城田実さんコラム第23回「舟賃」が持つ意味 (メルマガvol.46より転載)
東ジャワ州知事に立候補しようとした元サッカー協会会長が「公認料」として政党から400億ルピア(約3.3億円)を請求されたと暴露する事件があった。ある新聞はその公認料Perahu(舟)のUang(お金) 、つまり「舟賃」と書いていた。生々しい金権政治がこの表現で少し薄まる錯覚を起こしそうになるから言葉の使い方はあなどれない。これまでの普通の表現は、お嫁さんを貰う時にその実家に支払うお金や物を指す「結納金(Mahar)」という単語だった。これもなかなかの表現だと思うが、さすがにやや手垢にまみれてきたので趣向を変えたのかも知れない。
「公認料」はどの政党も公式には認めていない。しかしそれをそのまま信じている有権者は少ないだろう。知事に立候補するには、例えば東ジャワ州であれば公認政党所属の州議会議員が20人以上いなければならない。小政党なら複数政党を集めないと20議席に達しない。無所属での立候補も可能だが、実際には政党公認よりもっと難しそうな条件が並んでいる。政党の数は限られているから、単純な需要と供給の関係で、「公認料」という商品が生まれてしまうのだろう。本来は有権者と政治の橋渡しをすべき政党がその機能を自ら放棄している、と国民からの批判が強い慣行のひとつだ。
それにしても、「舟賃」だとか「結納金」だとかの用語を編み出して、世知辛い政治の記事に彩りを加えているインドネシアの新聞はそれだけでも面白い。投票日が近づくと「暁の急襲」(Serangan Fajar)という用語が増えるかも知れない。投票日直前の3日間は選挙キャンペーン禁止の静粛期間と定められているが、「あと一票」が欲しい候補者の行動は止まらない。投票直前の未明から夜明けにかけて、村長や村の有力者らによる戸別訪問で有権者を説得したり脅したり、あるいは金品を渡したりする。これを称して「暁の急襲」と呼ぶ。独立戦争で軍備に勝るオランダ軍に少人数で突っ込む国軍兵士を連想させる表現で、ユーモア・センスが抜群だ。
ところで何日か前、糸のように細い月が夜空に懸かっていた。それを見た孫が、あの月には天使が乗っていると言っていた。子どもの世界はいつもロマンの世界と隣り合わせだ。政党はお金を運ぶ舟ではなく、政治の世界に天使を運ぶ舟になってほしいものである。それなら「舟賃」は望むところだ。(了)