セクシャルウェルネスブランド「Cosmos」の共同代表・古川さくらさんと考える日本のSRHR(性と生殖に関する健康と権利)
「SRHR」という言葉をご存知だろうか?「Sexual and Reproductive Health and Rights」の頭文字をとって省略されたこの言葉は、日本語では「性と生殖に関する健康と権利」と訳される。「SRHR」を啓発する国際協力NGO「ジョイセフ」のWebサイトによると、人が生まれながらに持つべき権利であり、すべての人の『性』と『生き方』に関わる重要なことと書かれている。
欧米先進国では90年代から大きく取り上げられ始め、避妊や中絶の権利のみならず、性暴力やジェンダーによる差別、性感染症など、性と生殖に関わる課題解決にとって必要な権利として広まってきた。日本は、各国に比べSRHRの実現が遅れていると言われている。今回は、この「SRHR」についても触れながら、セクシャルウェルネスブランド「Cosmos」の共同代表・古川さくらさんに話を聞いた。
どこの国にも生理について
「Shame」(恥)という考え方がある
日本での短大時代とカナダ留学を通して、ジェンダーやセクシャリティ、女性学について知識を深めてきた古川さくらさん。実はジェンダーに対しての関心は中学時代から持っていた。
古川さくらさん:中学時代から、男女で差別されない学校に行きたいという思いがあって、高校は女子校を選びました。女子校は男性の基準で評価されるということもないし、女性の中だけで成績もスポーツも評価されますから男女差別がないんですね。それを経て青山女子短期大学へ進学しました。女性が周りにいる環境が多かったので、短大時代も女性学を学で。女性と暴力、女性と宗教、そういう授業がたくさんあって、ずっと女性の権利ということをアカデミックに勉強していたんです。
カナダ留学中は、生理のスティグマ(偏見)についての研究をしている教授の元で、アシスタントをした経験も。世界のどこにいても生理のことをタブー視する風潮が根強いことを感じたそう。
古川さくらさん:カナダは移民が多いんですよ。国籍上はカナダだけど、バックグランドやアイデンティティは他の国にあるという友達が多かった。スキンカラーもそれぞれ違うし、親は英語を話せないという友人もいました。生理の話になると、友人同士ではオープンに話してはいるものの親との理解は深められないという話も聞きました。例えば幼少期にカナダ以外の国に住んでいるときは、生理はタブーなものだと教えられたとか、文化が違うとそういう考えがまだあるわけですね。カナダに住み始めても、考えをすぐにシフトチェンジできるわけではなく、本当に人それぞれです。
多様なバックボーンのある友人たちと一緒に過ごしていると、各国の特徴はそれぞれ出てくるし、生理の捉えられ方はどこの国でも「Shame」(恥)という考え方があると感じました。それを拭えたらいいんですけど、言葉でメッセージをしたり、アクションをしたり、いろんな方法はあると思いますが、生理をタブー視する社会自体を変えるというのはなかなか難しいことだなと思いました。
SRHRの認識だけでも
日本に広まればいい
カナダ時代は日本の状況をリアルに感じる機会は少なかったものの、日本ではSRHRの実現をはじめとして、ジェンダー平等が遅れていることを批判するようなニュースも目にすることが多かったそうだ。
古川さくらさん:リベラル寄りなメディアを選んで見ていたのもあるかもしれませんが、ジェンダー平等の観点から日本の文化や社会は批判されることが多かったですね。あとは英語で「日本・女性・問題」と調べると、女性の地位やジェンダー格差の問題を扱った記事がかなり出てきます。批判とまでは言わなくても、「日本はかなり遅れている」と書かれていることが多いですね。
帰国してからも、日本にはSRHRという言葉もまだ広がってもいないし、認識だけでも広まったらいいなと思いました。そこで、実際の日本はどうなのかということで、ジェンダーの視点、性教育の視点をもう少し勉強したいなと思って、SRHRやジェンダー平等の啓発に取り組む国際協力NGO「ジョイセフ」のピア・アクティビストの活動に参加したんですよ。
その活動の中で知り合ったのが、セクシャルウェルネスブランド「Cosmos」を一緒に立ち上げた性教育講師としても活動する橋本阿姫さんだ。「Cosmos」としては、オリジナルのプロダクトであるジェンダーレスコンドームケースを通して性教育を啓蒙。性別を問わずに性への関心を高め、性への偏見をなくすための取り組みを行なっている。
古川さくらさん:Cosmosの活動を通して、私たちが何かしらきっかけを与えられる存在になればいいかなという思いがありましたね。私は性教育というより、ダイバーシティだったり多様性の方を今まで大事にしてきましたし、自分の人生の中でもそれが一番重きを置いてきたところなので、Cosmosとしての活動でも、そこを押せたらいいなと思っています。
今、私は、外資のリクルーターの会社で働いています。テクノロジー系の会社では女性の割合は20%だけなんです。私たちの会社では、面接のときにトランスジェンダーの男性、女性が差別を受けるという状況に目を向け始めているんですね。たとえば、履歴書には、日本のスタイルだと男性か女性か◯をつけるじゃないですか。そういうものは海外にはまったくなく、写真も貼りませんし、苗字も書かない。そういうことに対して会社が取り組んでいたりするんです。今までCosmosでやってきたようなことを活かせたらと思います。会社に対してアドバイスだけでもできればいいですよね。
海外でSRHRや性教育が
進んでいる理由とは?
海外のSRHRや性教育への取り組み方からは、かなり遅れをとっている日本。この理由を、さくらさんはどう考えているのか。
古川さくらさん:日本には男性が優れていて、女性が劣っているという「男尊女卑」という言葉もあるから、歴史的にみてもそういうパワーバランスがある。たぶん、そんな文化的背景が大きな理由だろうとは思うんですけど。
これは私のひとつの考えなんですけど、海外でSRHRや性教育が進んでいる理由は、SRHRとか性教育とか、特定の分野が単体で広がっているわけではなく、D&I(ダイバーシティー&インクルージョン=多様性を受け入れる)という大きな括りで進んでいるんですよね。カナダもそうですが、日本以上に、いろんな国籍、人種の人が暮らしていて、いろんな色の肌の人がいるわけです。そこで生活するには、性教育だけじゃなく、多様性を受け入れることはもちろん、性別問わず人権などの個人の権利を守ることだったり、自分自身を大事にすることだったり……人が生きる上で根底にある大切なものを守っていくというのはとても大切なこと。そういう考えがD&Iを底上げしている感じがします。だからSRHRや性教育がうまく広がっているんじゃないでしょうか。
日本では、いきなりD&Iですよ、SRHRですよ、性教育をしましょうねとなると、人によっては最初の一歩に躊躇してしまうところがあると思うんですよ。でも、海外にいると近所にはアフリカ系、アジア系、いろんな人がいますからね。そういう環境で育つと多様性を受け入れないわけにいかないですよ。それに派生して、SRHRも推進されて、最終的には性教育にたどり着くのかなと思いました。
母体を持つ人の権利を侵害する
アメリカの中絶禁止法案
しかし、SRHRが進んでいると思われていたアメリカで、つい最近、時代錯誤ともいえるような中絶禁止法が一部の州で施行された。自由の国、アメリカでSRHRが侵害されていることに驚きを隠せないが、アメリカの隣の国、カナダ在住経験のあるさくらさんは、この事実をどのように受け止めているのだろう。
古川さくらさん:アメリカは、州によって昔から中絶禁止のところはあったし、昔から議論があったんですよね。なので、中絶禁止となったときに、「あぁ、やっぱりアメリカだな」という感じで、あまり驚きはありませんでした。政治的な力やパワーバランスがかなり動いたんだろうなと思っていました。ショックな部分は少なからずありましたが、それはアメリカの文化だったり、アメリカの政治的背景、歴史的背景というのもあるので、私的にはそんなに驚かず。アメリカにもリベラルな人たちは多いかもしれないけど、実際のところリベラルな人たちの意見というのは通りにくかったのかなと、ニュースを見ていて思いました。
ただ、禁止法令を出すと、どんな理由であれ、妊娠して中絶を選ぶ人は「犯罪者」という括りになってしまうので、母体を持つ人の権利が侵害されていると思います。法律で縛るのはある意味有効的な部分もあるのかもしれないけど、例えば麻薬のようなドラッグと同じで、それを禁止する法律を作ることで犯罪率が下がるかと言えばそうでもないわけですね。むしろ犯罪率が上がっていくこともある。
私はかつてマリファナが合法なカナダに住んでいましたが、カナダでは、マリファナを合法にすることで犯罪率が下がって、逆説的なことがしっかり作用していました。
中絶が禁止になったことで、流産をした人までも自然流産か、人工流産かを調べられるというニュースも報道されている。自然に流産をした人にとっては、悲しみのどん底の中でそのような取調べを受けることは、あまりにもむごい。
古川さくらさん:そういうことは、法律的に守られていないとセカンド・レイプのようになりかねないですね。流産にしても、身体的ダメージが大きいのに……。彼女たちの身体的なダメージだけでなく、メンタルヘルスへのサポートもこれからアメリカでは課題になっていくのではないかと感じます。アメリカは比較的、メンタルヘルスは進んでいるとはいえ、アッパークラスだけのメンタルヘルスが向上しているという風に私は思っているんですね。低所得者層へのサポートは欠如していると感じます。どういう立場の人にとっても、制度や配慮が滞らないようにしなければいけないですね。
今回のアメリカの中絶禁止法案は、保守派の意見で推進された。同じく、保守政権が政治を動かす日本は他人事ではないのかもしれない。こういった中絶禁止の流れや、SRHRや性教育が推進されないことは政治と繋がっている。ジェンダー平等や多様性が広がらないことも然り。
古川さくらさん:女性だけの問題ではなく、性別を問わずSRHRはもちろん人権全体を守るためにも、政治と私たちの人権やSRHRは繋がっているという認識を持つことは大事ですよね。そういう面で、政治をガラッと変えるのは難しいかもしれませんけど、私たちのような若い世代の一人一人が投票という権利を行使して、意思表示をして変えていけたらいいと思います。メディアやSNS、いろんな意見がある中で、それに如何に左右されずに自分自身でしっかり考え、確かな情報を見極めてアクセスし、自分の意見、意思として行動することが大事だと思います。
「性と生殖に関する健康と権利」=SRHRの実現を妨げるのは、古くからの文化や慣習、アンコンシャス・バイアス、国家や政治家、宗教と言われる。これらは人権問題や多様性を受け入れるという観点でも障壁になっていることが多い。SRHRが日本に浸透するには、もう少し時間がかかりそうだが、そこであきらめず、一人一人ができることをコツコツ積み重ねるだけでも、社会は少しずつ変わっていく。さくらさんにとっては、それがCosmosでの活動であり、ジェンダーレスコンドームケースをきっかけにして、性教育や多様性を訴えかけることだ。
Think Of US Projectとしても同じようにコツコツと、SRHRや性教育を広めるだけでなく、女性特有の病気についての啓発を行なったり、弱者が生きやすい未来に一歩ずつでも近づけるような活動をしていきたい。
構成・文:大橋美貴子 人物写真:金山裕一郎
Profile
古川さくら(ふるかわ・さくら)
Cosmos共同代表。宮城県仙台市出身。青山女子短期大学にて現代教養の中で女性学を学んだのち、カナダのカレッジに留学。2年半に渡ってジェンダーやセクシャリティ、女性学についての知識を深める。4年間の海外生活では、大学教授の元で生理についての研究員として働く傍ら、性被害に苦しむ女性たちのシェルターなどでボランティア活動を行う。帰国後、志を同じくする橋本阿姫さんと出会い、セクシャルウェルネスブランド「Cosmos」を立ち上げ本格的にコンドームケースプロジェクトを始動。
Cosmosオフィシャルインスタグラム https://www.instagram.com/__cosmosofficial/
●ジェンダーレスコンドームケース(Cosmos)
スライド開閉の蓋は紛失の心配もなく、片手でもスマートに開けやすい。中に何が入っているかも見えにくく、手にも馴染みやすい木製。コンドームを持ち運んだり保管するだけでなく、ピルケースやアクセサリーケースとしても使える。
4250円(税込)
詳細・ご購入はこちら→https://femma-official.com/products/cosmos-condom-case
INFORMATION
Think Of US Projectのメンバー、タナカナミが主催する「おっぱい展 2022」にCosmosの参加決定。ジェンダーレスコンドームケースを実際に手にできる!
おっぱい展 Nami Tanaka Exhibition「OPPAI=TABOO?」
開催日程 7月30日(土)~8月5日(金)
10:00~18:00(初日13:00~18:00/最終日10:00~17:00)
会場:COMI×TEN Café
(福岡市中央区大名1丁目12番5号 アペゼビル2F)
入場料:高校生以上500円(おっぱいガチャ1回付)
チケットをお持ちの方は会期中何度でも入場可/中学生以下無料
◆おっぱい展の詳細はオフィシャルホームページにて