英雄サラディン6-エジプトの宰相に就任
2018.02.07 03:36
勝利の勢いをかってシールクーフはアレクサンドリア入城。しかしエジプト軍が加勢して街を包囲。攻撃大好きな伯父シールクーフは勝手に脱出し、サラディンは3カ月も城を守り抜き、武名を大いに高め、講和のときはエルサレム王アモーリーに謁見した。
この戦いは双方撤退で講和したが、エルサレムは救出の礼と多額の金を要請し、エジプトではシリア贔屓が多くなった。アモーリーは出陣、ここに至ってファーティマ朝カリフは、ヌールッディーンに援助を要請、またサラディン一族が遠征した。サラディンは「死ににいくような気で」行ったらしい。
シリア軍の到来で、エルサレム軍は引き返し、1169年サラディンらはカイロ入城、宰相シャワールを処刑して、その後には伯父シールクーフが就いた。しかし彼は美食しすぎで2カ月後にあっけなく落命。その次にサラディンが就いた。30代で若く、野望もなさそうだ、ということのようだ。
ヌールッディーンはサラディンが宰相になったときき、「なぜだろうか?」と不審に思ったようだ。しかしここは表に出さず、シーア派の王朝をスンニ派に換えるよう命令した。サラディンは、政権をスンニ派に替えたが、カリフの処置に悩む。そんなときにカリフが重病になった。
下はカイロに入城するサラディン