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七枝の。

台本/海の魔女より、愛をこめて(男2:女2)

2022.07.12 03:02

〇作品概要説明

登場人物4人。ト書き含めて12000字。全員兼役ありだが、夢と現実を行き来する話なので、本質的には同一人物。海の底の魔女が、愛しの王子を手に入れるまで。ヒロインは王子。


〇登場人物

エビ:海の魔女の使い魔。あるいは流れの商人。男女不問。

海老原:エビと兼役。図書委員。女性設定だが男女不問。

フィヨルド:南の国の第三王子。ノルウェー語で入り江の意味。10代前半。

入江:いりえ。フィヨルドと兼役。高校生。

エリック:南の国の第一王子。フィヨルドとは歳が離れている。

江里口:えりぐち。エリックと兼役。入江の幼馴染。同級生。

あの子:水泳部。

海の魔女:あの子と兼役。南の海の魔女。下半身が魚。


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作者:七枝


本文



〇本文ここから。Nはナレーション。

フィヨルド:(N)泡が弾ける、夢をみる。

海の魔女:ねぇ、あなた。ここまできて。

フィヨルド:(N)深い深い海の底。暗闇の向こうから声がする。

海の魔女:聞こえるでしょう?返事をして、私をみつけて。

フィヨルド:(N)私は声の主を知っているような気がする。だが、その名前まではわからない。

海の魔女:ここは暗くて寂しいの。もうずっとあなたをまっているのよ。

フィヨルド:(N)やわらかい女の声が、自分に呼びかけている。



エリック:起きろ、フィヨルド。目をさませ。これは悪夢だ。



〇場面転換。放課後の教室。入江と江里口は補修で、課題のプリントに取り掛かってる。

入江:えっ?

江里口:……ん?

入江:江里口、今お前なんて言った?

江里口:何が。

入江:なんか言ったろ、今。

江里口:あ?普通に寝るなよ~とは言ったけど。

入江:そのあとは?

江里口:さっさとプリント片付けて帰ろうぜ、って言った。

入江:いや、他になんか。

江里口:今日も補修なんて入江ちゃんはおバカちゃんですねぇ。

入江:うっせ。お前もだろ。

ー入江、持っていたプリントを江里口に叩きつける。

江里口:痛ぁ!?ちょ、どこ行くんだよ入江!

入江:おわった。

江里口:え!俺を置いて帰るつもりか?友達だろう!?

入江:ちょっと出てくるだけだ。

江里口:ほほーう?

入江:………なんだよ?

江里口:水泳部だろ。

入江:は、はぁ!?

江里口:今の時間帯、水泳部が練習してるもんな~観に行くんだろ?

入江:違うって!なんで俺が!

江里口:いやいやいや、この俺様にごまかさなくてもいいって。わかる。わかるよ、入江君。君が2組の水泳女子の太ももに熱い視線をおくってるってことは、まるっとお見通しだ。

入江:馬鹿言うな。俺は胸派だ。

江里口:あれ?入江って貧乳好き?変わってんね。

入江:誰のことだよ!

江里口:だから2組の水泳女子だってば。そうだろ?

入江:はぁ?違うって。そんなやつ知らないよ。

江里口:嘘つくなよ~ほれほれ。

入江:違うって言ってるだろ。しつこいな。

江里口:じゃあ水泳部なんて行かずにここにいろよ~課題に励む俺の雄姿やきつけろよ~

入江:やだよ。

江里口:入江くぅん。えり、数学わかんないの。一緒におしえてぇ?

入江:きっしょ。

江里口:やだやだやだ!水泳部にいっちゃやだ!

入江:行かないって!あー……ほら、あれだ。図書室!図書室に本返しに行くの!

江里口:図書室ぅ?

入江:そーだよ。変な勘違いすんな。

江里口:…………図書室なら大丈夫か。

入江:ん?

江里口:ううん。なんでもなぁい。入江くんが本読むなんて似合わないと思っただけぇ。

入江:これでもインテリなんだよ。

江里口:知ってる。

入江:え?

江里口:補修常連犯がよくいうわ~!

入江:それこそお前がゆうな。

江里口:ね~。えり、寂しいからすぐ帰ってきてね?

入江:アホ。

SE:ドアの開閉音。

入江:(N)空調の効いた教室を一歩出ると、そこは蒸し暑い廊下だった。夕焼けに照らされ赤く染まった廊下は、なんだか現実味が乏しい。頭がぼんやりして、まるで水の中のように手足がうまく動かない。

入江:(N)しばらく歩くと、ようやく図書室の看板がみえてきた。中から、声が聞こえる。

海老原:むかしむかし、それほどむかしでもないちょっと昔。大陸の南側に、実り豊かな大きな国と蒼く輝く美しい海がありました。

入江:絵本、か……?

海老原:海の中には巨大な力をもつ美しい魔女が、南の国には年若い王子が住んでいました。

入江:すみませーん!

海老原:きゃ!……わわっ!!

ー海老原、入江に驚き本を落とす。

海老原:あ、あああ~!本がぁ!

入江:わ、すいませんっ!

海老原:なんなのよあんたぁ……!

入江:え、えっと本を返しに……

海老原:いまの、きいた?

入江:は?

海老原:いまの、その……

入江:ああ、朗読してましたね。

海老原:どうだった!?

入江:え?

海老原:ききとりやすかった?下手だった?ちゃんとできてた?あの朗読どう思った?

入江:えっと……

海老原:あー!そうよね、あんなんじゃダメよね。わかってるのよ!!私昔からこういうの本当にダメで。元々口が小さいせいもあるのかな?って思うんだけど、でもあの子はそんなの関係ないよっていうし、じゃあどこがダメなのかっていつも考えてはいるんだけど、これがなかなか、

入江:あの、

海老原:そうなの。あの子もね、丁寧に教えてはくれるんだけど、なんせ天才肌だから言ってることよくわかんなくて。この調子じゃ、今度の読み聞かせ会も失敗するってわかってるんだけど、なんとかうまくやりたいから、

入江:あの!

海老原:……なに?

入江:本、全部拾いましたよ。あと、返しにきたのもあるんですけど。

海老原:………ありがとう。

入江:いいえ。

海老原:……えっと、その……ごめんね?

入江:(無視して)図書委員の方ですよね?返却手続きお願いできますか?

海老原:……あ、うん……

入江:……………

海老原:…………

 ー間。

入江:(溜息)図書委員の方って、読み聞かせもするんですか?

海老原:そうなの!あ、有志だけなんだけどね。今その練習してて!

入江:ふーん。

海老原:わたし、自分の一番すきな絵本を任されることになって!だから絶対成功させたいんだ。あの子からもアドバイスもらって、色々練習してみたりとかしてて。

入江:あの子?

海老原:あ、わかんないよね。私の友達。えっと、その窓から見えるよ!

入江:まど?

海老原:おーい!

入江:(N)図書委員が、窓から身を乗り出す。その目線の先は校庭横につながっており、柵に覆われたプールが見えた。

あの子:あ、えびちゃーん!

入江:………!

海老原:あの子。私の友達。水泳部だけど、歌とか朗読とかも得意なの。

入江:……友達なんだ?

海老原:うん!

あの子:ふふふふ。

入江:(N)遠くから、笑い声がきこえた。あの人の笑い声。初めてきいた。

海老原:うちの水泳部ゆるいから、時々放課後図書室にきてくれたりもしてさ。すごく助かってるんだ。ほんとは、他の人にも練習聞いてもらえたら、もっと上達するんだろうけど……

入江:……相手になりましょうか?

海老原:……え?

入江:あ、俺朗読の技術とかよくわかないし、聞くだけですけど……

海老原:ほんとに!?

入江:わっ

海老原:嬉しい!ありがとう、君っていい人だね!私、海老原海里。(えびはらみさと)君は?

入江:入江、です。

海老原:入江君だね!君、5組の子でしょ?同学年だしタメで話してよ!ね!

入江:あ、ああ……

海老原:やったぁ!ほんとに嬉しいなぁ。あの子もきっと喜んでくれるよ。

入江:そう、か……

海老原:うん!

入江:(N)それから、俺は海老原に付き合って1時間ほど絵本の読み聞かせを聞いてやった。例の水泳部の彼女は図書室に来ることはなかったが、窓の向こうから時折楽しそうな声が聞こえた。

あの子:ふふふふ。

入江:あの声が、耳に張り付いて離れない。

あの子:えびちゃん。

入江:いつか、俺の名前も呼んでくれるだろうか。

あの子:ふふふふ。えびちゃん、ありがとう。

入江:こんな風に、俺の名を。



エビ:いいえ、魔女様。貴方の為なら。


〇場面転換。王宮の書庫。うたた寝をするフィヨルド。

エリック:おい……おい、起きろ。

フィヨルド:ん、んん~……

エリック:起きろ、フィヨルド!どこで寝ている!!

フィヨルド:ん、うるさい江里口……

エリック:えりぐち……?誰だそれは?おい、フィヨルド!

フィヨルド:ん……うわぁ!?あ、兄上っ!

エリック:こんなところで何をしてるのだ、お前は。

フィヨルド:も、申し訳ございません!遅くまで書庫の資料を漁ってましたら、つい……

エリック:まったく。お前もお前だが、城の者は何をしておったのだ。王子を書庫の床に放りっぱなしとは。

フィヨルド:私の世話をするものなどいませんよ。

エリック:……勉強熱心なのはいいが、床で寝るな。お前とて立派な王族の一人なのだからな。

フィヨルド:はは。

エリック:フィヨルド、余は真面目に言っておるのだぞ。

フィヨルド:わかってますよ。兄上のお心遣いはしかと受け取ってます。

エリック:……それにしても、よりにもよって余を他の者と見間違うなどと。余を誰と心得る!

フィヨルド:は、はい!兄上はこの南の国を統べるフィリップ王の第一子にして王太子。エリック第一王子です。いずれこの国を統治し、ひいては、

エリック:ふっ

フィヨルド:ひいては、この大陸の隅々までを照らす、………兄上?

エリック:ぶっはっはっは!お前は真面目よのう、フィヨルド!

ーエリック、フィヨルドの頭を撫でる。

フィヨルド:うわっ

エリック:冗談じゃ、冗談。余がそんな些細なことで怒るはずがなかろう。なんじゃ寝ぐせまでつけてるクセにご大層な文句を並べ立ておって。愛いやつめ。

フィヨルド:兄上、離してください兄上!

エリック:ほ~れ。よーしよーし。

フィヨルド:馬扱いしないでください!

エリック:馬扱いなぞしておらんわ。馬の方がまだ上等な寝床で寝とる。ふむふむ……なにを調べとったんだ?

フィヨルド:あーにーうーえ!

エリック:海の魔女の伝説……南の魔女との交信記録……最近の気象状況……これは。

フィヨルド:兄上ってば!

エリック:フィヨルド。

フィヨルド:兄上!いいですか。貴方はまだ王子の身分ですが、いずれ王となられる御方。臣下となる私にこのような気安い態度をとっては、

エリック:フィヨルド、聞くのだ。

フィヨルド:え……

エリック:いいか、フィヨルド。これ以上海の魔女について調べてはならぬ。

フィヨルド:な、何故ですか、兄上!魔女の力は巨大です。協力を得ることができれば、我が国はよりいっそう力を蓄えることができましょう!

エリック:ならぬといったらならぬ。それらの資料は即刻処分せよ。

フィヨルド:理由を教えてください兄上!それでは納得できません!

エリック:余がならぬと言うからだ。

フィヨルド:兄上!

エリック:そなたが知る必要はない。

フィヨルド:……っ!私は、国の為を思って………

エリック:わかっておる。

フィヨルド:確かに、魔女は得体のしれない存在です。ですが我が国のほかにも別の魔女と同盟を結んでいる国は有りますし、なにより兄上の力をもってすれば魔女を抑え込むなどたやすいこと。

エリック:………

フィヨルド:そうでしょう?兄上。我らならきっとできます。この大陸を統一し、時代の覇者となりえるお方。それは貴方なのです。

エリック:……フィヨルド、余はこの国を愛しておる。

フィヨルド:私もです。

エリック:そなたのこともだ。

フィヨルド:もったいなきお言葉。

エリック:父上も母上も宰相も城の者も民もみな愛している。

フィヨルド:さすが兄上。なんて情け深い。

エリック:そして隣国もそのまた隣国の民も、この大地に根付くすべての者を愛おしく思う。

フィヨルド:…………

エリック:魔女の力など必要ないだろう?いまここにあるもの、それが全てでいいではないか。異邦の者の力を借りたとて、それは所詮まがい物の力だ。いずれ報いをうけるときがくるであろう。

フィヨルド:しかし、それでは……!

エリック:そなたはなにを焦っているのだ。

フィヨルド:焦ってなぞ……っ!

エリック:話してくれないのか。

フィヨルド:…………

エリック:フィヨルド、そなたが心配だ。余の小さき弟よ。もしもう少し歳が近ければ、あるいは立場が完全に同じであれば、余はそなたの心に寄り添えたのであろうか。

フィヨルド:……私は、貴き御身が、気にするような存在ではありません……

エリック:悲しいことを言ってくれるな。

フィヨルド:……御前、失礼します。資料は即刻処分いたしますので……

エリック:フィヨルド、

フィヨルド:……はい。

エリック:…………。身体を大事にな。

SE:ドアの開閉音。


〇王宮の廊下。人気が無い。

フィヨルド:私は、何をしているのだ。兄上にまで気を使わせて……

フィヨルド:でもどうして兄上は何も教えてくれないのだろう。いつもそうだ。私がなにかしようとしても、兄上が先回りして止められる……もう少し、もう少しだけ、私だって。

フィヨルド:……私は、何をしても駄目なのだろうか。

ーフィヨルド、エビとぶつかる。

エビ:きゃっ!

フィヨルド:むっ、お前は……

エビ:これはこれはフィヨルド殿下。大変失礼いたしました。

フィヨルド:お前は確か、宮廷魔導士の紹介で参上した流れの商人であったか。こんなところで何をしている。

エビ:もちろん商売でございます。珍しい品、それも魔法のかかった品をお売りすること。それが私めの生業(なりわい)でございますから。

フィヨルド:ふむ。相手は魔導士か?

エビ:殿下の御命令とあらば、お答えしますが……

フィヨルド:いやいい。野暮な質問だったな。

エビ:お気遣い痛み入ります。

フィヨルド:ふむ……今日は何を持っているのだ?

エビ:星を掬った魔法のランプに、東の魔女の軟膏、鬼の涙にヴァンパイアの灰。あとはそう、人魚の子守歌。このあたりですかな。

フィヨルド:相変わらず何につかうか分からぬ品ばかりだ。

エビ:これが色々有用なのですよ。ランプは夜なら切れないし、軟膏は切り傷によく効きます。涙は料理のスパイスにおすすめですし、灰は魔除けになるのだとか。

フィヨルド:ほーう。それでは子守歌は?

エビ:よく眠れます。

フィヨルド:それだけか?

エビ:それだけです。

フィヨルド:失礼を承知で聞くが、そんなもの買うやついるのか。

エビ:何をおっしゃいます。先日お求めになったのは殿下ではありませんか。

フィヨルド:なに?

エビ:先日、はじめて謁見が叶いました時、確かにご購入いただきましたよ。それも一等すばらしい人魚の子守歌を。

フィヨルド:私が……?

エビ:ええ。

フィヨルド:覚えがない。

エビ:おや、あんなに喜んでいらっしゃったのに。

フィヨルド:子守歌なんて買うはずが……

エビ:ためしにもう一度きいてみますか?思い出されるやもしれません。

フィヨルド:え?あ、ああ……

エビ:ほら、この貝殻に耳をあてて……



フィヨルド:(N)声がきこえる。

海の魔女:ふふふふ。

フィヨルド:(N)あの人の声だ。

海の魔女:まってたのよ。

フィヨルド:(N)私はこの声を知っている。

海の魔女:さぁ、わたしを受け入れて。

フィヨルド:(N)どうして忘れていたのだろう。

海の魔女:いらっしゃい、可愛い人。

フィヨルド:(N)探しに行かなくては、彼女を。

海の魔女:この海の底まで。

フィヨルド:(N)いかなくては。

海の魔女:いらっしゃい、わたしの王子様。

フィヨルド:(N)そうだ、俺は、



エリック:そこで何をしている!!

エビ:……!!

エリック:誰だ、貴様?余の弟になにをした!?

エビ:こ、これはエリック殿下。このようなところでお目にかかりまして、

エリック:何をしたと聞いているのだ!

エビ:そ、それは……商品の説明でございます。私めは商人でございますゆえ。

エリック:本日王宮に参列してくる者の中にお前のような身なりの者は覚えがないが?

エビ:そんなはずはございません。宮廷魔導士のカース様にご確認くださいまし。

エリック:余の目が間違っていると申すか?

エビ:そんなそんな。まさかそのようなこと、とんでもありません。

フィヨルド:あ、兄上?何をそんなに怒っていらっしゃるのです?

エリック:フィヨルド……そなたの目は節穴か。

フィヨルド:え?

エリック:見よ!この者の腕を!!

エビ:ぎゃあ!

ーエリック、エビの腕を強引にひねりあげる。

フィヨルド:これは、甲羅……?

エリック:余は甲羅のある者の登城を許した覚えはない‼言え!貴様、どこからきた!

エビ:は、はなしてくださいまし。どうか離してくださいまし。

エリック:言うんだ!

エビ:離してくださいまし、エリック殿下。

エリック:何が目的だ!なぜ弟に近づく?言え!!

エビ:痛い、痛いです。

フィヨルド:あ、兄上……

エリック:(舌打ち)衛兵!こやつを地下牢につれていけ!!

ーエリック、エビを突き放す。

エビ:ああっ

フィヨルド:………

エリック:おお、フィヨルド。おかしなところはないか?大丈夫か?あやつに何をされた?

フィヨルド:な、何も。何もございません、兄上……

エリック:その手にもってるのは?

フィヨルド:……これは、先ほど資料室で拾ったものです。

エリック:そうか。ならば早く処分してしまえ。貝殻なんて忌々しい。

フィヨルド:兄上は、海が嫌いなのですか?この国は海の恵みで成り立ってるのに?

エリック:………海は、恐ろしいところだ。近づくんじゃない。

フィヨルド:(N)それっきり、兄上は一度もこちらを振り向かなかった。そしてやはり、私に何も教えて下さらなかった。


〇地下牢にて、宙にむけて語りかけるエビ。

ー夢うつつに、フィヨルドは二人の会話を聞いている。

フィヨルド:(N)その夜、私は不思議な夢をみた。

海の魔女:うふふふふ。

エビ:魔女様。

海の魔女:いいこね、えびちゃん。

エビ:魔女様、いたいです、魔女様。人間の体温が痛い。陽の光が痛い。陸の風が、しみこむように痛い。

海の魔女:がんばったわね。

エビ:魔女様、どうかお慈悲を。

海の魔女:あと少しだわ。

エビ:この哀れなエビに、少しの力を。

海の魔女:ふふふふ。(吐息をふきかける)

エビ:あ、あ、あああ!

海の魔女:だいじょうぶ、あと少しで海に帰れるわ。

エビ:ありがとうございます、ありがとうございます、魔女様。

海の魔女:あとすこし。

海の魔女:あとすこしで、願いが叶う。

エビ:魔女様。

海の魔女:励むのよ、えびちゃん。

エビ:わかっています。

海の魔女:ふふふふ。迎えにいくわ、愛しいあなた。

フィヨルド:(N)夢うつつに、泡が浮かぶ音が聞こえる。あの人の存在を、彼女の吐息を近くに感じる。

海の魔女:ぷくぷくぷく……うふふ。

フィヨルド:(N)ぱちん、っと泡が弾けた。


〇場面転換。学校の図書室。海老原が朗読をしている。

海老原:ちょっとぉ、ちゃんと聞いてる?

入江:え?

海老原:朗読。聞いてくれるって言ったのに、上の空じゃない!

入江:あ、ああ……

海老原:もうこれなら他の人にお願いした方がよかったかな。

入江:いやいやいや。そんなこと言うなよ。ちゃんと聞いてたって!

海老原:ほんとにぃ?

入江:ほんとだって。聞いてたよ。王子と海の魔女が出会って、恋する話だろ?

海老原:人魚姫みたいに悲劇じゃないけどね。

入江:にんぎょひめ?

海老原:ああ、ごめん。入江くんは知らないよね。こっちでは有名な話だからうっかりしてた。

入江:こっち?

海老原:内輪話だから。気にしないで。

入江:ふーん?

海老原:ねぇ、それよりもさ。入江くんは魔女のことどう思う?

入江:どうって?

海老原:なんでもいいから。好きとか嫌いとか。なんかない?

入江:ん~そうだな。気になるキャラクター、ではある。

海老原:おお!

入江:小説とかあんま読まないから、物語の出来とかはよくわかんないけどさ。

海老原:うんうん。

入江:あ~……ちょっと恥ずかしいけど、昨日朗読聞いてたからか、王子と海の魔女の夢みてさ。そこに出てくる魔女がなんつーか……

海老原:うん。

入江:すっげー綺麗なひとで。会いたくなった。

海老原:そっかぁ!

入江:?なんか嬉しそうだな。

海老原:ええ?そんなことないよ。

入江:江里口に話した時みたいに笑われるかと思った。

海老原:……話したの?なんで?

入江:え、だって、聞かれたから。

海老原:聞いてきた………?そんなことがあるの?

入江:え?

海老原:ううん。男の子もそういう話するんだな、って思っただけだよ。

SE:ドアの開く音。

あの子:えびちゃーん!きたよ~

海老原:いらっしゃい。よく来てくれたね!

入江:あ………

入江:(N)あの人だ。あの人が、こんな近くに。

あの子:君が入江くん?えびちゃんがお世話になってます。

海老原:何目線の発言よ。

あの子:え~……?親?

海老原:(笑う)違うし!

あの子:うふふふふ。

海老原:あはははは。

入江:…………

あの子:入江くん?

入江:……あ、いやその。初めまして?

あの子:……うん。私は知ってたけどね。

入江:俺も。

あの子:ほんと?えびちゃんから聞いた?

海老原:うん。私から話した~

あの子:そっか。じゃあ改めてよろしくね。

入江:あ、うん。

あの子:なにその反応。

入江:(N)彼女が手を差し出す。その目がまるで三日月のように鋭く歪む。

あの子:ほーら、握手。仲良くして。

入江:ああ……

あの子:へへ、ずっと会いたかったんだ。会えて嬉しい。

入江:(N)俺も会いたかった。ずっと遠くから眺めていた、水泳部の彼女。その指先は、まるで氷のように冷たく、身体からは絶えず潮の匂いがした。


〇絵本の内容説明。

エビ: むかしむかし、それほどむかしでもないちょっと昔。大陸の南側に実り豊かな大きな国と蒼く輝く美しい海がありました。海の中には美しく巨大な力をもつ魔女が、南の国には年若い王子様が住んでいました。

海の魔女:ある日、魔女は思いました。この海と南の国、どちらも自分のものになったらどんなに素敵だろう。

フィヨルド:そのころ、王子も考えてました。この大陸のすべてを手に入れることができれば、きっと満たされるだろう。

エビ:海の魔女には強い魔力が、若い王子には大国という後ろ盾が。それぞれ自分の持ちうる力を使い、願いを叶えようともがきました。しかしなかなか上手くいきません。

フィヨルド:まず第一に、王子はチビで幼く、自分より力のある兄がいました。

海の魔女:魔女は手始めに侵入したところで敵にみつかり、力の半分を奪われてしまいました。

エリック:王子の兄は賢く力もありましたが、自分の国を守るのに必死で、世界の支配など考えてはいませんでした。

エビ:鬱々とした日々の中、ある日使い魔の目をかりて海底から浮かび上がった魔女は、年若き王子を目にしました。

海の魔女:彼女は一目で気づきました。あれは隣国の第三王子、フィヨルド。チビで幼く頭でっかちの厄介者。自分と同じ、満たされない思いを抱えた囚われ人。

エビ:海の魔女は考えました。フィヨルド王子に近づけば、願いに一歩、近づけるのではないか。

エリック:狡猾な魔女は、その日から使い魔の目をかり、あるいは魔術を使い、日々フィヨルド王子をみつめつづけました。

エビ:雨の日も風の日も。日が照り付ける日も、何もない日だって。

海の魔女:そうしてある時、気づいたのです。自分の中にある、新たな欲望に。

〇絵本の説明終了。


〇場面転換。昼休憩。学校にて。

入江:じゃあな、江里口。俺ちょっと行ってくるわ。

江里口:図書室?

入江:ん。

江里口:なぁ、やめろよ。図書館行くの。

入江:え?なんで。

江里口:よくねぇ噂がたってんぞ。入江が女子ふたりはべらしてるって。

入江:なにそれ、つまんねー。

江里口:片方はあの水泳部の女子だろ?あいつ、いい話きかないし。

入江:前はそんなこと言わなかったじゃん。

江里口:入江くんってぇ、もっと紳士的っていうかぁ、こんな大胆だと思わなかったからぁ。

入江:ああ?どーいう意味だよ。

江里口:怒るな怒るな。テンポが急すぎて、おにーちゃん戸惑ってます~って言いたいの。

入江:誰が兄だ。

江里口:俺が、おまえの。

入江:お前みたいな兄はいらん。

江里口:ええ~?傷つくなぁ。

入江:べつに、やましーことはしてねーって。図書委員の朗読練習に付き合ってるだけ。

江里口:でもさぁ。

入江:なに?今日は随分しつこいな。

江里口:……ん~……ホントやめるつもりない?

入江:ない。しつこい。

江里口:そっか。じゃあ、仕方ないな。

SE:破裂音。

エリック:力づくでも、そなたを引きずり戻そう、フィヨルド。

入江:(息をのむ)兄上!?

エリック:ははははは!その顔で兄と呼ばれると違和感があるな!

入江:あに……?いや違う、お前は誰だ。俺は、いや私は、

エリック:気をしっかりもて、フィヨルド。今からそなたの世界を壊す。

入江:フぃよルど……?ちがう俺は入江で、高校生で……

エリック:フィヨルド、こちらをみろ。

入江:だれだよ、お前……江里口はどうしたんだよ。

エリック:フィヨルド、江里口などという者は最初から存在しないのだ。

入江:知らない。わけわかんねぇ。何いってんだよ!

海老原:まって!何をしてるの!!

エリック:(舌打ち)きたか。

海老原:やはりお前だったのね、エリック王子!よくも勝手に魔女様の世界に入ってきたものだわ!

エリック:それはこちらの台詞だ、海の者よ。よくも余の弟に呪いをかけたな。返してもらうぞ。

海老原:やめなさい!

エリック:断る。

海老原:やめなさいってば!術者の許可なしに無理やり夢を壊すと、対象者の精神まで危うくなる!それがわからないの!?

フィヨルド:ゆ、め……?ここは、ゆめなのか……?

エリック:ああ、そうだ。そなたが夢と言っていた物語こそ真実。そなたは魔女に呪われていたのだよ。

海老原:違う!呪いではないわ、祝福よ。ここでは目障りな兄もいない、王子である必要もない。フィヨルド王子はただ一人の自由な人間として魔女様に会える。

エリック:黙れ。それは貴様らの勝手な思い込みだ。王子としての矜持をフィヨルドは大事にしている。

海老原:今の彼をみてそう言えるの?

フィヨルド:ちが、ちがう。そんなはずはない。俺に兄はいなくて、私はいりえで…わたし、私ってなんだ……?

エリック:しっかりしろ!

エビ:やめて!!彼をゆさぶらないで!

エリック:うるさい!

エビ:わかってるの?ここでフィヨルド王子の精神が瓦解したら、お前だって無事で済まないのよ!?

エリック:わかっておる。わかっててやっているのだ!

海老原:狂ったかエリック!

エリック:黙れ魔女のしもべめ!もう二度と余の弟に近づくな!!

海老原:……っ!!魔女様、きてください!この男本気です!本気でフィヨルド王子を壊すつもりです!

エリック:(舌打ち)

海老原:魔女様、はやくきてください!

エリック:こい、フィヨルド!

入江:あ、あ、ああああ……

エリック:担ぐぞ!

ー廊下を走るエリック。肩に入江を担いでいる。

エリック:はぁ、はぁ、はぁ、余も老いたな……夢の中でさえ、こんなに遅いとは。

入江:あ、あ、あああああ、ちがう、ちがう、私、私は、俺で、

エリック:大丈夫、大丈夫だフィヨルド。きっと余が守ってみせる。もう少しの辛抱だ。

入江:いらない……

エリック:なんだと?

入江:いらない!そんなの必要ない!私は守ってくれる兄など欲しくなかった!!

エリック:……っ!!

 間。

ーどこからともなく魔女の声が聞こえる。エリックには聞こえない。

海の魔女:ふふふ。

入江:(息をのむ)あの人の声がきこえる……

エリック:フィヨルド?

海の魔女:こちらへきて、愛しい人。

入江:あの人が、俺を呼んでる……

エリック:正気にもどれ、フィヨルド!はよ眼を覚まさんか!

海の魔女:邪魔な身体なんか捨てて、海の底まで。

入江:海……

エリック:聞くな!答えるな!

海の魔女:私の名前を呼んで、あなた。

入江:名前……知らない……

エリック:フィヨルド!

海の魔女:ふふふ。いやね、知らないの?私を封印したのは貴方の隣にいる男なのに?

入江:……兄上が?

海の魔女:私をここに閉じ込めた。

入江:あなたを、とじこめた。

海の魔女:名前を奪い、力をうばい、

入江:自由をうばい、海の底に……

海の魔女:私はどこにもいけない。

フィヨルド:私だって、どこにもいけない。

海の魔女:いつだって暗い海の底。

フィヨルド:いつだって書庫にしか居場所がなかった。

海の魔女:もっと遠くにいきたい。自由になりたい。

フィヨルド:大きな世界をみたい。国から出たい。

海の魔女:あなたとわたしは一緒なのよ、フィヨルド。同じ男に囚われている。

フィヨルド:囚われ……?俺は兄上にとらわれている……?

海の魔女:さぁ、この短剣を手に取って。一緒に行きましょう。

フィヨルド:これは……

海の魔女:それは、鍵。貴方をこの世界から開放するための鍵。

フィヨルド:鍵……だが、これを使ってしまえば、

海の魔女:お願い、フィヨルド。私には貴方が必要なの。

フィヨルド:………!

 ー魔女から短剣を渡されるフィヨルド。

エリック:まて、その短剣はどこから出した?何をする気だ?

フィヨルド:………

エリック:くっ、何故だ。なぜ身体が動かぬ!まて、やめるんだフィヨルド!

フィヨルド:さようなら、兄上。

 ーフィヨルド、自分を刺す。

エリック:やめろおー―!!!


 長めの間。

〇ここからエリックにも魔女の声が聞こえる。

エリック:…………

海の魔女:ふ、ふふふふ、はははは、あははははは!とった!フィヨルドをとったわ!!

エリック:……うみの、魔女か……

海の魔女:ああ、なんて美味しい魂なの!哀れで愚かで可愛そうで可愛いフィヨルド!愛しい私の王子様!

エリック:……これは、余への当てつけか……?

海の魔女:当てつけ?馬鹿いわないで。貴方なんてもうどうでもいいわ。私はこれから海の底でフィヨルドの魂と永遠を過ごすの!ああなんて素敵でおぞましい響きかしら!永遠よ、エリック!偉大な王子が最高の魔女に与えた最悪のプレゼントね!

エリック:貴様、なぜこんなことを……

海の魔女:なぜ?愚かなことを聞くのね。理由なんてないわ。魔女はありのまま、欲望のまま、生きたいように生きるモノ。知ってるでしょう?

エリック:フィヨルドの魂を解放してくれぬか……?

海の魔女:あら、私がそんなことすると思う?地べたを這いつくばって頭でも下げてみる?

エリック:……くっ

 ーエリック、頭を下げる。

エリック:どうか、フィヨルドを解放してやってくれ……!あの子の魂だけでも安寧を……!

海の魔女:っふ、ふはははは!愚かねエリック!そこまで愛していたのなら、この子の一番欲しいものをあげればよかったのに!傷つけるのが怖くて何も教えないから、逃げ出したのよ!

エビ:魔女様。

海の魔女:えびちゃん、よくやったわ。

エビ:お褒めに預かり光栄です。

海の魔女:ふふふ、さて帰りましょうか。私たちの海へ。

エビ:はい。

エリック:ま、まて!おぬしの名前を返す!名前を返すから……っ!

海の魔女:いやよ。この子は私のもの。永遠に私のものよ!あーはっはっはっ!


〇長めの間。海底にて。

フィヨルド:(N)登っていく泡を数えている。

海の魔女:かわいそうに、かわいそうに、愛しいあなた。これからはずっと海の底。あなたの欲しいものは永遠に手に入らない。

フィヨルド:(N)優しい声が、魂の内側を撫でる。

海の魔女:かわいそうなフィヨルド。私の王子様。ようやく手に入れたわ。

フィヨルド:(N)くすくすと笑う声が心地よい。

海の魔女:ねぇきこえる?私のこえが届いてる?

フィヨルド:(N)震える声が、無聊(ぶりょう)を癒す。もういつからここにいたのか。五分前か、五年前か、あるいは五百年前からか。

海の魔女:あなたがいれば寂しくないと思ったけれど、返答がないのは少しつまらないわね。

フィヨルド:(N)身体がないのだから、それは仕方ないことだ。

海の魔女:ねぇ、あなた。それでも私、後悔してないのよ。

フィヨルド:(N)傲慢な魔女はそう言うと、尾びれで小さな渦を作った。ぶくぶくと、泡が舞う。

海の魔女:きっと、これをハッピーエンドっていうのでしょうね。

フィヨルド:(N)ぱちんと、またひとつ泡が弾けた。


おしまい。