。今は私がここにいるだろう。お前ひとりじゃない。

弟子:…………

騎士:それで私は何をすればいい?

弟子:まず、全速力で村まで戻れ。村に戻ったら村人たちに危険を知らせて、避難させるんだ。

騎士:承知した。

弟子:それが終わったら、師匠の残した木の覆いをできるだけ断ち切れ。これがあると引火してしまう。

騎士:……サーシャはどうするんだ?

弟子:おれ、……あたしは、ここに残ってお前の時間を稼ぐ。

騎士:なんだとっ!

弟子:あたしにしかできないことなんだ。

騎士:だが、それではお前はっ!

弟子:あたしは魔女だ!火の熱さなんてなんてことない!

騎士:馬鹿をいうな!

弟子:馬鹿じゃない、できる!師匠がここにいたら、そうしたはずだ!頼むよ、時間がないんだ!あたしが風に言い聞かせて火の勢いを押しとどめるから、その間にアンタは皆を救ってくれ!

騎士:しかしっ……!

弟子:あたしなら大丈夫だ!あたしほど、この森に詳しい魔女はいない!だから、頼むよ……っ!

騎士:……必ず生き残れよ。

弟子:もちろん!

SE:ドアの開閉音。

騎士:(N)駆けだす背に、勢いよく追い風を感じる。これもサーシャの魔術のひとつなのだろうか。振り向きたい気持ちを抑えて、ただひたすら前へと進んだ。焦げ臭い匂いが焦燥感をあおる。私は騎士だ。王の子と生まれ、王とはなれず、代わりに王を支える騎士として民を救うことを使命とした。それが私の選択だ。だが、今は、どうしようもなくそれがもどかしい。


騎士:どうか無事でいてくれ……!


〇魔女の家。

弟子:さぁて、あいつもちゃんと行ったし、次はあたしの番だな。みててくださいよ、師匠。とびっきりのヤツかましてみせますから!

弟子:(N)森で転ぶようなまぬけだし、自分で自分に呪いをかけるようなどうしようもないダメ魔女だけど。いまこのときだけは、目をつぶってほしい。やらなきゃいけないことがあるんだ。

弟子:あたしは東の魔女サーシャ!かかってこい燃える炎よ!荒れ狂う暴風よ!あたしが相手になってやる!

弟子:(N)魔力を振り絞り、声を張り上げる。気を失いそうになる、その寸前、懐かしい声が聞こえたような気がした。


〇長めの間。場面転換。

弟子:(N)むかしむかし、それほどむかしでもないちょっと昔。とある王国の片隅に、ひとりの魔女が森に住んでいました。魔女は心優しく善良で、けど小さくてちょっと間抜け。それゆえに、近隣の村の人々から大そう可愛がれ、愛されていました。

弟子:(N)しかし、そんな幸せな日々も長く続きませんでした。度重なる災害に見舞われた村は、すっかり人が住める土地ではなくなってしまったからです。魔女は村を救うため死力尽くしましたが、結局森と村は焼け落ちてしまいました。

弟子:(N)生き残った村人たちは、肩を落として言いました。「もう村を捨てなきゃいけないのか」

騎士:(N)いつの間にか村に居ついた騎士がいいました。「村の声を王に届けよう、きっと力になってくださる」

弟子:(N)ひどい目にあった村人達は半信半疑でしたが、一度だけ騎士のいうことを信じてみることにしました。だってこの男、村を救うために、炭で真っ黒になった顔でこういうのですから。

騎士:「私は騎士だ。だからあなたたちを救ってみせる」

弟子:(N)なんてね。

弟子:(N)そこで訴状をもった村長が領主の元に向かい、残った村人たちと騎士といえば――……


〇場面転換。村長宅にて。

弟子:魔女と一緒に、村の復興作業に尽力してるということです、っと。こんなもんかな。

騎士:何を書いている?

弟子:ぎゃあ!

騎士:うん?これは物語、か?サーシャにこんな趣味があったなんてな。

弟子:返せよ!まだ書きかけなんだから!

ー騎士、弟子に構わずページをめくる。

騎士:ふんふん。

弟子:あああああ~!勝手に読むなぁ!

騎士:よくできてるじゃないか。続きはどうなるんだ?

弟子:しらねぇよ!まだ終わってないんだから!

騎士:それでも一応結末はつけるのだろう?

弟子:まあ……切りのいいとこでな。

騎士:私はやっぱり幸せな結末がいいな。

弟子:そりゃ俺だって、そうだよ。

騎士:「俺」?

弟子:「あたし」だよ!「あたし」!!

騎士:ははっ

弟子:笑うな!

騎士:別に変える必要はないだろうに。

弟子:うっせ。これはケジメなんだよ。ちゃんとした「東の魔女」になるってケジメ。

騎士:そうかそうか。

弟子:ほほえましいものを見る目でみるな。

騎士:ふふ、では落ち着いたら王都まで来てくれないか?「東の魔女」をお連れするよう、王命を賜っている。

弟子:そういやアンタ、そういう用で来てたんだっけ。

騎士:ああ。

弟子:いいよ、あたしも腹くくる。それまでに王家とか貴族のことも教えてくれよ。

騎士:ああ、私の家族のことを教えよう。

弟子:うん?

騎士:その代わり、サーシャの師のことも、もっと教えておくれ。

弟子:お?おう……?

騎士:どうした?

弟子:いや、なんかちょっとニュアンスが……

騎士:……ふふ。そうだな、では物語の結末にこういうのはどうだろう?

弟子:あん?

騎士:「騎士は探し求めていた魔女をみつけ、二人はいつまでもいつまでも幸せにくらしました」

弟子:はあ!?

騎士:はははは!ようやく会えたな、私の「東の魔女」あなたにずっと、会いたかった。


おしまい。