社会と息子
父「それっ、ぷるぷるぷるぷるぅ!」(両脚をそっと掴んで揺らす)
息子「きゃっきゃっきゃっきゃ♪」
生理的微笑がほとんど減り、社会的微笑をするようになって数週間。ほぼほぼ、なんでも笑ってくれます。
寝ている時に原始反射としてニコッと笑う顔も最高ですが、あやしている時に笑ってくれると、外との交流を始めているのだと思ってとても微笑ましく、嬉しいです。
新生児の発達について調べていると、保育者は指導者ではなく「生活者」であるという記述を見つけました。生活者は、子どもが持つ成長の力を存分に発揮させてあげるために、状況に応じて環境を整えることを念頭に置く。その環境において1番身近な存在が親であり保育者であるから、自己管理に務めようという内容でした。
周りの影響を大きく受ける、こんなにも純粋な存在は本当に尊い。どう守ってあげることができるか、ひたすら繰り返し考える日々を送っています。
その中で、ここ数日の最も考えていることはコロナのこと。
さまざまな情報が飛び交い、何をどうすればいいのか分かりにくささえ感じる今日この頃。コロナの症状、新しいタイプ、ワクチン接種の是非、副作用。子を持つ親としては、その情報の多さに負けるわけにはいかず、情報処理に努めています。
一方で、世の中の状況に、腑に落ちない違和感を感じることもあります。いま爆発的に感染者数が増えていますが、その状況に慣れてしまって自分の目に見えないものが崩壊していく危機感がないように感じています。
それは、医療崩壊や保健所の圧迫です。以前は医療崩壊などをあんなにも報道していたのに、最近そんなに報道されていない気がします。それは対策されているからなのか、などとも考えていましたが、宮城県の病床使用率が50%を超えて医療崩壊について報道されているのをみて、やっぱりそうだよなと思いました。コロナに関係ない患者さんの医療に影響がでたり、終わりの見えない膨大な業務に追われる方々が出てきますよね。
また、ワクチンの是非で人を分ける人、ただただ危ないと流布する人、都合の良い情報で大胆な行動に出る人、色々いらっしゃいますね。もう少しだけ、冷静に考えてみてほしいと思いました。
先日も、子どもの健診に連れて行って、帰ってから電話をかけたら、今コロナの患者の対応をしていると言われたりして、簡単に身近にかんじるようになりました。
何が正しいかは見えにくいです。たとえ情報が正しくとも、その大胆な決断の陰で苦しむかもしれない。そういう視点は持っていたいと思います。子どもにも、想いを馳せて考えることができる大人になってほしいと願っています。
だからといって、忖度するような大人にはなってほしくないですけれどね。
父「お、わらったね!それ、もういっかい!ぷるぷるぷるぅ!」
息子「・・・・・」
笑わないんかい!
面白くなかったなら、ok・・・。父、修行します。
茶昊