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Case30s Blog

追悼からの

2022.07.16 12:18

あの痛まし過ぎる銃撃事件から昨日で1週間経って、海外メディアの反応を目の当たりにして、私は改めて安倍元首相への評価を改めていたりする。

国内では政治とカネ問題を筆頭に富裕層しか相手にしていないと批判されていたけれど、彼は世界での日本の地位向上に大きく貢献してくれたし

続く菅政権もさることながら今の岸田政権でもそのような役割は望めそうにもないので

そういった点でやはり稀有な存在だったと感じている。

改めてご冥福をお祈りしたい。

そしてこの件に関して非常に的を得た記事を見つけた。これを書いた記者がドイツ人である点がまた客観性を裏打ちしている。

https://courrier.jp/cj/294511/?utm_source=newspicks&utm_campaign=294511

まさに私もこの安倍元首相銃撃事件から、京王線殺傷事件を思い起こしていた。

JOKERの世界である。

誰にも助けてもらえず、社会から見捨てられ切り捨てられた孤独の果てに心が死んでしまった中年の独身男性。

もう何も失うものがないということは、そのまま歩く爆弾にもなりうるということだ。

となれば公共の場でも油断ならない。

気を抜けないということは息が詰まるということ。

普段の日常生活をこなすだけでも精一杯だというのに、こんな世の中では窒息してしまいそうだ。

最近私の周りでも普通に死にたいと口にする人がチラホラいる。

本気度合いもしんどさの程度も計り知れないし、きっかけを紐解けばなんて事ないのかもしれない。

しかし本人にとっては大きなことだったり、実際にとてもヘビーな状態だと感じることも多い。

それに対して「自己責任」ということはあまりにも容易いのだけれど、別に本人は何も怠けてなどいないのだ。

どちらかと言うと必死に頑張っているのに報われなくて、辛くて苦しくて折れかけている。

この現代社会、食料も電気も水道もガスもネットワークも全て自力で生み出している人がいない限り、自分1人の力だけで暮らしている人なんぞいないので

お互いに誰かの力を借りなければ生きてはいけないしもっと気軽に人に頼っていいはずだ。

しかし、実情どこまで踏み込んでいいのか悩ましく「迷惑かけてごめん」と言われることも多く、こちらも「お節介だったか」と慮ってしまう。

ただ少なくとも自分は、なるべく余力を持つ生き方ができるよう強くありたいし、あくまでもできる範囲で、身近な人くらいなら差し伸べるべき手を伸ばせる身であろうと決意した。

といいつつ逆に私がしんどい時は助けて欲しいと思う笑

しっかりと自分を休める時間も意図的に持ちたい。

皆様も良い三連休を。


深森