「どんどん」と
「ほどほど」

413時限目◎その他

堀間ロクなな

　安倍元首相銃撃事件のキイワードを論じた前回の記事のつけ足しとして。

　安倍氏の国葬が実施されることが決まり、さまざまな意見が飛び交っているようだ。わたしはそうした議論に加わるつもりはないけれど、首相在任期間の最長記録を誇るのだから国を挙げての葬送を受ける資格は十分あるだろうし、他方で、最後まで老成とは無縁のヤンチャな人となりが持ち味だったことからすると格式張った儀式など似合わない気もする。

　この週末の7月23日（土）、東京・立川市のたましんRISURUホールで『ザ・ニュースペーパー』の公演が行われたのに馳せ参じた。男性コメディアン9名によって時局の話題を笑い飛ばすことで知られる社会風刺コント集団が、このタイミングでどんなパフォーマンスを繰り広げるのか、怖いもの見たさに惹かれたのはわたしだけじゃなかったらしい。約1200席のホールはほぼ満員の状態だった。

　幕が開くなり、ステージには安倍氏の笑顔の写真が映しだされ、背広姿の福田ヒデが大股でやってきた。これまで16年間にわたって安倍氏を演じてきたというだけに、鼻から抜ける甲高い声も、落ち着きなく上半身を左右に振る仕種もそっくりだ。きょうわたしがみなさんにお伝えしたいのは、と演説がはじまった。

　アベノミクスでもアベノマスクでもありません、防衛費の増額でも憲法の改正でもありません、生きていることが大事だということです（客席から忍び笑い）。去る7月8日、私が凶弾に倒れた日にはどのテレビ局も特番を流しましたが、テレビ東京だけは夜7時から『ポケモン』をやりました（場内爆笑）。いや、私は責めているのではありません、お子さんたちには特番なんか面白くないでしょう、『ポケモン』で子どもたちを笑顔にしてくれてありがとう、とテレビ東京に言いたいのです――。

　もちろん、ジョークとはわかっている。しかし、このときわたしの他にも、かつて安倍首相在任中の総選挙で応援演説に立川駅北口へやってきた際の光景をよみがえらせた来場者がかなりいたのではないか。あるいはまた、テレビの画面越しに、リオ・オリンピックの閉会式で『ポケモン』ならぬ『スーパーマリオ』に扮した安倍氏の照れた表情を思い浮かべた者も……。にわかに湧き起こった拍手は、ステージの福田ヒデというより、天上に旅立った安倍氏に向けられたもののように感じられた。安倍政治に対する肯定・否定の立場の違いを超えて、だれもがひとつになって。これ見よがしの格式張った儀式よりも、こうして和やかに思い出話に花を咲かせる集まりのほうが、安倍氏にはふさわしいのかもしれない。

　このあと、福田ヒデはかつて安倍氏と面会して、本人を前にものまねを演じたときのエピソードを披露した。やりにくいなかで演技が済むと、おれはそんな話し方をしているかな、と不満そうな顔をしたが、これからもものまねを続けさせてもらっていいですか、と尋ねたら、どんどんやってください、ただし、ほどほどにね、と応じたという。どっちだったの？　と首をかしげてもう一度笑いを取ったところで、安倍氏を偲ぶ一幕は結ばれた。

　なるほど、わたしはひとり合点した。「どんどん」と「ほどほど」が安倍氏のモットーだったのだろう。どんどんでもあり、ほどほどでもある。それは、名門の政治家一族に生まれて幼いころから身につけてきた処世術であり、かつ、政治家の人生が宿命づけられている以上、非業の最期に終わりかねないことへの覚悟の仕方でもあったろう。それが現実となってしまったいま、もし本人に葬儀のあり方を問うことができたなら、やはり苦笑いを浮かべて、どんどんやってください、ただし、ほどほどにね、と答えるのではないか。