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七枝の。

台本/迎えにいきたい(男1)

2022.07.25 06:40

〇作品概要説明

1人用朗読台本。ト書き含めて約3000字。不遇な生い立ちの男が、幼馴染を口説くシチュエーション台本。


〇登場人物

皐月:飲食店勤務。専門大学生。


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作者:七枝


本文



皐月:今となっちゃあ笑い話だが、俺はあんたのことをずっと神かなんかだと思ってた。


皐月:ああ、いい。何も言わないでくれ。俺だって今のあんたみてそんな幻想抱いてるほど夢見がちなガキじゃない。

皐月:ただ単に、刷り込みちゅうもんは、こわいなって話だよ。な?わかるだろ?


皐月:知ってのとおり、俺はお世辞にも立派な暮らしをしてたといえるガキじゃなかった。毎日毎日ひもじくて、なにか喰えるもんをさがしていた。

皐月:なんせ物心ついて一番最初の記憶は、天井で揺れる母親だ。


皐月:世間のガキがゆりかごの中からくるくる回るおもちゃを眺めてたころ、俺はクルクル回る母親の死体を眺めてたってわけ。笑えるだろ?

皐月:……笑えない?うっぜ、ジョークだよ。真面目にとんな。


皐月:まぁ、そんなわけで俺は母親の親類を名乗るばーさんに引き取られた。このばーさんがこれまた偏屈なクソババアで、子どもをいたぶるのが大好きな変態だった。


皐月:ふつう4歳のこどもに一晩中家事させるかぁ?しかもノルマをこなさなきゃ飯抜きだ。

皐月:朝日が出て近所の子らが遊びに出るころには、へろへろで、だから俺にダチなんて1人もできなかった。作らせる気もなかったんだろうな。俺を孤立させて惨めにさせたかったんだろ。あのババアが考えそうなことだ。


皐月:義務教育が始まる6歳のときまで、俺の世界はババアと薄汚ねぇ納屋しかなかった。庭には、でっかい犬と鶏が住んでいたが、鶏はつついてくるし、犬はババアのお気に入りで、俺をみたら追っかけまわすよう躾けられてたから、むしろ敵だった。


皐月:だから、俺がはじめて外に出たのは小学の入学式のときだ。

皐月:俺はそこではじめて、ババアと母親以外の人間を認識した。

皐月:だだっぴろい、ガキがうごめく空間にぽんっと放りだされて、わけもわからず恐ろしくてふるえていたのを覚えてる。


皐月:そんときだった。

皐月:声をかけてきたやつがいた。そう、あんただ。


皐月:俺はそれまでヒトの笑顔というのをみたことがなかった。ババアは笑うという感情と無縁な妖怪だし、母親の記憶は死に顔しかない。だからあんたに笑いかけられた時、最初威嚇されたのかと思ったよ。唇つりあげてさ、目を細めて。あんた俺にいったんだ。


皐月:だいじょうぶ?って。


皐月:んで、飴玉をさしだしてきた。今でも覚えてるよ。りんご味だった。俺は後にも先にもあれほど美味いもんを喰ったことがない。はじめてだったんだ。甘いもん食べたの。

皐月:あんたは俺がおっかなびっくり食べるのをみながら、歯ぁむき出して言った。

皐月:わたしがそばにいるからだいじょうぶだよって。


皐月:んで、純真無垢だった俺はその言葉に感動したんだ。ちょろいだろ。でも、そんなもんだよな、人なんてよ。……ん?なんだぁ?おねぇちゃんの真似だった?


皐月:どうでもいいよ、そんなん。言葉の内容の問題じゃねぇ。いつだれが言ったかが重要なんだ。とにかく俺はその言葉を信じた。その言葉であんたに心酔した。

皐月:翌日から犬のようについて回る俺をみて、あんた随分困ってたっけか。なんていっても人との距離感なんてわからねぇガキだ。ずいぶん失敗もしたな。

皐月:喧嘩もしたし、教師にかみついたりもした。あんたと一緒にいる為に、人の殴り方を覚えた。逆効果だったけどな。あと言葉も覚えた。自分というものも知った。


皐月:あんたが家族に愛されたいいとこのお嬢さんで、俺はしみったれたババアに引き取られた親なしの私生児だってこともわかったよ。

皐月:だがそれがなんだっていうんだ?どうして外野に五月蠅くいわれなきゃならない?俺に離れろっていう権利があるのは、あんただけだ。俺とあんたの問題だろ。


皐月:とは言ったものの……身分違いだってのはわかってた。だから今までずっとあんたに手をのばさなかった。あんたはお姫様だ。穢しちゃならねぇ聖域だ。そう思ってた。馬鹿みたいにな。俺はずいぶん我慢したろ?


皐月:なに?……教師からは世話を頼まれ、親からは離れろといわれ大変だった?じゃあなんで俺にそれを言わなかった?怖かったか?殴られると思ったか?


皐月:…………そうだな、違うよな。あんたはずるい女だ。いままでずっとそうやって被害者ぶって、俺を悪者にしてたんだろ。計算高い嫌なやつだ。ずいぶん長いこと騙された。


皐月:中学を卒業して、あんたが高校に進学すると、俺は嫌でもあんたから離れるしかなかった。仕方がなかった。あのババアに俺を進学させる甲斐性があるわけがない。

皐月:昼間はラーメン屋でバイトして、夜は高認とるために勉強した。あんたが言ったからだ。俺に勉強しろって。これから一緒にいたいなら、もっともっと勉強して迎えにこいって。


皐月:なぁ、こうやって言葉にしたら、俺めっちゃ健気じゃねぇか?忠犬ハチ公も土下座して泣き叫ぶレベル。だってこの時点であんた、なんの約束もしてくれなかったもんな。迎えにこいっていったきり放置。俺があせくせ働いて勉強している間、あんたは高校生活謳歌してたっていうのによ。


皐月:ああ?たまに休日会ったじゃない、って?あんたそれでつりあってるってマジで思ってんの?どこまでお姫様きどりなんだよ…………いや、姫様扱いしてたのは俺だけどよ。(溜息)


皐月:……嫌々ながらも社会にでて、バイトとはいえ働けば、あんた以外の優しい人間なんてごまんといた。ラーメン屋の大将にはずいぶんよくしてもらったよ。何もできねぇ俺にイチから根気強く指導してくれてさ。あんたに会えねぇ休日に図書館に行ったら、勉強おしえてくれるやつもいた。


皐月:ありきたりな台詞だけど、世界は広い、ってことがわかったよ。あんただけじゃないんだ。俺を助けてくれるやつはさ。気づかなかっただけなんだ。あんたを思って過ごした3年間は、あんたを忘れる3年間でもあった。



皐月:…………あんたは、どうだった?俺のいない3年間はたのしかったか?

皐月:……いや、いいよ。顔みりゃわかる。あんたにとっても必要な3年間だったんだろ。つらかったか、常に自分を肯定してくれるやつがいない3年間は?気楽だったか、お荷物のいない3年間は?俺達、だんだん休日に会うこともなくなっていって、受験がはじまってからは、丸っきり連絡もなかったな。こんなに距離があくことなんて、出会ってから初めてだった。……俺も、その間いろいろ考えたよ。色んなことをな。あんた以外のことも。


皐月:………………


皐月:俺さ、いま専門通ってるんだ。料理学校。レストランでバイトもしてる。卒業したら、国外に修行しにいくつもりだ。やりたいことができたんだ。あんたの傍にいる以外に、目標をみつけた。あんたは?今大学に通ってるんだろ?その後はどうするんだ?


皐月:ああん?まだはやいって?なんだそりゃ。時間なんてあっという間だろ。しっかりしてくれよ。俺に迎えにこいっていったときの気概はどうしたんだ?


皐月:…………ああ、そうか。うん。ははっ、黒歴史か。……そうか。


皐月:あのさ、あんたの受験が終わったら言いたかったんだけどさ、


皐月:…………いや、いいわ。やめとく。

皐月:ん?言ってって?…………やだね。あんたにはもったいない。あんたはもう俺の神様じゃないんだ。どうするかは俺が決めるよ。



皐月:…………それでも言ってほしいって?


〈間〉


皐月:じゃあ次会うその時まで、俺がそれを言いたくなるぐらいの女になってくれよ。じゃなきゃ、俺の頑張りに見合わないだろ。なぁ?


皐月:……おう。いい女になって、迎えにいかせてくれよ。…………待ってる。


〇終了