一風変わったブックガイド特集
こんばんは。
真夏の夜、ですね。
といってもシェイクスピアやユーミンの紹介というわけではなく、今回は本を紹介する本の紹介、でございます。
ポラン堂古書店にはオープン当初から意図的にブックガイドの種類が揃っており、日ごろから積読に苛まれ過ぎて、読む本に迷うなんてことがない私でも、開いてみると楽しい、じっくり読んでみたい本がたくさんあります。
ということで、読む本を決めかねていない人も、もちろん決めかねている人も楽しめる本紹介本に興味を持っていただきたく、今回は私が今までに読んだ中で楽しかった3冊を紹介します。
紹介する3冊の中には現在ポラン堂古書店にないものも混ざっておりますのでご承知くださいませ。
『「その他の外国文学」の翻訳者』(白水社)
ヘブライ語、チベット語、ベンガル語、マヤ語、ノルウェー語、バスク語、タイ語、ポルトガル語、チェコ語の翻訳者9人がそれぞれのに訳者になったきっかけや、勉強法、各文学の魅力や分野の課題、おすすめの本を語るエッセイ集です。
まずどうでしょう、上の9つの言語。
世界地図を思い浮かべてみて、その分布がどれくらいわかりますでしょうか。
私はこの本を読むまでほぼさっぱりでした。
博識な方だとベンガル語はインドのベンガル地方の言葉だけどその人口もあって世界六位、ポルトガル語はブラジルの公用語なわけだから世界七位の話者数で、決してマイナーなわけではないぞとご指摘なさるかもしれません。元々ご存知ならすばらしい。私なんぞはこの本で初めて知り、しかし今はその奥深さまで知った気になっております。
例えばマヤ文学の翻訳者、吉田栄人さんの話が面白かった。マヤ語はメキシコの先住民の言語ですが、一時期スペイン語以外の教育が禁止され、2001年の憲法改正でメキシコが多文化国家と規定されるまで言語として権利を保障されていなかった歴史があります。
ですが吉田さんは、先住民の文化的回復という意義に縛られることで、マヤ文学が行き詰ってしまっていることも指摘します。マヤ語で書くことそれ自体がマヤ文学なのであり、新しいマヤの文学を生み出していく言動力となるのだと意識を転換しなくてはいけない。それを実践している作家として「自分はいつかノーベル賞をとる」と公言しているマヤ文学の作家、ソル・ケー・モーをあげ、「先住民らしさ」のない彼女の作品の新しさを紹介しています。
本の紹介としてみるならば、他にもブラジルではなくポルトガルのポルトガル語(ポルポル、というらしい。可愛い)を指向した木下眞穂さんの日本翻訳大賞受賞作、ジョゼ・ルイス・ペイショット『ガルヴェイアスの犬』や、 二十五年ぶり二作目に日本で翻訳出版されたアンゴラ文学、ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザの『忘却についての一般論』も相当面白そうですし、ノルウェー文学の翻訳者、青木順子さんが紹介する児童書『うちへ帰れなくなったパパ』もすぐチェックリストに入れました。「男性であること、パパであること」にゆらぎを覚えた主人公がうちへ辿り着けなくなる、って児童書とは思えない、すごいあらすじですよね。
とにかく楽しく読みやすい。この本を読んだ後ジュンク堂の海外文学の棚の普段訪れないところに駆けていって、一人盛り上がっていたのは私です。
『文学賞メッタ斬り!』(筑摩書房)
大森望、豊崎由美、両人による有名シリーズと言ってもいい対談集です。
どんだけ読んでいるんだ、どのジャンルのものまで読んでいるんだ、と存在自体疑いたくなるほど多くの本や雑誌に名前をお見かけする二人ですが、その二人によってまず芥川賞、直木賞が斬られ、新人賞で一番えらいのはどれ?とか、選考委員の選評の突っ込みどころとか、とにかく歯に衣着せぬ勢いで、ばんばん斬られていくのが楽しい。
後のラジオ、YouTubeまでは追えてないのですが、本としてのシリーズは『文学賞メッタ斬り! ファイナル』まで読みました。
心に残っているのは一冊目の新人賞『江戸川乱歩賞』の傾向と対策についての切れ切れのやりとりで、「ちょっと変わった職業」の主人公が事件に巻き込まれて、「社会的な問題も加味」しつつ、「ちょっとした謎解き」があって事件が解決すればいいというメソッドをもとに近年の受賞作の出来を皮肉りながら評価していく。
けれどそんな二人が上記のメソッドをさておいて乱歩賞の転換期のように繰り返し名前を出す『アルキメデスは手を汚さない』(小峰元・19回)、『テロリストのパラソル』(藤原伊織・41回)、『脳男』(首藤瓜於・46回)はすぐチェックしましたし、今のところうち2冊は読みましたが確かに面白かったです。私が個人的に好きな『13階段』は「そこまで……」って言われちゃってましたけどね。
実際にどちらかが気に入らなかったと言った後、それ俺は好きだった、なんて話になることも珍しくないので、あくまで好みの問題と捉えましょう。しかし、それだけ言う二人が面白いと言うなら面白いんだろうなと思いますし、実際面白いんだからとても優秀で、楽しいブックガイドだと思います。
『注文の多い注文書』(筑摩書房)
クラフト・エヴィング商會……このブログでも何度か名前を出したことのある私の大好きな作家、吉田篤弘さんとその妻、吉田浩美さんのユニット、というか架空(?)の会社というべきでしょうか。
語り手はクラフト・エヴィング商會の店に行きつきます。
そこには「ないもの、あります」の看板。「番頭にして書記」を名乗る男(篤弘さん)に「本当にどんなものでもあるんですか」と訊ねると、彼は、もちろん、と頷き「ないものでもありますよ」というわけです。
その返事を聞き、語り手は「昔、読んだ本に出てきたもの」を注文するのです。
え、ブックガイド? と思われてしまったでしょうか。
小川洋子さんが依頼者側として「注文書」となる依頼者側のパートを書き、クラフト・エヴィング商會が「納品書」となるパートを写真などを扱いつつ書いていく。そして、小川さんが「受領書」ということでお礼のパートを……
確かに、表面的には読書家たちの高貴な遊びです。
しかし、サリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」に登場する「耳石」、村上春樹の「貧乏な叔母さんの話」に登場する「貧乏な叔母さん」等等、5編の話を、ああ、あの話のあれね、と理解して両者についていきながら楽しめる読者がどれだけいるでしょうか。それを証拠に巻末には小川さんのコメント付きで各本が紹介されています。
読者は小川さんの書く注文書にある思い入れの深さに惹かれ、その本をチェックするしかなく、吉田夫妻の博識さに憧れ、各作品を読もうと手が伸びるようになっている。両者のウィットなやりとりに追いつこうと読みたいリストを増やすしかないのです(という個人の意見です)。
あとがきに変えて、小川さんとクラフト・エヴィング商會の夫妻、三人の対談があるのですが、最後まで、この三人には何がフィクションで何がフィクションでないなど大した問題じゃないんだろうなと、高次元的会話に圧倒されてしまいました。高次元、とか書いてしまうことに私の平凡さが溢れ出してしまっていますけれど、とにかくおしゃれで、かっこいい、ブックガイドです。
以上でございました。
普段から小説を主として読んでおりまして、どうにも限定された話しかできていないように思えてならないのですが、今回は切り口を変えてブックガイド紹介としてみました。
とはいえ、「一風変わった」ですので、思っていたブックガイドとは違う、と思われてしまうかもしれません。実際私のブログの本紹介などはもうその末端も末端も末端ですが、今や本紹介はSNSや動画、TikTokなどでも注目を集めています。しかし本の体系をとるブックガイドには、まず本としての面白さにも応える必要があり、実際応えられているものがわんさかあります。
本屋さんのブックガイドのコーナー、もちろんポラン堂古書店に置いてあるものもですが、楽しめる本が目白押しです。一冊の本として面白く、本を選ぶ目安となるだけではなく、今後本を読むモチベーションにもなりますし、良いこと尽くめです。
この長い夏の夜に、ブックガイド本はいかがでしょうか。