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七枝の。

怪談台本/「ママ」(不問1人)

2022.07.25 05:58

〇作品概要説明

1人用朗読台本。ト書き含めて約4000字。飲み会の席で、彼は「ママ」について語り始める。


〇登場人物

俺:設定上男だが、改変可能。社畜。


〇ご利用前に注意事項の確認をよろしくお願いいたします。

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作者:七枝


本文




〇新入社員の歓迎会。


俺:(わらう)あ~おかしい。いや、みなさんホントおもしろいですね。あはははは!はぁ~たのしい。俺、こんなに笑ったの久しぶりですよ。あ、酒?すいません、ありがとうございます。俺も注ぎますね。……もういい?そうですか。すいません。


俺:……ここはいいところですね。皆さん優しいし、丁寧に教えてくれるし。俺、こんな楽しい気持ちになったのいつぶりだろう。……大げさ?そんなことないですよ。本当です。信じてくださいってば。前の職場なんかひどくって。……ああ、こんな話、しないほうがいいですよね。すいません。


俺:話してみろって?う~ん、面白い話じゃないですよ?……はは、ありがとうございます。……じゃあ、愚痴だけ言うのもなんですから、前の職場であった不思議な話をしますね。大した話でもないんですけど。……あ、はい。すみません。ちゃんと話しますって。


俺:(咳払い)これは、俺が実際に体験した話です。


〈間〉


俺:前にお話しした通り、前職は小さなゲーム会社に勤めていました。ゲームといっても、新しいハードウェアの開発~なんて、華々しいものではなく、専門はアプリです。そう、今はやりのソーシャルゲームってやつ。あれの下請けです。戦闘の動きとかマップ移動時の挙動とか、そういうのを……ああ、詳しい話はやめときましょう。ともかく、朝から晩までパソコンにかじりついて、ひたすら納期に追われる仕事をしていました。


俺:なんせ小さな会社です。さらに社長は、ワンマン気質。平社員に人権なんてありませんでした。毎朝5時に出勤して、帰りは終電、ないしそのまま帰社せず宿泊~なんてのもの当たり前。仮眠室なんて上等なもんはないから、俺たち平社員はいつもデスクの下で寝てました。知ってますか?体温下がってるときは、足伸ばすより丸くなると楽になるんですよ。おかげでいつも肩こりすごかったですけど。へへ。


俺:……逃げようとは思いませんでした。考えつかなかったというほうがいいかな。納期が終わった~と思えば、次の納期がある。その納期が終わったと思えば次の納期が。体調不良で休みたいと言った社員は、みんなの前で叱責されました。寝起きのふらふらした頭に大声出されると効くんですよね。……それが俺、なによりも嫌で。怒る社長も、怒られるようなことをする同僚も、全部いやでした。仕事さえしてれば、静かで、平和でいられる。そう思ってて。


俺:……はい。大丈夫です。今はこうして皆さんと楽しくお仕事してますから。ホント、感謝してるんですよ。……はい、大丈夫です。ありがとうございます。


俺:それで……だからそう、死んだように仕事してました。会社の奴らみんな同じでした。ゾンビみたいにパソコンの画面みつめて、毎日毎日仕事だけしてました。でも、そんなことが続けば、イカれてくるやつがいたんですよね。突然泣きさけんだり、笑いだしたり。脳がバグった、って俺らは言ってたんですけど。……限界だったんですねぇ、あはは。


俺:ある時、そのバグった奴が、ふと思いついて言ったんです。「おれたちにはママが必要だ」って。


俺:あは、笑っちゃうでしょう?なんでそんなこと言い出したんだって思うでしょう?でもその言葉聞いて俺らみんな「そうだな」って納得したんです。「どうして気が付かなかったんだろう」って。母親のぬくもりっていうか、無条件で褒めてくれる存在がほしいよな、って話になって。


俺:それで、仕事しながら皆で話し合って、「ママ」をつくることにしたんです。俺たちの理想のママ。つかれたでしょう?ってホットミルクつくってくれて、デスクの下で子守歌を歌ってくれる。ケバイ香水の匂いじゃなくて、せっけんの匂いがして、声をかけると笑顔で返事してくれる存在。


俺:チームで一番絵の上手いやつに、ママの絵をかかせました。それが不思議なほどにみんなのイメージと一致してて。全く反対意見でなかったなぁ。みんな一目みていいましたよ、これが「俺たちのママだ」って。


俺:それからそのママの絵を、それぞれクリアファイルにいれてデスクに飾りました。……本物の家族?……そんなもんがいたらあんな会社早々にやめてますよ。


俺:おれたちは社会の残り物でした。できそこないの失敗作。だからいつまでたっても仕事が終わらない。……でも、「ママ」はそんな俺たちを見守ってくれている。……なんて。今思えば笑っちゃいますけど。その時はみんな、そんな妄想に浸りました。


俺:朝、会社にくると真っ先にママの絵にあいさつするんです。たまにもらえる休憩時間で、それぞれママにどんなことをしてもらったか、自慢しあったりもしました。ドーナツをもらった~とか、進捗が進んだのをほめてもらった~だとか。……もちろんでっちあげです。ドーナツだって自分で買ってきたものなのに。頭おかしいですよね。


俺:最初は、冗談のネタのひとつだったんです。ほら、内輪で理想の女性像を話し合うことってあるじゃないですか、そんな感じで。「ママ」にしてもらいたいことを話していく。そうすると、すっと頭が冴える感覚がしました。一種のストレス発散だったのでしょうね。共同の妄想話をして、現実逃避してたんだと思います。……そんなことが、一ヶ月ぐらい続きました。


〈間〉


俺:ある日のことでした。その日も日付が変わるまで残業で、10分だけ仮眠をとろうと机に突っ伏しました。暗いオフィスの真ん中で、ぽつりぽつりと電気がついていて、そんなとき、ふっと――音が消えたんです。


俺:最初、俺の耳がおかしくなったんだと思いました。それまでもよくあったんです。耳鳴りがしたり、急に音が聞こえなくなったり。ストレス障害の一種です。だから、ああまた来たか、ぐらいの感覚でした。


俺:しばらくして女の人の声が聞こえました。低めの甘いハスキーボイス。子守唄だな、って思いました。「ママ」が俺のために子守唄を歌ってくれてる。「ママ」が応援してくれるんだな……って何故か自然にそう考えてて。


俺:はっと目が覚めると、手元にあった仕事が片付いてました。きっと、自分で無意識に片づけたんだと思います。でもその時の俺は、なぜか「ママ」が手伝ってくれたって思いました。「ママ」は本当にいる!俺たちを、俺をあいしてくれてる!!って。もちろん、次の日同僚に自慢しました。俺の「ママ」は凄いんだぞって。


俺:……もしかしたら、自分でも本格的におかしくなってきてるってことに、気づいてたのかもしれません。それで、いい加減にしろよ、って言ってほしかったのかも。でも同僚はそうは言いませんでした。彼は言ったんです。「俺の方がママに愛されてる」って。


俺:それから他の同僚からも、沢山の話を聞かされました。給湯室でママにミルクをいれてもらった話、デスクの下で休んでたら毛布を掛けてもらった話、コピー中に頭を撫でられたってやつもいたかな。そいつ185以上ある大男なんですけど。お前のママはどれだけでかいんだって話ですよね?はははは。


俺:……はじめは、また冗談言ってるって、そう思ってたんですけど。そうだった、はずなんですけど。……みんなテンションがおかしいんですよ。目がマジだっていうか。口調もやけに熱がこもってて。


俺:誰も、笑ってませんでした。そのうち、上司にみえない「ママ」がフロアにいることは俺たちの共同認識になってました。気休めの、軽いお遊びのはずだったのに。「ママ」にしてもらったことも子守唄とか、お茶くみとかそんなものじゃなくて、どんどん過激になっていって。


俺:……え?どんなことって……あ、ああ。そういうことじゃないですよ。「ママ」はあくまで「ママ」ですから。そういう性的なことじゃないです。なんていうのかな……始めは、ちょっとしたことだったんです。


俺:例えば、上司がいきなりフロアで転んだりするとですね、誰かが言うんです。「あれはママが上司をこらしめたんだ」って。


俺:上の階から植木鉢が落ちたら「ママがやった」階段でおちかけたら「ママが押した」上司の私物が壊れてたら「ママが怒った」みたいにね。


俺:ああ、もちろん俺らの誰かがやったわけじゃないですよ。前の上司、結構ドジの多い人だったんです。納期間際にうっかりコンセント引っこ抜かれた時は、ほんと参りましたよ。あはははは、は。


俺:それでね、そういうことが続くうちに俺も怖くなってきちゃって。しまいに誰かが言い出す気がしたんですよ。「ママが上司を消してくれる」なんてね。


俺:……そんなことあるはずないんですけどね!普段は気のいいやつらです。納期につづく納期でちょっとストレスたまって、馬鹿な遊びに本気になっちゃっただけなんです。そんなこと、あるはずがないです。……ええ。それ以上特におかしなことはありませんでしたよ。当然でしょ?


〈間〉


俺:ま、そういうわけで精神まいって仕事やめたんです。逃げ出しました。しょーもない話でしたね。……ああ、いいんです、終わったことだから。同情してくれてありがとうございます。ははは。でも今、こうして皆さんと呑めて救われてます。今日は俺なんかのために歓迎会ひらいてくれてありがとうございました!


〈長めの間〉


俺:……先輩?どうしましたか?……話の続き?……そんなのありませんよ。俺、逃げ出してきたって言ったでしょう?何も知りません。……え、前の会社にご親類の方が?………ああ、確かに部長は俺の在職中、亡くなられましたけど。でも、持病が悪化して仕方なかったんです。倒れた時ちょうどだれもいない会議室にいらしたから。……ええ、お気の毒なことですよね。残念です。



俺:……サクラを頼まれたやつがいた?「ママ」の遊びに?…………先輩のご親類ってあいつですか。うん、そうです。確かに、最初に言い出したの、俺です。盛り上げ役も同僚に頼みました。みんなに気晴らしを提供出来たらな、って思って。……さっきの話でも、そう言いましたよね?……え、違った?……あ~そうだったかな。すみません、酒の席だから。面白く聞かせようとしてちょっと嘘言っちゃったかも。ご不快でした?……そうですか。うん、気を付けます。ありがとうございます。……なんですか、まだ何か?


〈間〉


俺:……ですよね。ないですよね。……よかった。集団の悪意っていつ生まれるかわかりませんから。昔の話なんて掘り返しても仕方がないじゃないですか。ね、そうでしょう?お互い気をつけましょうね。へへ、教訓みたいになっちゃいました。


俺:じゃあ、今後ともよろしくお願いします。先輩。


〇おしまい