生命の樹
https://ranyokohama.amebaownd.com/posts/8284818/ 【カバラ「生命の樹」=10個のセフィロト】
https://www.amorc.jp/201802231710_1713/ 【カバラと生命の樹について】より
さて、私はキリスト教徒でもユダヤ教徒でもありませんが、旧約聖書のいくつかの部分を読むと、物語として面白いだけでなく、解くべきいくつもの謎が秘められているように感じます。
たとえば、ほとんどの方が知っている有名な話だと思いますが、アダムとイブは、蛇にそそのかされて、楽園の中央にある禁じられた木の実を食べます。その結果、恥ずかしさと善悪を知るようになります。
そして神は、二人がさらに、楽園に生えている「生命の樹」の実を食べて、永遠に生きるものになるおそれがあると考え、アダムとイブを楽園から追放します。
表面的に見ると、ヘビが地面を這い、女性が出産のときに苦しみ、食物を得るために人は働かなければならないということを説明した神話的物語です。
しかし、皆さんも、この物語の背後には何か重大な謎が隠されていると、直観的に感じるのではないでしょうか。
聖書に書かれている話を文字通りの事実と考える立場を根本主義(fundamentalism:ファンダメンタリズム)と呼びます。
私は根本主義者ではないので、人類の祖先がアダムとイブという一組のカップルだとは考えていません。そして、いったいこの話は、何の比喩なのだろうか。作者は何を伝えようとしているだろうかと、強い興味を感じます。
皆さんは、どうでしょうか。特に、「生命の樹」とはいったい何だとお考えになるでしょうか。
アダムとイブの話が出てくるのは、旧約聖書の最初の書『創世記』です。旧約聖書の最初の5つの書には、古代イスラエルの指導者モーセが書いたという言い伝えがあり、「モーセ五書」と呼ばれています。
モーセ五書は、別名では「トーラー」、「律法」もしくは「法」(Law)と呼ばれ、ユダヤ教を信仰している人の多くは、まさに神の声にあたると考えています。一方で興味深いことに、ユダヤ教には伝統的に根本主義とは反対の立場があります。
「〈法〉と〈法の魂〉と〈法の魂の魂〉がユダヤ教には伝えられている」という言葉にこの立場のことがよく表されています。
つまり、ユダヤ教には、トーラーという神話と行動規範(法)があるだけでなく、その背後には哲学(法の魂)と、秘伝思想(法の魂の魂)があると考えられているわけです。
この秘伝思想がカバラと呼ばれています。
カバラとは、文字通りには「受け取られたもの」を意味します。カバラは最初、ほんの一部の人に口伝で伝えられるだけだったのですが、後に文書として書き表されるようになりました。
そのうちでも、最も古く基本的であると考えられている文書に、『セーフェル・イェツィラー』(形成の書)があります。この書は西暦2~3世紀ごろに成立したと考えられており、この世界がどのように創造されたかということが凝縮された形で表されています。
参考記事:『カバラ・ハンドブック』
セーフェル・イェツィラーによれば、世界の元になったのは、神の思考(アイン)と神の言葉(アイン・ソフ)と神の行為(アイン・ソフ・オウル)です。
そして、“流出”というできごとが10回起こり、最も精妙な「ケテル」(Kether:王冠)から始まり、最も物質的な「マルクト」(Malkuth:王国)までの10個のセフィロトと呼ばれるものが、そこから出現したとされています。
「セフィロト」(sephiroth)という語は、「数の流出」を意味しています。
“流出”は、やや分かりにくい考え方なので、その説明には、建築がたとえとしてよく使われます。
建物には、その設計図があります。そしてその設計図は、建築家の心の中にある構想を元にして書かれたものです。ですから、建物が造られるときには、構想、設計図、建物という流出が起きて、抽象的で精神的な原因から、具体的で物質的な結果が生じると考えられます。
これと同じように、世界の創造では、神の思考と言葉と行為から流出が起き、抽象的な精神的な世界がいくつも形成され、段階的な具体化が起こり、最後にやっと物質の世界にあたるマルクトができたと古代ヘブライの伝統思想は考えているわけです。
さて、ここからはできれば図を見ながらお読みください。この図は生命の樹を表しています。10個の丸で示されているのがセフィロトです。
生命の樹とヘブライ語のアルファベット
生命の樹とヘブライ語のアルファベット (クリックすると拡大図が別画面で表示されます)
セフィロトは、厳しさ、慈悲、仲裁、もしくは女性原理、男性原理、シェキーナーと呼ばれる3本の柱の上に配置されています。
セフィロトに書かれている数字が流出の順番であり、それをたどっていくと、稲妻のような道筋が描かれます。
このブログでは、世界中の古代思想にある不思議な共通点にときどき触れていますが、ここにもその一例があります。
「神」という文字は、古代中国で、もともとは右側の「申」だけだったのですが、「申」は、まさに稲妻の形を表している象形文字です。そのため、「申」という文字と、生命の樹全体の形が似ています。
セフィロトと他のセフィロトは線で結ばれています。この線は全部で22本あり、10のセフィロトと合わせて「32の神秘の英知の道」と呼ばれています。
さて、言霊(ことだま)という考え方は、日本人になじみの深いものですが、古代ヘブライ思想でも、言葉や文字に含まれているエネルギー、パワーがとても重視されていました。
「数と観念」、「発声された言葉」、「文字を用いて書かれた言葉」と事物は、神においては同一であり、”流出”によって、物質の世界では別々になっていると、カバラでは考えられています。
「トーラー」も「セーフェル・イェツィラー」も、もともとはヘブライ語で書かれています。そして、ヘブライ語のアルファベットは22文字からなります。
各々のアルファベットには、文字としての形が意味するもの、数値、発音そのものの象徴的意味が対応していて、トーラーやセーフェル・イェツィラーを解釈するときには、そのすべてを考慮しなければならないとされています。
たとえば、トーラーの最初の書「創世記」は、「最初に」を意味する単語「ベレシト」で始まり、その最初の文字ベートの数値は2です。トーラーの最後の書「申命記」の最後の単語は「イスラエル」で、その最後の文字ラメッドの数値は30です。
この2つの合計の32という数は、先ほどの「32の神秘の英知の道」を示していると考える研究家がいます。
このように、トーラーやセーフェル・イェツィラーは、ヘブライ文字の象徴的意味を通して、何重もの解釈をすることができます。
ヘブライ語のアルファベットの22文字のうちの3文字(アレフ、メム、シン)は、他のすべての文字の元になる字であるとされ、母字と呼ばれています。
また7文字(ベート、ギメル、ダレット、カフ、ペー、レーシュ、タヴ)は複字と呼ばれています。複字には日本語のひらがなやカタカナの濁点のように、ダゲッシュという点を加えることができ、それによって別の発音、別の意味になります。
残りの12文字は単字と呼ばれています。
7文字の複字には、創造の7日間や、曜日(太陽、月と五惑星)が対応しています。12文字の単字は、一年の12か月、十二宮の星座に対応しています。
もう一度、生命の樹を眺めてみてください。セフィロトとセフィロトを結んでいる線には、横の線が3本と、縦の線が7本と、斜めの線が12本あります。このそれぞれが、母字、複字、単字に対応しています。
タロット・カードの大アルカナは22枚であり、セフィロトを結んでいるこの線と、一対一に対応していると考える研究家がいます。
『光の門』(ヨセフ・ヒカティーリャによる翻訳、1516年発行)の表紙の絵
『光の門』(ヨセフ・ヒカティーリャによる翻訳、1516年発行)の表紙の絵
古代哲学では、宇宙のことをマクロコズム、人間のことをミクロコズムと呼んでいました。そして、マクロコズムの周期(cycle)は12の位相(phase)からなり、ミクロコズムの周期は7の位相からなるとされています。
古代の神秘家は、これらの知識をもとに一年を12か月、一週間を7日に定めたわけです。
そして、古代のこれらの知識が、ヘブライ思想としてモーセを通して後の時代に伝えられていきました。
では、モーセはこのような知識をどこから得たのでしょうか。モーセはもともと、古代エジプトの都市ヘリオポリス生まれの神官であったという伝承があります。また、モーセが啓示を得たとされているシナイ山には、エッセネ派の前身であった共同体の神殿があったという伝承があります。
古代ギリシャの哲学者ピュタゴラスは、エジプトの神秘学派で22年間学んだとされていますが、彼は宇宙が数を基礎に設計されていると考え、10を神聖な数と考えていました。
これらとセーフェル・イェツィラーには多くの共通点があることなどから考えると、カバラの元になったのは、古代エジプトの宇宙論ではないかという推測をすることができます。
さて、バラ十字会AMORCではカバラを学ぶことができるのですかという質問をいただくことがあります。
バラ十字思想には、いつの時代も欠かすことのできない要素としてカバラが含まれていました。それは現代でも例外ではなく、当会の学習によって、カバラの多くの要素を身に着けることができます。
しかし、今回取り上げたような、セーフェル・イェツィラー、セフィロトや生命の樹について直接学習し、そこから神秘学の本来の目的、つまり、より良く生きるための英知を手に入れるのは、それほど簡単なことではありません。
そのためには、いくつかの基礎知識が必要とされますし、瞑想などのテクニックをあらかじめ、ある程度は身に着けておかなければなりません。
そのため、当会の学習課程でカバラのことを本格的に学習するのは、学び始めてから、かなりの月日が経ってからになります。
話を戻しますが、最後のセフィロトであるマルクトは、私たちが住んでいる物質の世界を表します。それでは、他のセフィロトは何を表すのでしょう。
先ほどご説明した”流出”のことを考え合わせるならば、物質ではない世界、つまり、物質の世界の基礎となっている精神の世界のことを表すということがご理解いただけることと思います。
しかし、宇宙の創造は時の初めにだけ起こったことではなく、時間を超越したことであり、生命の樹が象徴しているご説明したような宇宙の構造は、私たち人間の心の発達の過程を表すモデルであるとも考えることができます。
このように考えると、セフィロトは意識の状態を表わすことになります。
カバラの研究家の一部は、この意識の状態の象徴として、それぞれのセフィロトに天使を対応させています。
物質の世界に肉体を持つ人間は、宇宙の秩序に最も良く同調したときに、第6のセフィロトであるティファレト(美)にまで、意識のレベルを上昇させることができます。
セーフェル・イェツィラーは、このような高度な意識の状態を達成するための瞑想の道案内であると解釈することもできます。
今日は、やや複雑な、立ち入った話になりました。面白かった、参考になったと少しでも感じていただけていればうれしく思います。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
では、また。
https://minamiyoko3734.amebaownd.com/posts/36369125 【ヲシテ文献から読み解く「生命の樹」の本当のかたち(その1)】
その他
1. カバラの「生命の樹」
池田満先生の著作『よみがえる縄文時代イサナギ・イサナミのこころ』に掲載されているヲシテ文献「ミカサフミ ワカウタのアヤ」のある一節を読んでいて、ふと、これはカバラの「生命の樹」のことではないか、と直感しました。
古代ユダヤの神秘主義思想、カバラ。そして、その思想を象徴的に表した図形が「生命の樹」です。
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私はカバラの思想のことをよく知らないので、ウィキペディアから引用すると、
カバラでは世界の創造を神「アイン・ソフ」からの聖性の10段階にわたる流出の過程と考え、その聖性の最終的な形がこの物質世界であると解釈をする。
この過程は10個の「球」(セフィラ)と22本の「小径」(パス)から構成される生命の樹(セフィロト)と呼ばれる象徴図で示され、その部分部分に神の属性が反映されている。
ということです。
2.2つの立体図形
さて、「生命の樹」をよく見ると、2つの立体図形が埋め込まれていることが分かります。すなわち、正四面体と正八面体です。
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gif画像の掲載元:Wikipedia
そこで、ゾムツールを使って正四面体と正八面体を作り、その2つを繋ぎ合せてみました。そして、「生命の樹」と見比べてみたところ、ほぼ同一であることが確認できました。
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しかし、破線の部分が一致しません。その部分を棒で繋げれば「生命の樹」と同一になるのですが、それはあくまで正面から見た場合だけで、それ以外の角度から見ると同一にはなりません。よって、これは正解ではないでしょう。
では、どうすればよいのか。何が足りていないのか。
3.隠されたセフィラ
1週間ほど考えて、やっとその答えが分かりました。謎を解くカギは「隠されたセフィラ(球)」にありました。
「生命の樹」には10個のセフィラのほかに、もうひとつ「ダアト」と呼ばれる隠されたセフィラがあります。それを「生命の樹」に書き加えると(下図の点線の赤丸の部分)、3つ目の立体図形が浮かび上がってきました。それは正六面体(立方体)です。
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gif画像の掲載元:Wikipedia
4.「生命の樹」の本当のかたち
早速ゾムツールを使って正六面体を付け加えてみようとしたのですが、簡単そうに見えて、これがうまくいかないのです。1週間ほどこのパズルに取り組んだ末、協力者の角大師さんの「これは不可能物体やんな」という言葉がヒントとなって、ようやく答えが分かりました。それが以下の形です。
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立体ツリー・オブ・ライフ
コロンブスの卵のように、答えが分かってしまえば「なんだ、そうか」と拍子抜けするくらいシンプルな形です。
しかし、私はこの立体こそが「生命の樹」の本当の形であると確信しています。それは、これらの3つの立体はただの立体ではなく、いわゆるプラトン立体と呼ばれる神聖幾何学の基本ともいうべき形だからです。そして、この聖なる樹はやがて花を咲かせ、果実をつけるのです。
おそらく古代ユダヤのカバリストたちは、このシンプルな立体の「生命の樹」の重要性をよく知っており、それを秘密裏に伝承するため、意図的に「ダアト」のセフィラを隠したのではないでしょうか
ところで冒頭に書きましたように、私が上記のことに気がついたのは、縄文時代のヲシテ文字で書かれた「ミカサフミ ワカウタのアヤ」のある一節を読んでのことでした。次回、その詳細をご報告します。
https://jyomon-shinseikikagaku.hateblo.jp/entry/2021/01/10/203626 【ヲシテ文献に記された融合意識(キリスト意識)に至る方法とは?】より
1. ミカサフミ
縄文時代のヲシテ文字で書かれた『ミカサフミ ワカウタのアヤ』に、つぎのような一節があります。
タマキノツクル オシヱクサ (タマキの作る 教えぐさ)
アマカミマネク ミハシラキ (アマカミ招く 御柱木)
ニココロウツス ウツワモノ (ニココロうつす 器物)
「タマキ」とは、トヨケ(豊受大神)の諱(いみな、本名のこと)です。タマキネともいいます。「オシヱクサ」は、教えの品々という意味です。そして、タマキの作った教えの品々とは、フトマニ図のことを指しています。
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フトマニ図
また、「アマカミ」は古代の天皇の称号で、「ミハシラキ」は御柱木です。そして、アマカミ招く御柱木とは、アマカミの神霊を降ろす柱という意味です。古来、神さまは柱に宿ると考えられており、私たちが今、神さまの数を1柱、2柱と数えるのもそのためです。
そして、その柱というのは「ニ」の心をあらわす器だということです。
では、「ニ」の心とは何でしょうか?
『ほつまつたゑ 解説ガイド』のホームページによると、「に(和)+こころ(心)」、「陰陽の和合、調和の本質、攻め(陽)と受け(陰)の関係」、「和(やわ)しの心、(神と)調和しようとする心」とあります。また、ヲシテ文献研究の第一人者である池田満先生は、「固めて良くする及ぼしゆく事に来る精神、何かを足す精神、自立の精神」と説明されています。
まとめると、「ニ」の心とは、たんに陰陽和合や調和している状態を表すのではなく、明確な意思をもって陰陽和合や調和へと至る(至った)精神だといえそうです。
2. 第2意識レベル(現在の私たちの意識)
話は変わりますが、ドランヴァロ・メルキゼデク著『フラワー・オブ・ライフ』によると、地球には5つの異なった人間の意識レベルが存在するそうです。
第1意識レベルは原初的なもので、第2意識レベルが現在の私たちの意識、そしてこれから私たちが移行しようとしている第3レベルが「融合意識」あるいは「キリスト意識」です。あと2つは、現在のところ私たちの手の届かないところにあります。
ここでいう意識レベルというのは、テレビに例えると、放送局によって異なる周波数の電波網のようなイメージです。私たちは第2意識レベルという周波数にチャンネルをあわせて、みんなでその番組を見ているのです。それが私たちの知覚している“現実の世界”です。
そして、それぞれの意識レベルは特有の幾何学構造を持っていて、地球全体をグリッド状(網目状の構造)に包み込んでいます。
第2意識レベルはベクトル平衡体のかたちをしています。ベクトル平衡体は立方八面体とも呼ばれるように、立方体(正六面体)と正八面体の中間のような立体です。立方体の8つの角を切り落とすとベクトル平衡体になります。あるいは、正八面体の6つの角を切り落としてもベクトル平衡体になります。
また、正八面体を真っ二つに切り分けると2つのピラミッドになるのですが、ベクトル平衡体というのは、このピラミッド6個と正四面体8個をぴったり貼り合せたかたちでもあります。
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ベクトル平衡体
何が言いたいかというと、ベクトル平衡体のかたちをした第2意識レベルのグリッドは、正四面体・正六面体・正八面体の性質を持っており、以下の図のとおり、男性的要素が強いということです。
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掲載元:『フラワー・オブ・ライフ 第1巻』
ドランヴァロが言うには、男性的要素が強く非調和的な第2意識レベルは、周囲にあるものを手当たりしだい破壊してしまい、やがて地球環境や自分たち自身も滅ぼしてしまうため、長く居座らずに、できるだけ早く調和的な第3意識レベルに移行する必要がある、ということです。
3. 第3意識レベル(融合意識、キリスト意識)
第3意識レベルのグリッドのかたちは、『フラワー・オブ・ライフ』では星冠正十二面体として説明されています。これは、実は私の前回・前々回のブログでご紹介した菱形三十面体と同じものです。
以下の図のとおり、菱形三十面体というのは、男性的要素をもつ正四面体・正六面体と、女性的要素をもつ正十二面体・正二十面体のどちらも内包するかたちです。菱形三十面体のかたちのグリッドをもつ第3意識レベルが調和の取れた「融合意識」だというのは、このことからも納得できます。
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菱形三十面体に内接する正四面体(左)と正六面体(右)
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菱形三十面体に内接する正十二面体(左)と正二十面体(右)
4. ニココロ
さて、話を戻します。お察しのとおり、『ワカウタのアヤ』に書かれた「ニ」の心とは、これから私たちが移行しようとしている第3レベルの「融合意識(キリスト意識)」のことではないか、というのが私の考えです。
冒頭に載せた『ワカウタのアヤ』に出てくる「ミハシラキ」について、以前の記事『ヲシテ文献から読み解く「生命の樹」の本当のかたち(その2)』で、それは「生命の樹」のことではないかと書き、そこから導き出した「生命の樹」の立体模型をご紹介しました。そして、左下の画像は「生命の樹」とそれを内包する菱形三十面体の立体模型です。あるいは、平面図にすると右下の画像のように表せるかもしれません。
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そして、これが「アマカミ招く御柱木 ニココロうつす器物」の寓意することではないか、と私は考えています。
5. アワ歌を歌おう
それでは、私たちはどのようにすれば第3意識レベルのグリッドに繋がることができるのでしょうか。『ワカウタのアヤ』にその方法が書かれていますので、そのまま掲載します。
アワノウタ (アワの歌)
ワレモウタエハ モロヒトノ (われも歌えば 諸人の)
ニヲウマントテ フタソメテ (「ニ」を生まんとて 札染めて)
サトシオシエン ニノミチモ (諭し教えん 「ニ」の道も)
トハネハクモル ヒルコカミ (問わねば曇る ヒルコカミ)
トキニアマテル ミコトノリ (ときにアマテル 詔)
ムカシフタカミ アワウタオ (昔、二神 アワ歌を)
ヒコトニウタヒ ヤオヨロカ (日ごとに歌い 八百万日)
オコナヒヰタル コノスエニ (おこない至る この末に)
ワレウケツキテ ムスフテニ (われ受け継ぎて 結ぶ手に)
アサコトウタフ ヰクトセカ (朝ごと歌う 幾年か)
イマタカカサス コノオシテ (いまだ欠かさず このオシテ(教え))
タマキノツクル オシヱクサ (タマキの作る 教えぐさ)
アマカミマネク ミハシラキ (アマカミ招く 御柱木)
ニココロウツス ウツワモノ (ニココロうつす 器物)
意訳すると、つぎのようなことです。
イサナギ・イサナミの長女ヒルコカミ(ワカヒメ)は、「私もアワ歌を歌います。そして、民衆にも「ニ」の心を育んでもらうために、アワ歌を札に染めて教え諭したいと思います。「ニ」の道も求めなければ曇ってしまいます。」といった。
それに対して、弟のアマテルはつぎのように仰せになった。「昔、イサナギ・イサナミの二神は、アワ歌を日ごとにお歌いになられた。ヤオヨロ(八百万)の日々に及んだろうか。これを私も受け継ぎ、朝ごとに印を組んで歌いつづけて何年にもなるが、いまだ欠くさずこの教えを守り続けている。」
この教えとは、タマキ(トヨケ、豊受大神)の作ったフトマニ図(アワ歌48音と特殊文字3音)を指す。そして、それはアマカミ(古代天皇)の神霊を降ろす御柱木で、「ニ」の心をうつす器である。
つまり、毎日欠かさず何年もアワ歌を歌いつづければ、第3レベルの「融合意識(キリスト意識)」に至る、ということですので、みなさんもぜひお試しください。なぜそうなるのか、などと頭を働かせず、ただただ楽しんで歌うのがよいのではないかと思います。