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紅く色づく季節

俺が煙草をやめたのは

2022.07.25 07:47

【詳細】

比率:男1

現代・ラブストーリー

時間:約10分


【あらすじ】

ただなんとなく煙草を吸っていた俺。

これから先もただなんとなく煙草を吸って、やめることなんてないんだろうなとぼんやりと思っていた。

*こちらは、『私が煙草を嫌いなのは』の斎藤渉の物語です。

こちら単体でもお読みいただけます。


【登場人物】

斎藤 渉:(さいとう わたる)

      三十代。

      煙草よく吸っている。

      飄々としていて少し掴みどころのない男性。

      仕事は意外と出来るんです。


渉:

俺はよく煙草を吸っていた

ストレスが~とか、煙草が好きだからとかいう理由じゃなくて、本当にただなんとなく吸っていた


俺が初めて煙草を吸ったのは大学生の時

よくある「二十歳になって解禁されたからとりあえず吸ってみようぜ」っていう友だちとのノリだった

そこからなんとなく吸い始め、今に至る

健康にはよくないと分かってはいたが、そもそも俺は長生きしたい願望なんてなかったらから、気にもしていなかった


社会に出るといろんな大人が煙草を吸っていた。それこそいろんな煙草を

大学時に身近にいなかった重い煙草の煙や独特できつい臭いの煙草の存在も知った

一瞬、やめようと思った時期もあった

身体にまとわりつく、きつい煙草の臭いに嫌悪を感じたから……


でも、結果、俺は煙草をやめなかった

その頃には煙草は一つのコミュニケーションツールと化していた

喫煙所で繰り広げられる会話

知らない部署の人たちや上の人たち、時として、取引先の人との他愛のない会話

一見、仕事とは無関係のような会話が後々の仕事のやりやすさにつながった

だから、俺は自分の仕事をやりやすくするためという名目で煙草を続けた


そんなある日、俺のいる部署に煙草が嫌いな新人が配属されてきた

仕事の飲み込みも早くて、気遣いも出来て、いい子が入って来たと思った

ある一点を除けば……


その一点とは、彼女はこと煙草のことに関すると少し……いや、だいぶ口煩くなるのだ

元々気管支が強くないから煙草が苦手だというのはどこかで話していたのを聞いたが、これほどまでとは思わなかった

喫煙所から帰ってきた人間に煙草のにおいが残っていると、彼女は一言、『煙草のにおいまだ残ってますよ』と声をかけていた

俺も最初に言われたときには驚いた

先輩に臆さず冗談のノリではなくて、真剣に煙草のことを言ってくる奴なんているんだなと天然記念物でも見ている気分だった


はっきり物事を言ってくる後輩

普通なら鬱陶しがられるが、それが許されるのは彼女の容姿と、『〇〇さんが健康を崩されるのは嫌なので』という言葉とセットで発言してくるからだろう


特に、彼女と似たような歳の娘さんを持つおじさま方には効果抜群のようで、彼女からの言葉を励みに煙草の量を減らす人や禁煙に踏み出す人間もいた

いや~、人の力ってすごいなと思ったよ

かく言う俺も、彼女の言葉に心を掴まれたおっさんの一人だったりする


そんな彼女がある時から仕事に没頭するようになった

別に仕事に打ち込むことが悪いことだとは思わないが、彼女の仕事の仕方は普通とちょっと違っていた

ただただ、必死に、何かに縋るように仕事をこなしていた

まるで、それがなければ生きていけないとでもいうように……


俺は急に心配になった

今まで俺に煙草について口やかましく言っていたあの彼女の何かが変わってしまったような気がした


それからは俺の方から彼女に積極的に声をかけるようになった

相変わらずお小言は言われるが、その一瞬だけでも彼女を現実に引き戻せるならそれでもいいと思った


そんな、「ダメな先輩」と「しっかり者の後輩」という関係が崩れたのは突然だった


ある日、定時後のオフィスで彼女が一人で黙々と仕事をしていた

ひどい顔色と腫れた瞼、赤い目とブラックコーヒーという最悪の組み合わせで……

彼女の異変に気が付き、俺は無理矢理仕事を中断させた

そして帰るように促した次の瞬間、彼女は床に蹲ってた

恐らく数日間、まともに眠っていなかったのだろう

下にタクシーを呼ぶからと彼女に説明し強制的に眠らせた

と言っても、俺は彼女が意識を手放す手助けをしただけだが……

その時すがるように伸ばされた手が彼女の今の状態を物語っていた


タクシーを呼び、彼女の家を聞こうと思ったが当の本人はぐっすりと眠っていて起きず、仕方なく俺の家に運んだ

ソファに寝かせるために抱き上げた彼女は人間なのかと疑いたくなるくらい軽くて驚いた

好きなだけ寝かせてやろうと思い起こさずにいると、彼女がうなされ始め、その手が虚空を彷徨い始めた

それは、まるで何を探し求めているようで、俺はなんとなく自分の手を差し出してみた

すると、彼女の手は俺の手をギュッと握りしめ、その後、安心したように寝息を立てた

俺はこの時覚悟を決めた


どんなに誤魔化そうとも、俺は彼女のことを後輩としてではなくて、一人の女として好きなのだ


彼女が自然と起きるのを待っていたら日付を超えていた

可愛い寝顔を堪能できたのだからよしとしよう

起きた彼女にそれとなく何があったのか話すように促すと、俺の予想を超えた回答が返ってきた


付き合っていた奴に振られたという

振られたと言えば聞こえはいいが、内容は吐き気がするほどのものだった

勝手に彼女に劣等感を感じ、自分に甘い蜜をくれる年上の女にそそのかされ、二股をし彼女を捨てたのだ

同じ男として最低な屑野郎だと思った


俺は彼女を抱き寄せ、思う存分泣かせた

俺の出来ることなんて少ない

こうやって彼女自身が話して、思いっきり泣いて、次への一歩が踏み出せるように後押しするくらいだ


大泣きした彼女は、恥ずかしそうに俺を見て『ご迷惑をおかけしてすみません』と謝った

その顔はどこかすっきりとしているように見えた

これでひと安心と思っていた次の瞬間、俺は彼女から爆弾を落とされる

いや、正確には自分が口走ってしまったことの確認をされたのだから、俺の爆弾が返ってきただけだが……


あの時、俺は自分の想いを言葉にしてはっきりと伝えることはしなかった

それだけはしたくなかった

傷ついている彼女の心につけ込むような気がして、男としてのプライドが許さなかった

ただ、先輩として、辛かったら頼れと言った。俺の前では無理をしてほしくなかったんだ


そして、今日。その彼女が家に来るという

恐らく、この間の答えを持ってきてくれるのだろう

年甲斐もなく緊張する

家に来てくれた時点で答えは分かっているような気がするが、ちゃんと彼女の言葉で聞きたい


さぁ、今日は早めに帰って彼女のために食事を作ろうか

俺の想いが届いた暁には、二人だけの食事をなんていうのも悪くないだろう


ー幕ー




2021.01.12 ボイコネにて投稿

2022.07.25 加筆修正・HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)