7/23は手紙の日、書簡体小説特集
こんにちは。
今回は「手紙の日」にちなんだ特集です。
ふみの日とは23日で、それだと毎月あるのですが、7月はさらに文(ふみ)月。
ふみふみ、ということで、郵政省が「手紙の日」と制定したそうです。
ということで、書簡体小説をば、取り上げていこうというわけですが、「書簡体小説」と見てどうでしょう。見慣れない、なんだろうそれ、と思う方もいらっしゃるはず。
書簡体小説とは、手紙文体の小説です。
日付や〇〇様へ、拝啓、などと始まり、時候の挨拶が挟まったり省かれたりし、その宛名の人に語り掛ける文体で、相手とのやりとりの連なりで、物語が見えてくる。
文章も、
●●は「なんとかかんとか」と口にしその場を後にした。
が小説文体とするならば、
●●さんは「なんとかかんとか」とか言ってどっかに行ってしまいましたよ。
のように、手紙ですので、自然と日常的な口語体になるわけですね。
つまり読みやすい、親しみやすい。
しかし手紙なので、状況の描写がなく、この二人はどんな関係? 今どんな気持ちで書いている? そもそも本当のことを書いている? のようにいろんなところが隠されている。そこをうまく扱っている面白い書簡体小説がわんさかあるわけです。
好きな本はと訊かれ、ミステリーやSFを挙げる人はいても、書簡体小説ですね、という渋さを発揮する人はそういないと思います。
けれども普段読む小説とは一風変わったものを読みたい、もしくは小説だと少し堅苦しく思う、という人にはたいへんお勧めでございます。
ということで、
ポラン堂古書店には「手紙(書簡体小説)コーナー」がつくられています。
今回はこちらから2作品を紹介します。
森見登美彦『恋文の技術』
書簡体小説の代表作の一つといってもいい、名作です。
京都の大学院生である守田一郎は、教授に命じられ能登半島の施設に派遣され(飛ばされ)ます。家族も友人もいない新天地で日夜研究に励むことといきなりなってしまった彼は思い立って、京都の友人、先輩、妹、家庭教師のバイトで仲良くなった教え子、あと作家の森見登美彦(?)に無茶苦茶に手紙を書きまくります。
と、そんな状況説明も全て手紙文体です。各々の関係性も察していくしかない。
しかし、森見さんの小説を読んだことがある方は彼の文体の魅力が盛りだくさんだろうということは容易に想像できるんじゃないでしょうか。狭い部屋で、語彙やら喩えやら文章技巧だけがやたら卓越しているけれど、深い考えやら入り組んだ内容やらはない。鬱屈した欲望とひねくれと意地とプライドが滑稽に聳え立っているあの文章。
この本を開いて一頁目。
拝啓。
お手紙ありがとう。研究室の皆さん、お元気そうで何より。
君は相も変わらず不毛な大学生活を満喫しているとの由、まことに嬉しく思います。その調子で、何の実りもない学生生活を満喫したまえ。希望を抱くから失望する。大学という不毛の大地を開墾して収穫を得るには、命を懸けた覚悟が必要だ。悪いことは言わんから、寝ておけ寝ておけ。
これだけで面白いと、彼のことを好きになってしまいませんか。
多くの書簡体小説の中でもこの作品の少し変わった要素として、基本的に、守田一郎から送る手紙しか載っていないという特徴があります。要するに往復書簡として互いのやりとりが載るのではなく、彼からそれぞれに送っている手紙が章ごとに相手を変えてずらっと並びます。決して壁打ちではなく、届いていないわけではなく、「返事ありがとう」という言葉や相手も相手で大概阿呆だなと察せられてしまう抜粋のような文章もあります。ただ一方だけの手紙が連続することで、より滑稽味があり、テンポがいいのです。
しかし、こうもがむしゃらに書いていながら想い人にだけは書けません。手紙のやりとり相手である京都の愉快仲間たちからは、いいから書けと急かす声もありますが、何せ書けないのだと、何通も書いては破棄しているのだというわけです。ある章が彼女に対する「失敗書簡集」で、それがもう本作の最大の見所であることは間違いないのでそこはぜひ。そして、最後の章、いよいよ彼女への手紙ですが(目次に書いている内容ですからネタバレではありません)、そこだけは姿勢を正して読んでしまった。名文です。
読みやすく面白い、やはり書簡体小説といえば、の作品です。
小川洋子・堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』
小川洋子さんが女性側、堀江敏幸さんが男性側となり手紙のやりとりを重ねます。
女性と男性は一度同じ家に住んでいたほどに親しい間柄で、しかし今は離れて住んでいるようです。別れた後であっても、互いへの愛情があふれている手紙がやりとりされます。二人はどんな関係性であったか、何があって離れてしまったのか、読者はそれを静かに探りながら二人のやりとりを眺めるのです。
昨日、大きな決断を一つしました。まぶたをずっと、閉じたままでいることに決めたのです。目覚めている間も、眠っている時と変わらず、ずっと、です。
こちらが一頁目の一文目。女性側のこの文章から始まります。
(巻末に二人の対談があり、一切の打ち合わせなしで始まった作品だと明かされるのですが、小川さんからこの文章をぶつけられて、それはもう終わりってことじゃないかと堀江さんが頭を抱えた話は、この物語の外ではありますが好きなエピソードです。)
瞼を閉じ、彼との思い出を振り返りながら文章は続きます。お互いの近況から新たな話題も生まれます。翻訳家の友人が教えてくれた、一文字しか字を知らない象が手紙を書く話。日本語に訳すならどの平仮名にするか、なんて可愛らしくて味わい深い話題が続いたかと思いきや、科学の進歩の過程で犠牲になった動物たちを紹介する本の話題で、残酷な言葉が並んだりもします。
一方、男性側は、子どものときに事故で視力を失っています。互いに、見る、ことができない二人の手紙のやりとりとわかると、幻想の匂いはぶわっと広がるわけです。
しかし家族やヘルパーさんの助けもあり、二人はちゃんと互いの手紙を読めています。
ただ、静かで澄んだ文章のやりとりは、二人が元々は一つだったものの片割れのように似ているという点でも不可侵を思わせます。読者が察せられないところは本当の秘密なのだという気がしてならない。けれどその中でも、歌が音痴だとか、怒ったときの「無言の刑」とか、普通の、身近な日常が不意に通り過ぎると途端に泣きたくなってしまうのです。
出会いのボート、マイクロバスの場面、タイプライターとクローゼットの場面、船舶気象通報を聴く場面。やりとりが重ねられながら、繰り返しその描写が加わっていくにつれ、鮮明に思い出というものがそれこそ瞼の裏に過り、いつしか二人に思い入れのようなものを読者は持ってしまっている。美しく、味わい深い書簡体小説です。
ということで、二作品の紹介でした。
実はこのブログ、坂元裕二さんの『往復書簡 初恋と不倫』や太宰治氏の「風の便り」など、これまでも書簡体小説は取り上げて参りました。そういった話題もあり、ポラン堂古書店で手紙特集を、というのはずいぶん前から先生(店主)との雑談の中で企画されていたことでした。そうしてできた、楽しいコーナーとなっております。
文体の柔らかさだけでなく、ミステリーの要素や構成の技巧など、魅力をあげればきりがない書簡体小説。ぜひ、これを機会に、手に取ってくださる方がいらっしゃれば幸いです。