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フェスボルタ文藝部

書きかけて終わりたい(山内てっぺい)

2018.01.30 18:01

 週刊誌と呼ばれ人の裏の顔を暴いていた雑誌たちはすべて「狂人向け雑誌」というジャンルにされ、コンビニの「成人向け雑誌」コーナーの奥でしか買えなくなってからもうかなり長い月日が過ぎた。もう50年ぐらい経ったか。深夜3時、やる気のないバイト店員から狂人向け雑誌を買う。内容は今も昔も変わらない。昔はあれほど「紙の出版物がなくなるかもしれない」と騒いでいたが、狂人向け雑誌はその火種を絶やすことなく毎週毎週狂った内容を紙から発信し続けている。

 僕が狂人向け雑誌を買うようになったのは2年前、結婚してからだった。ずっとうわさにしか聞いていなかった大手狂人向け雑誌の出版社の社長令嬢が僕の妻だ。部数もたかが知れているのにどこから金が湧いて出ているのかと思うぐらいその社長一家は裕福な暮らしをしていた。当時売れない小説家だった僕になぜか惚れた令嬢のおかげで書きたい小説を書きたいだけ書けるようになった。きっとみんなが読み飛ばしている3ページほどの短編を僕は毎週書いている。別に狂人向けを意識することなくありふれたどこででも読める小説を書いてる。そこで得たお金で子供を3人育て、末っ子はもうすぐ高校を卒業する。


 「こんな書き出しの小説が売れると思うか?」と喫茶店の向かいの席でコーヒーを冷ましている山本が僕を呆れた顔で見ていた。書き出しだけではわからないだろうと反論しようとしたらすかさず「お前みたいな名もない作家が書く小説なんて書き出しが面白くなきゃ誰も読んじゃくれねぇぞ?」と早口で言った。分かっている。分かっているだけに素人のこいつに言われたことが胸に刺さっていた。ひたすら批評を続ける山本の言葉を耳に入れないようにして、もう一度読み返していた。面白いと思うんだけどなぁ。この後半の盛り上がりとか。オチの意外性もあるし。何よりこの設定が面白いと思うんだけどなぁ。

 「自画自賛し始めたら終わりだぞ」顔を上げると山本は笑っていた。声に出ていたみたいだ。「まぁ俺は応援してるよ。今日のコーヒー代も未来のお前への投資だな。じゃあ、またな。」そういうと山本は足早に店を出て行った。入れ替わるように、数分もたたないうちに奈南が店に入ってきて僕を探した。僕は手を挙げて彼女を呼んだ。なぜか必要以上に僕に惚れている彼女は大手出版社の社長令嬢だ。