住所不定無職(山内てっぺい)
今日もまた一人、住所不定無職の男が逮捕されたニュースが流れた。17歳の無垢な少女にえっちなことをしたんだって。無機質で重たいニュースをスマートな電子機器が映し出している。ふっと目を横にやると住所不定無職の男前が私の太ももに手を当てて寝ている。こいつがそんなことしないのは知ってる。こいつには私しかいないから。
こいつは酒もたばこもギャンブルも女遊びも何もしない。ただ仕事もしていない。高校時代の悪友に突然紹介されてから知り合って、数年経ったら私の家に住みついていた。私の家でいろんな人の横顔だけを描いては捨て描いては捨てしていた。小さい子供から老人まで、こいつの描く横顔たちはいつもなんだか悲しそうな顔だった。こいつは描き終わるとくしゃくしゃにしてその絵をごみ箱に捨てた。でも、私はこいつの絵が好きだったから、見てないうちにこっそり拾い上げてぴんと張ってファイルに入れ保管した。50枚絵を描くとこいつは急に家に来なくなる。それでも2週間経つと「こんにちは。おじゃましますね。」と言ってまた私の家に転がり込む。顔がいいからって調子に乗っているのかな。無垢なお前にえっちなことをしたくなる。だから今日だって勝手にこいつの手を、太ももに、持ってきた。どきどきしちゃう。私はもう、無垢じゃないのに。
私は毎日定時に帰れる会社で務めている。お給料も多くはないけど少なくはない。こいつにいっぱいご飯を作ってあげてもまだ貯金ができるぐらいお金に余裕はある。私は酒をすごく飲む。でも酒しか趣味がないから馬鹿みたいに金が必要なわけじゃない。だからお金に困ったことはない。こいつが働かなくても絵が描けるのは私のおかげ。こいつはそのことをちゃんとわかっているのか、50枚目の絵を描くと「ありがとうございます。」と丁寧に頭を下げる。どういたしまして。好きよそんなあなたが。飲み込む言葉。苦い酒で押し込む。私はもう、無垢じゃないから。
こいつは私に何も求めない。金も時間も酒も体も。ご飯だって私が勝手に出してるだけ。ご飯を作ってくれと言われたことは一度もない。勝手に住み着いた野良ネコちゃんにミルクをあげない女の子がいるかな?もしこいつがおなかをすかせちゃったら、あのきれいな横顔たちが生み出されなくなっちゃうかもしれない。そんなのは嫌だから私は今日もいっぱいご飯を作った。私はそう、無垢じゃないから。
今夜はこいつを抱いて眠りたい。何を隠そう今日は彼が50枚目を描いた日だから。描かれていたのは32歳の無垢じゃない女の横顔だった。髪の長さも鼻の低さも唇の薄さも私に似ていた。というよりこれは私だ。理由はわからないけど今日はとてもこいつが愛おしい。だから今夜はこいつを抱いて眠りたい。明日から2週間私を寂しくさせるこいつを。私はまだ、無垢でいたいのに。