日曜にはスゥ・ヌクラシ遺跡で田舎暮らし
三和 導代 です。
サルディニア島の先住民のヌラーゲ文化です。日本人には全く聞いたこともない名前かと思います。今回訪れたスゥ・ヌクラシ遺跡は紀元前14世紀後半からのヌアーゲ文化に遡る人々の遺跡です。日本でいえば早期縄文時代にあたる時期です。
これは宗教的な石造りの建物と考えられています。近くの火山岩で覆われた山から運ばれた巨石によって建設された建造物です。サルディニア島は火山の爆発によりできた溶岩飯石の丘がたくさんあります。大西洋に浮かぶ島ですので、当然幾度もの火山爆発はありました。
石造建築の宗教施設は先月も訪れました日本の大湯ストーンサークルと同様です。近くの山から川によって流された石をふんだんに利用してつくったのが大湯ストーンサークルです。このスゥ・ヌクラシ遺跡からすぐ近くに見える丘から運ばれたという点では日本と同様です。巨石一つ一つが溶岩石であることがわかります。
この近辺ではヌラーゲ、つまり石作りの建造物を建設することが現在でも続いているのです。その典型的な例とした私が前日に訪れたスゥイーリの町です。宗教的な建物の中での柱の頭の部分は後の時代に破壊されていますが、そのオリジナルと考えられる石はレプリカでありながらもそれぞれの家の住宅のヌラーゲの中に今でも取り込んでいるのです。
スゥ・ヌクラシ遺跡の中心では祭祀が行われていました。どんな宗教であったのでしょうか。遺跡内の中央部には井戸が中央にあります。水の神を祀っていたと言われています。また4つの塔に守られ、その周辺にある7つの塔の中に囲まれています。この外部にも人々が祭祀を司った小さな聖なる場があります。
どのような祭祀が行われていたのでしょうか。遺跡観光はすべてガイドツアーですので、自由に回ることはできません。また案内にもありませんでしたが、ここではインカや場や文明と同様に神への人間が捧げられていました。神への最大の忠実心の証拠として生きた人間の内臓を捧げていました。
このことは私も知りませんでしたが、最初の日にカリアリで知り合ったイギリス出身の御主人が本で読んだことがあると聞いていました。そしてこの映像はこのスゥ・ヌクラシ遺跡から少し離れた発掘者であるジョヴァンニ・リリウの名をとった文化センターでも流れていました。ここもガイドツアーですので、自由に長時間この映像を見ることができませんでしたが、確かに生きた人間が神に捧げられていました。超古代の外国でも神と人間との間の契約として登場します。
発掘者であるジョヴァンニ・リリウはピザ大学で考古学を学んだサルディニア出身の小柄な考古学者でした。1957年に発掘それまでは地下に埋もれていた遺跡ですので、とても保存状態が素晴らしい遺跡です。ユネスコの世界遺産ともなっています。しかしアクセルはよくありませんので、イタリアの数多くの世界遺産に比較しましたら、訪問する人の数は圧倒的に少ないかとは思います。なぜか心惹かれてここに2泊することになり、サルディニア島での田舎生活を体験することとなりました。