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空想都市一番街

『僕』とレナ⑧

2022.07.22 13:45

「すみません、楽しい日にこんなことになってしまって。私、父と少し仲が悪くて。さっき乱暴に早く帰るように電話がきて、ちょっと感情が乱れてしまったんです。…でももう落ちつきましたから、大丈夫です。ありがとうございました」


レナさんがみんなに言った。

表情はさっきより柔らかいけど、大丈夫じゃないことは分かっていた。


彼女は父親から身体的、性的虐待を受けている。


今の人生で彼女の口から聞いたわけではないけど、僕は何度も生き死にを繰り返しながら、彼女を取り巻く事情を知ったのだ。


その父親こそが、全ての運命の元凶。


「お父さん乱暴な人なの?レナ今日は私の家に泊まったら?」


すばるが心配そうに言う。


「う、ううん!帰らないと、またうるさくてめんどうだから。ありがとうすばる」


また作り笑顔をする。絶対に帰さない。僕はどうやって彼女を引き止めようか考えていた。


「ねえ、レナちゃん。ちょっといいかしら。あなたに相談があったのよね。ちょっと一緒に来てくれる?」


母さんが警戒させないような穏やかな顔で言って、レナさんの手を取って自然に隣の部屋へ誘導する。

何をする気だろう?


父さんとシュリはあえて気にしないように話をしているし、タクヤさんは片付けをしている。


すばるはポカンと部屋を出ていく2人を見送った。


「ねえナギ、愛美さんの相談ってなにかな?」


「うーん、僕も分かんないけど…」


母さんは教師だ。きっとレナさんの異変に勘づいたのかもしれない。


僕たちはタクヤさんの手伝いをしながら待つことにした。



隣の部屋にて。


「レナちゃん。あなたにとって辛いことを聞くことになるわ。でも大丈夫よ。私は味方よ。

あなた、お父さんから虐待を受けてるわね。」


愛美はレナの両肩に優しく手を置く。


「…なんで、分かるんですか?」


震えるレナの顔を優しい眼差しで愛美はまっすぐ見つめる。


「私には、あなたと同じ目に合っていた親友がいたの。ちょうど今のあなたと同じように怯えていた。だからわかったの。前からもしかしてと思っていたわ。」


「…そう、ですか…」


「レナちゃん、怖い思いたくさんしたから逃げ出せなくなってると思うけど、私はあなたに安全な場所を提供出来る。あなたを守るシステムがちゃんと整ってるわ。だから安心して逃げてきてちょうだい。いいわね。あなたを大事にするのよ」


愛美の言葉にレナは堰を切ったように泣き出して、愛美はその体を強く抱きしめた。


「よく頑張ってきたわね。もういいのよ。幸せになりましょうね」


愛美の胸の中でレナはうなづいた。




母さんとレナさんが僕らのところに戻って来ると母さんは

「今日からレナちゃんはうちに住むことになったから、みんなよろしくね」と微笑んだ。


僕もすばるもポカンとしたけど、それが1番だと思い喜んだ。


シュリも父さんもタクヤさんも同じ思いだったようだ。


そしてその日はすばるとタクヤの家を後にし、僕ら一家とレナさんは僕のうちに帰った。


「タクヤさん、もしかしたらレナちゃんのお父さんがここを知っていたら来る可能性もあるわ。戸締りに気をつけて。警察には私から通報しておくから」


手慣れた様子で母さんが動いている。


「うん、分かった。手荒なことはしたくないけど…もし来たら捕まえておくよ」


「タクは空手黒帯だからね。でも気をつけてね。すばるちゃんもタクから離れないように」


父さんに言われて、すばるがほんわり頬を染めて「うん」とうなづいた。


「私たちは今から本宅の方に帰るわよ。シェルターの役割も出来るように建てたから、セキュリティも万全よ。ハウスキーパーも警備員も常駐してるから、レナちゃん、何も心配いらないわよ」


母さんがなんかの映画の女スパイみたいにやりての女に見える。


僕たちの家は普段父と母が暮らしてる小さな家と、本宅と言われてる豪邸がある。

(僕が死ぬ前…ループに陥る前は、僕とシュリとすばるは大学に近いシェアハウスで暮らしていた。)


本宅は僕らが小さい頃はみんなで住んでいたけど、父母2人には広すぎるので、イベントなどの時だけ使っていると聞いていたけど…こんな風にシェルターとしても使っていたとは全く知らなかった。


「愛美さんのライフワークがまた役に立つね。身近な人の助けになってよかった。」


「母さんのライフワークって?」


シュリが車の中で尋ねる。僕もそれは知らない。


「日常で虐げられている人たちに逃げ場を提供して、幸せに生きるお手伝いをすることよ。」


「ふうん…母さんがそんな活動してるの、知らなかったよ。」


「守秘義務があるからね。貴方達、レナちゃんのこと誰にも教えないこと。わたしたちで守るのよ」


いつになくピリッとやり手な母の言葉に僕もシュリも背筋が伸びて

「ハイッ」と答えていた。


その時、いつのまにかいなくなっていたアオの声が頭の中に聞こえた。


『よかったねナギ。彼女の苦しみは一つ解決しそうだ。1人じゃ出来なくても、仲間がいれば出来ることってたくさんあるんだよ。

君は今まで孤立していた。1人で頑張らなきゃって思ってたんだね。でも、誰かといるのもいいもんだろ。』


頭の中で僕は、うん。そうだな、と答える。


『あと一つ。彼女の死の運命。だいぶ良い方に進んでるけど、それだけはまだ気が抜けないね。気をつけて。』


アオはそう言ってどこかへ行ってしまったようだ。


まだ気は抜けない。


レナさんを守って幸せにする。ループはここで終わりにするんだ。

僕は強く思った。