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AudioLike

全ては表現出来ない

2015.12.07 02:25

オーディオの音楽の表現力を考えた場合、


100%の表現はない。


音楽の持つ全てを表現は出来ない。


聴いた音楽をどのように感じるかは、


個人の音楽的な趣向であって、


その趣向外の、興味外は意識のアンテナに引っ掛からない。


自分の好みの意識のアンテナに引っ掛かるのが、


自分の音なのである。


自分の好みのアンテナに、音楽の100%の全てが引っ掛かるわけではない。


全ての音を同時にキャッチは出来ない。


音楽の表現を聴けるのは、その音楽の表現を感受出来る、


そのオーディオ愛好家の感受する能力の範囲で音楽がわかる、ということである。


すなわち、音楽がわかる、そのわかる、という意識は、


つまりは、自分の音楽へのセンスが聴いている自分がわる、ということである。


音楽がわかる、それは、自分がわかるということである。


自分にとっての音楽は自分の音楽に対するセンスであって、


音楽を感じる、それは、自分というものである。


その音楽的なセンスをオーディオに生かしてこそ、


それがオーディオとして自己の主張になり、


それが、音楽を表現するオーディオとして素晴らしいのである。


しかし、冒頭で書いたように、全ては表現出来ず、全ては感受出来ない。


人それぞれが、個人としての音楽的な趣向を持っているものである。


これが、個人のオーディオとしての領域の可能性と表現力を


個人の主体性で表現されるのである。