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紅く色づく季節

血の中に咲く華

2022.08.03 03:34

【詳細】

比率:男1:女1

ファンタジー・和風

時間:約20分

*こちらのシナリオには少し大人な表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。


【あらすじ】

時は江戸。

要人の暗殺を生業としている伊吹は、いつものように旅籠屋(はたごや)で仕事をしている。

そんな彼女の元へ師でもあり、仲間でもある宗一郎がやってきて……


【登場人物】

 伊吹:(いぶき)

    旅籠の宿場女郎に扮している暗殺者。

    偽名はお文。女郎名は野風(のかぜ)を名乗っている。


宗一郎:(そういちろう)

    暗殺者の一人。

    伊吹の師であり、仲間。

    いつも笑顔でにこにこしている。


●旅籠・まだ夜も更けていない時間

   戸が開き、伊吹と身なりのいい客が出てくる。


 伊吹:本日もお越しいただきましてありがとうございました。またお待ちしておりますね

あ、お待ちくださいませ。肩に糸くずが……

(客の元へスッと体を寄せ小声で)次の逢瀬は、朝靄がかかる刻限まで私と一緒にいてくださいましね。貴方様のぬくもりを抱いて一人で眠るのは寂しゅうございますゆえ……

(客から離れて)では、おやすみなさいまし


   客、まんざらでもない風で去っていく。

   旅籠の裏路地から宗一郎が出てくる。


宗一郎:こんばんは

 伊吹:っ!(声の方を振り向く)

宗一郎:今宵もいい月ですね。野風さん

 伊吹:(声の主が宗一郎と分かり安堵し)……宗一郎様。いらっしゃいませ。店の外ではただの「お文」ですわ

宗一郎:(微笑んで)あぁ、そうでしたね。これは、失礼いたしました

 伊吹:いえ。このようなお時間に宗一郎様がいらっしゃるなんて珍しいですね。本日はどのようなご用で?

宗一郎:大した用ではないですよ。ただ、お文さんに会いたくなってしまって

 伊吹:あら。嬉しいですわ

宗一郎:あまりお会いできていませんでしたから。(微笑みながら)最近の『華の息吹』はどのような様子かと思い足を運んだだけです

 伊吹:……変わりありませんわ。『華』は美しく咲き誇っております

宗一郎:本当に?

 伊吹:……お疑いになるのですね

宗一郎:私は疑り深い性質(たち)なんです

 伊吹:ではあれば、お部屋へどうぞ……

宗一郎:おや、よろしいのですか?

 伊吹:えぇ、今宵は独り寂しく夜具に身を沈めようと思っておりましたので。もちろん、宗一郎様さえよろしければ、ですけれども……

宗一郎:なんと、この旅籠の看板娘の貴女が私の面倒を見てくださるのですか?

 伊吹:私でよろしければ。ただ、明日の朝餉までゆっくりしていただかないと、私が寂しくて困ってしまいます。あたたかさを一夜に二度失うのは心に堪えますゆえ

宗一郎:おやおや。それは……素敵なお誘いだ

 伊吹:お嫌ですか?

宗一郎:貴女からの甘美なお誘いを断るなんて、私には出来ませんよ。では、お誘いに甘えて。朝まで、ゆっくりと私のお相手をしていただきましょう。寂しい思いなどさせませんよ

 伊吹:(微笑んで)では、お部屋へご案内させていただきますね

宗一郎:えぇ



●旅籠・客室


 伊吹:宗一郎さま、こちらが本日のお部屋でございます

宗一郎:ありがとうございます

 伊吹:いえ。さぁ、お部屋の中へ。どうぞ、おくつろぎくださいませ

宗一郎:はい


   宗一郎、部屋へと入る。

   伊吹、廊下にいる女中にスッと金を渡す。


 伊吹:これで人払いを。いつも通り、明日の朝まで、この部屋の近くには誰も寄せ付けないでもらえる。えぇ、そう、宗一郎様は繊細なお方で夜の物音をお嫌いになるから。朝餉も私が下まで取りに行くわ。この後の酒も私がもらいに行くから大丈夫よ。えぇ、いつも悪いわね。それじゃあ


   伊吹、部屋の襖を閉める。


宗一郎:終わりましたか?

 伊吹:はい、お待たせしてしまい申し訳ございません

宗一郎:やれやれ、それにしてもいつの間にかひどい言われようですね

 伊吹:何がでございますか?

宗一郎:先ほどの物言い。あれでは、私がまるで神経質で嫌な奴であるように聞こえるではありませんか

 伊吹:あら、そうですか?

宗一郎:そうですよ

 伊吹:でも、あれくらい言いませんと。また部屋が汚れるのはごめんですもの

宗一郎:あぁ、その節はご迷惑をおかけいたしました

 伊吹:本当に

宗一郎:ですが、私はお部屋を汚した覚えはありませんよ

 伊吹:えぇ、ですが、香りは残りましたので

宗一郎:それはすみませんでした

 伊吹:(ため息をついて)せっかく気を聞かせてお酒を運んできてくれた子を……

宗一郎:あれは不可抗力です

 伊吹:そうでしょうか

宗一郎:えぇ、だってどこから話を聞いていたか分からないじゃないですか

 伊吹:もしかしたら、聞いていなかったかもしれないじゃありませんか

宗一郎:おや? (冷たく微笑み)伊吹さん、貴女にしてはお優しい

 伊吹:……近くに人の気配が無くなったとたんに豹変なさいますね

宗一郎:おや? そうですか?

 伊吹:とぼけるのがお上手で。表情も口調も変わらないけれど、醸し出す雰囲気が変わった。気配から滲み出る血の匂いが隠しきれていませんよ、師匠(せんせい)

宗一郎:おやおや、それは困った。ですが、他人のことは言えませんよ。今後、共に気を付けましょう? ねぇ、伊吹さん

 伊吹:(ため息)それで?

宗一郎:ん?

 伊吹:今日は何の用?

宗一郎:お館様が

 伊吹:お館様が?

宗一郎:心底、貴女を心配されていましてね

 伊吹:心配?

宗一郎:えぇ、貴女が今回の相手に入れ込んでいるのではないかと

 伊吹:はぁ? ありえない!

宗一郎:そんな怖い顔をしないでください

 伊吹:私が相手に入れ込む? 正気?

宗一郎:伊吹さん、落ち着いてください

 伊吹:馬鹿にしないで! 私が誰かに情が移るなんてことありえない!

宗一郎:私もそう思っていますよ。ですが、お館様がそう思うのも仕方ないのではないですか?

 伊吹:仕方がない?

宗一郎:どんな男でもすぐに落としてしまう『華』が、今回は少々手こずっているようですから

 伊吹:手こずってなんか!

宗一郎:いないと言えますか?

 伊吹:……報告書にも書いたはずよ。今回の相手は奥方想い。自分の店のことも大切にしているから簡単には女遊びも博打もしない人物だと

宗一郎:そうですね

 伊吹:だから、私は慎重に!

宗一郎:慎重に、ねぇ……

 伊吹:何?

宗一郎:その割には先ほどのあなたは楽しそうでしたよ?

 伊吹:は?

宗一郎:店から出てきたお相手にそっと寄り添って、色のある声と言葉をかけていらっしゃった

 伊吹:それは、それが今の私の仕事だからで!

宗一郎:本当に?

 伊吹:本当よ!

宗一郎:……そうですか


   宗一郎、急に伊吹の腕を掴み布団に組み伏せる。


 伊吹:っ! 何を!

宗一郎:隙だらけですよ、伊吹さん

 伊吹:離せっ! 悪ふざけはやめて!

宗一郎:私が敵だったらどうするんですか?

 伊吹:は? あんたは敵じゃない

宗一郎:わかりませんよ?

 伊吹:え……

宗一郎:私はお館様のことは裏切らない。でも、貴女にとって敵にならないとは限らない

 伊吹:どういうこと?

宗一郎:私がお館様の命を受けて来たとは思わないのですか?

 伊吹:お館様の?

宗一郎:そう……「相手に現を抜かす『華』は蹴散らせ」と……

 伊吹:!


   伊吹、宗一郎の殺気を感じて彼の下から逃げようともがく。

   それを楽しそうに見ている宗一郎。


宗一郎:いくら貴女が凄腕の『華』だとしても男の私には敵いませんよ?

 伊吹:離せっ! 私はあんな奴に現を抜かしてなどいない!

宗一郎:本当に?

 伊吹:本当だ!

宗一郎:……では、首尾は?

 伊吹:やっとこちらの土俵に上げられたところだ。これで、ことさえなせれば情報はいくらでも聞き出せるし、私に溺れさせることだって出来る

宗一郎:いつも通り、大した自信ですね

 伊吹:事実だ

宗一郎:いいですね。いい目だ

 伊吹:ならば……

宗一郎:(遮って)でも、貴女のその言葉だけで信用するわけにはいきません

 伊吹:は?

宗一郎:貴女はそちらの腕だけではなく、言葉も巧みですからね

 伊吹:なっ!

宗一郎:愛しい方をかばうことだってあり得る

 伊吹:私はあんな奴、好きでも何でもない!

宗一郎:そうですか?

 伊吹:私はあんな奴に落ちたりはしない!

宗一郎:それは、貴女の身体に聞けばわかります

 伊吹:っ!

宗一郎:貴女に床の術を教えたのは誰だったか覚えていますか?

 伊吹:……

宗一郎:私です。貴女の身体のことは全て知っていますよ。どこが弱いのか、どんな声で鳴くのか……

 伊吹:ふざけるな!

宗一郎:おや? それはあの男に惚れているということですか?

 伊吹:違う!

宗一郎:では、何故拒むのです?

 伊吹:こんな濡れ衣であんたに抱かれるなんて!

宗一郎:抱くのではありません。調べるのです

 伊吹:……

宗一郎:貴女の身体が誰にも堕ちていないかを。隅々まで、この手でね

 伊吹:……

宗一郎:誰かに堕ちていないのであれば、私が知る『華』のままであるはず

    私が教えた悦楽を塗り替えることなどそうやすやすと出来はしない

 伊吹:随分な自信ですね……

宗一郎:おや? 事実でしょう? 忘れたとは言わせませんよ

    貴女を破瓜から『華』にまで育てた私の手を

 伊吹:……わかった。好きにすればいい

宗一郎:おや、急に静かになりましたね

 伊吹:それで私の潔白が証明されるのならば

宗一郎:(微笑んで)いい心がけです。貴女が本当に無実だったとしたら、ちゃんとお館様にご報告しておきますよ。今回のこれはあなたの作戦だと

 伊吹:……当たり前だ

宗一郎:もちろん、違った場合は……問答無用で散らさせていただきます

 伊吹:勝手にしろ

宗一郎:はい。あぁ、違った場合はちゃんとお詫びもさせていただきますよ

 伊吹:……

宗一郎:だから、素直に私を感じてくださいね。あの頃のように

 伊吹:……



●翌朝・旅籠

   そっと戸が開き宗一郎が一人で出てくる。


宗一郎:(見送りをしてくれている女中に)朝早くにすみませんでした。仕事のために急に立たなくてはいけなくなってしまいまして

    おにぎりもありがとうございます。途中で食べさせていただきますね

    あぁ、お文さんはお部屋でまだ眠っていると思うのでそっとしておいてあげてください。昨日無理をさせてしまいましたので……

    はい、では、失礼します。また来ますね。

    (店から少し離れ)ふふふ、我らが『華』がまだ咲いていてくれて嬉しいですよ、伊吹さん

    お館様にもきちんと報告しないといけませんね。彼女は無実だと

    ……それにしても、貴女はあの頃と全く変わらない瞳で私を見てくれるんですね

    どれだけの男を落としてきても、私に向けてくれる思いは変わらない……嬉しいですよ

    師として、仲間としてその想いに応えることは出来ませんが……

    もしも、貴女が私以外の誰かに落ちたら、その時は私がこの手で散らしてあげます

    そして、永遠に私だけの『華』に……

    なんてことにならないといいですね、伊吹さん



●同時刻・旅籠・部屋

   宗一郎が部屋を出たのに気が付いてそっと目を開ける。


 伊吹:……こんな形でまた貴方に抱かれるなんてね……

    いや、彼の言葉を借りるなら、調べられたのか……

    私が、あんな男に落ちるわけない。あの男に限らず、どんな男にも落ちるつもりはない

    貴方以外には……

    この想いは届かぬもの。それは分かっている

    でも、貴方のあの優しい手に触れてしまったら、止められるはずがない

    いっそのこと私をただの『華』として見てくれたなら……ただの師として触れてくれるのなら……

    あぁ、私はただの阿呆だ……

    もしも……もしも、この先、貴方以外に私が心を許してしまいそうになる相手が出来たら、私は自ら己を散らそう

    貴方のその優しい手に私の血を重ねたくはないから




―幕―




2020.11.19 ボイコネにて投稿

2022.08.03 加筆修正・HP投稿

2023.10.19 加筆修正

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)