パラコード製品で障がい者の工賃向上を目指す ひだまり工房
TIPSが『SDGs・ダイバーシティ』をテーマに自ら取材し、発信するWEBメディアRECT。今回は、障がいのある方の「働きたい」を支援し、一般就労につながる生産活動を通じた知識と能力の向上、そして作業の工賃向上に取り組む就労継続支援B型事業所 ひだまり工房を取り上げます。障がい者理解が推進される中で、「実際の障がい者はどういった人か」という視点から、ひだまり工房の施設長である増子均氏に障がい者就労の現状と工房での活動、そしてクラウドファンディングプロジェクトへの挑戦についてお話をうかがいました。
増子 均(ますこ ひとし)氏
障がい者福祉サービスを提供する株式会社メーティスが埼玉県八潮市で運営する就労継続支援事業所 ひだまり工房 施設長
■ 障がい者の就労
障がいのある方が就労するには、障がいがあっても一般就労(一般枠・障がい者枠)をする場合と、就労支援施設等で福祉的就労をする場合があります。
ひだまり工房は、利用者の方の作業を通じた生産物に対して工賃を支払う「就労継続支援B型事業所」です。
■ ひだまり工房での作業や過ごし方
ひだまり工房では、パラコード製品づくり(後述)や文房具のパッケージング、タオルなどのアパレル系商品の値札付け、農園での農作業などの作業を行っています。作業の時間になると、それぞれ決まった自分の席で、各自作業をはじめます。席が固定されていることで、利用者の方間の関係が安定し、快適に作業できる環境づくりにつながっています。取材で訪問した日には、室内での作業だけでなく農作物の収穫も行われ、利用者の方が大切に育てた大きなきゅうりが実っていました。利用者の方自身が、収穫できる状態かそうでないかを見極めながら収穫している姿がとても印象に残りました。
▲農作業の様子
― ひとりひとりの特性に寄り添った作業
比較的簡単な作業でも、人によって得意・不得意は異なり、文房具の袋詰めならできるという人もいれば、パラコード(パラシュートコード。パラシュート用に開発された、紐を編んで作る軽くて丈夫なロープ)製品づくりを楽しんで行う人もいます。こういった、ひとりひとりの特性を見極めながら、作業を分担して進めています。得意・不得意、向き・不向きは実際に作業をしてみないとわからない部分も多いため、まずはやってみる機会を大切にしています。事業所では、休憩の時間に担当とは別の作業を練習している方もおり、熱心に取り組まれているのが伝わってきました。
▲ひだまり工房での作業の様子
― ひだまり工房での活動・サポート
工房では、作業だけでなく、お花見やクリスマスなどのイベントも行われています。イベントは、外部と関わる機会でもあり、社会適応にもつながります。以前は、外に出かけるイベントもありましたが、コロナ禍では実施が難しく、外部と関わる機会が減ってしまっているそうです。イベント以外にも、SST:Social Skills Training(ソーシャルスキルトレーニング/社会生活技能訓練)という、パズルや書き取り、ドリル、間違い探しなどの遊び感覚でできる社会生活をする能力を鍛える訓練を行っています。また、利用者には看護師によるヒアリングやバイタルチェックが行われ、健康で快適に作業・生活ができるサポート体制が整えられています。
■ 障がい者就労が抱える課題
ひだまり工房の平均工賃は、月に1万1000円~1万3000円ほどです。工賃は、どのくらい作業ができるかの「作業能力」と、挨拶などの周囲との関わりや、時間を守るといった「生活適応」の評価を中心に、通所日数や作業時間などから算出されています。作業を通じた売上は、大きな段ボール20箱分のタオルを納品して1万円程度であり、15名で作業をして月の売上が10万円に達するかどうか、というのが現状です。
― 障がい者の暮らしと工賃
障がいのある方は、生活保護や障がい者年金などの社会保障費で基本的な生活をしていて、工賃は可処分所得(自分で使えるお金)になります。社会保障費は最低限度で、生活はギリギリなため、自由に使えるお金はほぼ工賃のみ。自由に使えるお金が、工賃として受け取る月1万円程度というのは、大人にとって非常に少額で、利用者の方の心の安定ややりがいにつなげるためにも、工賃の向上が求められます。しかし、コロナ禍で売り上げが落ちている事業所もあるそうで、就労継続支援事業所ではどうやって工賃を上げていくかが課題となっています。
― 工賃を上げるために
他社から請け負う簡単な作業は工賃が低くなってしまいがちで、これでは一生懸命に働いてもなかなかお金が得られません。また、そういった仕事は頻繁には見つからず、見つかっても条件が大きく向上することはないため、なかなか工賃が上がりません。工賃を上げるための手段のひとつとして、自社製品を販売し、売上を向上させて作業の単価を上げる方法があります。前述の通り、作業の向き・不向きがあるため、他社から請け負う比較的簡単な作業をゼロにすることはできませんが、パラコードのように「自分たちが作って売れるもの」を自社製品として売り出すことが、工賃の引き上げにつながります。そこで、ひだまり工房では、パラコード製品を軸にしたクラウドファンディングに挑戦しています。
■ クラウドファンディングへの挑戦
ひだまり工房では、サステイナビリティに特化したクラウドファンディングサイト SustainaSeedでクラウドファンディングプロジェクトを立ち上げました。プロジェクトでは、パラコード製品のような自社製品が就労継続支援事業所で作られていることを多くの人に知ってもらい、利用者に工賃を上げていくことを目指しています。
― パラコードの特徴
パラコードは、紐を編んで作られる、パラシュートと人を支える部分を繋ぐロープに使用される丈夫な製品で、アウトドアでの活用や犬のリードとしての利用のほか、靴紐やアクセサリーとしておしゃれアイテムに使ったり、防災グッズとして使ったりと、様々な用途で活用できるとして注目が高まっています。クラウドファンディングのリターンには、ひだまり工房で作られるパラコードを使った犬用のリードや髪留め、ブレスレットなどが設定されています。
▲ひだまり工房で作られるパラコード製品
― 障がい者のやりがいを高め、支援者とのつながりをつくる
パラコード製品は、工賃の引き上げにつながることはもちろん、利用者の特性から紐を編む作業に集中して高い作業能力を発揮できたり、きれいな色の組み合わせを見つけて嬉しくなったりと、やりがいを感じられる作業でもあります。製品には作り手のメッセージをつけて送り届けており、購入した人から「とても気に入りました」といったメッセージがひだまり工房に届くることもあるそうで、さらにやりがいや作業価値につながっています。プロジェクトが、障がい者とプロジェクト支援者の「つながり」を創り出しています。
▲パラコード製品とともに届けられるメッセージ
ひだまり工房のクラウドファンディングページ(SustainaSeed)はこちら!
■ 障がい者就労支援への想い
最後に、増子氏に障がい者理解や、障がい者の就労支援に対する想いについてうかがいました。
前職は、長年スクーバダイビングの水中ガイドをしていて、障がい者福祉の分野は全くの門外漢でした。転職する前は、障がい者がどういう人たちなのかの知識がなく『会話が成立しないのでは?』『突然変な行動をするかも?』といった勝手なイメージが先行し、仕事が務まるのだろうかと不安に思っていました。ですが、最初に約1週間、グループホームやひだまり工房などで体験勤務をさせてもらい、そこに来ている利用者さんたちはかなり“普通の感覚”で接することが出来る存在と知って、不安感が払拭されました。また、たまたまですが前職のダイビング業ではゲストが安全に潜れるよう、周囲のコンディションに気を配り、ゲストがパニックなどの問題を抱えていないかを見守ることが要求されました。畑は違いますが、障がい者支援も利用者さんたちの安全確認をし、リスクが無いかストレスを抱えていないかの見守りが重要なため、前職の経験を活かすことも出来ました。
知らないが故に先入観を持ってしまい、障がい者をなかなか理解出来なかったり、私のように関わることを不安に感じたりという方もいらっしゃると思います。私が経験したように、現場勤務を体験してみることで、障がいを抱える方の実際の姿を知る方法もあります。ご興味のある方は、ぜひ一度ひだまり工房までお問い合わせいただければと思っています。
■ ひだまり工房 アクセス
本記事の作成にあたっては、コロナウイルス感染症対策のため、事前にオンラインでインタビューを実施し、メンバー2名で時間を限定してひだまり工房に訪問取材を行いました。訪問の際に、パラコードのアクセサリー(アクセスマップ右側写真)をいただきました。(Writer:中村美心)