『僕』とレナ⑥
「タクヤさんのパエリア、美味しいんだよね。ナギくんも大好きでしょ?それに、ケーキは愛美さんの手作りだって。どんなの作ってくれるんだろうね!いいなぁ、ケーキ作ってくれるお母さん」
レナさんはとても楽しそうにしている。
僕らは電車とバスを乗り継いで、親友のすばるの家にやってきた。家の外にはいい香りが漂っている。
レナさんがチャイムを鳴らすと、はいはーい!と朗らかな声が帰ってきた。
廊下をパタパタと歩く音。サンダルに履き替えて、玄関の鍵を開ける音…
「お帰りなさい、ナギ!」
嬉しそうに微笑むのは、僕の母さん。
「レナちゃんも!寒かったでしょ?さあ入って〜!みんなもう来てるわよ」
「はーい!お邪魔します!」
そう言って先に入って行ったレナさんの背中を見ながら、僕はぼんやりと母さんの姿を見ていた。
「あらどうしたのナギ。いらっしゃい。あなたの好きなお茶も用意してあるわよ」
「うん…」
僕は、母さんの手を握った。
「ただいま、母さん」
泣きそうになって上手く言えなかったけど、僕は本当に久しぶりに、そう言った。
「…お帰りなさい。ずっと待ってたのよ」
何かを感じたように母さんは微笑むと僕の頬にキスをして抱きしめてくれた。
「遅いよナギ、もう俺腹減って我慢できないっての」
リビングに入ると弟のシュリが笑いながら肩パンをしてくる。
「ナギ久しぶり〜!背伸びたね!!」
すばるがニコニコしながらハグしてくる。
「ナギの好きなパエリア作ったよ!今日はいっぱい食べな」
子供の頃から知ってるタクヤさんは微笑みながらたくさんの料理を運んでくる。
「ナギ、なんだか逞しくなったんじゃない?ちょっとよく顔見せてよ」
父さんがソファから立ち上がって僕の肩に手を置いて、顔を見つめてくる。
180センチある父とも、いつのまにかこんなに視線が近づいていた。
「大人になったね」
父さんは嬉しそうに笑ってクシャクシャと僕の頭を撫でてくれた。
なんだこれ。
何かの間違いじゃないかと僕はまだどこか信じられないような気持ちでいた。
「私も運ぶの手伝います〜!」
と言ってソファから立ち上がった青い髪の奴を見るまでは。
「オイイイ!!なんでお前がここにいるんだよ!」
「まあなんてこと言うのナギ。アオさんはあなたの友達でしょ?母さんたちにも紹介してくれたじゃない。みんなで楽しみましょ」
(しょ、紹介?!)
「アオさんは登山仲間だってナギくんスゴイ褒めてたじゃん。」
レナさんの言葉に僕はアオを睨みつけた。
「そーゆーこと。今回は力貸したんだから、私もご馳走頂いてもバチは当たらないでしょ」
アオがニヤニヤしながら耳元でコソッと呟く。
「そんなこと出来るなら全部アオの力で解決してくれよ…」
「ダメだよ、それは君の問題なんだから」
(都合のいいところだけ現実変えやがってっ!!)
「じゃあ、ケーキにロウソクさしてね〜」
母さんが運んできたのは大きなショートケーキ。カラークリームでデコレーションしてあって、「happy birthdayナギ」と書いてある。
なんだよもう。
こんなの…
すばるが2と1のロウソクを刺すと、父さんがピアノに座った。
「じゃあみんなで歌お。」
父さんの指が前奏を奏でる。
やめてやめて、恥ずかしいし、こんなの…
happy birthday to you
happy birthday to you
happy birthday dear ナギ
happy birthday to you
「21歳おめでとうナギ!」
「おめでとう!」
みんなの拍手で僕は恥ずかしかったけどロウソクを吹き消した。
火が消えて部屋が暗くなったらもう涙を堪えきれなかった。