告別
前日の夕刻に聞く突然のキャンセル。当人とて寝耳に水は身内の陽性反応。近所の薬局で購入した検査キットに無実の証明を図らんとするも結果や「再検査」だったそうで、再び薬局に行くはさすがに。周囲に迷惑をかけれぬ、会費は同伴者に預けるゆえ、と別な御心配もいただいて。体調は何ら変哲なく、というよりもむしろ絶好調、今朝も練習してきたばかりなのに、と忸怩たる想いがひしひしと。あれで十日間の謹慎はキツいかも。私なら内緒で。違うか。
煽られた恐怖心が生む社会の分断。外出の機会を失うに弱まるは足腰ばかりにあらず、外との接触を断たれてはボケとて。いや、その前にうちの役員が、と会長が意識されたかは知らぬ。が、異論なく三年ぶりの開催が決まり。何も好んで真夏に催さずとも。いや、真夏ゆえ逆に怠らぬ注意。倒れても大好きな芝生の上ならば。既に二十回に迫らんとする大会も過去に搬送の事例なく。むしろ、御高齢の皆様ほど意欲がみなぎったりもして。
それでまとまったはずも刻一刻と伝えられる状況の悪化。過去最高に迫る勢い、などとの報道に募る重圧。んな状況下の開催とあらば、批判、苦情は想定内。数日前の着信は特別顧問のおらがセンセイにて。状況を踏まえた大会運営への御助言に違いない、との早合点はこちらが未熟な証。「未だメンバー表が届かぬ」と。だってそもそもに申込がない、とは言えなんだ。こちらの手違いで、と茶を濁しつつ、そっと名を追加して事なきを得。いつでも絵になる、というか話題に事欠かない御仁であり。
会長以下、役員の皆様には本当に気苦労をいただいて。参加者の皆様とて金銭的な損得に集う面々にあらず、一途に私を応援すべく、のはずなれど。損得を「全く」気にせぬかと問われれば。酒の提供は言わずもがな、マスク着用に余計な会話の厳禁などと不自由しいらば募る鬱憤。安からぬ会費の対価がこれっぽっちか、などとこちらが銭ゲバ呼ばわりされかねぬとも限らず。
んな懸念を伝えれば妙案アリと担当者。用意して下さるは前日に届いたばかりの旬な果実。そう、桃なんぞはそんな機会でもなければ食卓に並ぶこともなさそうで。手土産に持ち帰らば外出を許した奥方にも好評をいただけるに違いなく。んな気遣いにも支えられて。翌朝に届くは一枚の写真、咲き誇るハイビスカスは前日の戦利品だそうで。Mさん、ベスグロおめでとう。
真夏の開催といえばこちらとて。サマーミューザに名曲を聴いた。楽章の合間ならぬ演奏中に退出するは体調不良にあらず。一人去り、二人去り、最後に残されし最前列の二人のバイオリニストが消灯とともに演奏を終え。静寂が包む会場に割れんばかりの拍手が。侯爵に雇われし楽団員を束ねるはヨーゼフ・ハイドン。楽団員の意向、夏の休暇を申出んとするに案じた一計。ハイドン交響曲45番についた名は「余暇」ならぬ「告別」。んな洒脱ぶりを現代にも。
当日のホールに用意されるはパイプオルガンを隠さんばかりの大スクリーン。演奏中に映し出される楽団員たちの日常の一コマ。余暇を愉しまんとの表情が何とも。敷居高き業界にあってそのキャラぶりは知られたところなれど、指揮者本人の役者ぶりと楽団の息もピッタリとハマり。後半のブルックナー第九も最高に良かった。
(令和4年8月5日/2726回)