甲羅に書かれる文字
先月のこと。
多治見のとある陶芸教室で、陶芸体験をした時のことだ。
陶芸家の方から、とても興味深い話を伺った。
「小さいころ、このあたりの川でカメを捕まえて遊んでいたよ」
「捕まえたカメの甲羅に、自分の名前を書いたり、刻んだりして、再び元の場所へ放すんだ」
甲羅に名前を書く…?
どこかで、似たような話を聞いたことがあるような…。
そうだ、愛知県知多半島の浄土寺というお寺で聴いた話だ。
愛知県知多半島の浄土寺には、一度だけ、訪れたことがある。
このお寺には、一匹のアカウミガメが奉られており、お亀さんという愛称で信仰されているカメの墓がある。
このアカウミガメが奉られた由来は、今もはっきりと言い伝えられている。
明治四十二年のこと。
重い病気に苦しんでいたある男性の夢の中にカメが現れ、こう告げられた。
「ウミガメを探し、そのウミガメの甲羅に「奉大海龍大神」と記し、再び放流せよ。
そうすれば、あなたの病気は治るだろう」
彼はお告げの通りに行動した。
翌日、漁師の網にかかった瀕死のウミガメを買い取り、甲羅に「奉大海龍大神」と記して放流を行った。
すると、病気はたちまち良くなったという。
後日、ある浜辺にて「甲羅に「奉大海龍大神」と書かれたカメが漂着した」との知らせが入る。
病気を治してもらったお礼にこのウミガメを奉ったのが、この浄土寺に眠る「お亀さん」である。
このように、カメの甲羅に名前を書いて放流するという文化。
実は現在でも、滋賀県大津市の三井寺(園城寺)で受け継がれている。
ここでは「放生会」の風習が残っており、毎年千団子祭の際、甲羅に名前と年齢を書き「放し亀」を池に放す行事が続いている。
放生会とは、生きた動物を放流することでご利益を得る、という、仏教の宗教行事だ。
江戸時代には、放生会が流行しており、放生会を行う用の「放し亀」を売る商売もあったようだ。
しかし、放生会の中でも、放流する前に「甲羅に名前を書く」という習わしは、あまり多くは聞かない。
滋賀県大津市の三井寺、愛知県の知多半島、そして岐阜県多治見の子供たち。
甲羅に書かれた文字が力を持ち、ご利益に繋がるというのは、このあたり特有の文化なのだろうか?
書き、放し、そして奉る。
甲羅に書かれる文字には、なぜ、パワーが生まれるのだろう?